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第十一章 夜が明けるころ

冬の名残が町の片隅にまだ残る早朝、美由紀は静かに目を覚ました。

カーテンの隙間から差し込む淡い光が、部屋の輪郭を柔らかく浮かび上がらせている。

となりには、日向の寝息。


彼の存在は、日常の風景の一部になりつつあった。

でも、それは“慣れ”ではなく、“選びつづける”という静かな意思の積み重ねだった。


美由紀はベッドからそっと起き出し、リビングの窓辺へと歩く。

まだ世界が動き出す前の、透明な時間。

そのなかに佇むことが、彼女にとって何より贅沢だった。


手にはあのミモザの一輪。

鏡の前に立ち、そっとそれを胸に当てる。


「おはよう、美由紀」


誰かの声ではない。

自分自身の声で、名前を呼ぶ。


**


日向は寝ぼけた顔でキッチンにやってきた。


「……起きてたんだ」


「うん、ちょっとだけ早く目が覚めちゃって。静かな朝が好きなの」


彼女が微笑むと、彼は眠たげなまま、コーヒーを淹れ始める。


「……この前のこと、考えてた」


「この前?」


「“てつ”のこと、話してくれた夜のこと」


彼は、コーヒーの香りとともに、慎重に言葉を選ぶ。


「俺ね、どこかで、“てつ”という名前を知らないままでいたいと思ってたのかもしれない。

美由紀さんの“痛み”や“迷い”に触れるのが、怖かった」


彼女は静かにうなずく。


「うん、わかる。私だって、自分の過去に触れられるのは、いまでもどこか痛い。

でも、もう隠すために美由紀になってるわけじゃない。

“わたし”として生きるために、あの名前があったって思えるようになったの」


日向は彼女の手をとり、小さく握った。


「ありがとう。君の過去を聞いて、今の君がもっと好きになった」


その言葉に、美由紀は思わず笑ってしまった。


「言葉にすると、すごく……照れるよね」


「うん。でも、夜が明ける前に言っておきたかった。

君の過去も未来も、ちゃんと愛していきたいって」


**


それは特別な言葉ではなかった。

けれどその朝、彼女の世界は少しずつ明るくなっていった。


まるで夜が明けていくように。


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