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四、行方 ー1

 月曜日の朝、明仁は目覚めると自分の体が妙に調子がいいことに気付いた。憂鬱さは残っていたが体は元気に満ち溢れている感じがした。休日早く寝たからだろうか。朝の準備をして一階に降り、置いてあるご飯を食べる。今日も両親は朝から仕事に行っているため家にはいない。忙しいはずだが、母は毎日レシピの違うご飯を作っておいてくれる。今日は塩おにぎりと豚汁だった。その横に「今日も学校頑張ってね。いってらっしゃい」というメッセージが添えられている。

「頑張ると言っても……」

 特に頑張っている事はない気がした。逆に自分が母に言うべき言葉だと思ったが、気恥ずかしくて未だお礼を直接言った事はなかった。朝ご飯を食べながら昨日のことを思い出す。どうしても自分を見ていた日色の目が気になった。

「先生や生徒の中に犯人……か」

 ――結局あの犯行が実際に起こったものなのかどうかはまだはっきりしない。はっきりしないが、もし俺が犯行現場を見ていることが犯人にバレているなら、確実に何かしらの動きはあるだろう。そして口封じのために抹消される事も大きく考えられる。

「まさか日色が、な」

 ただ、人間というものは一度最悪の可能性を疑い出すと、それが意識せずとも少しずつ内で広がっていき、その恐怖に心を侵食されていってしまうことがある。明仁の中で一つの疑いが芽生えた時点で、彼が疑心暗鬼に陥っていってしまうのはそこまで不思議な事でもないのだった。


 学校に着き、明仁は自分の席へと向かう。その最中、彼は心を蝕む恐怖によるものか、疑いによるものか、誰とも顔を合わすことはしなかった。席に着いていつものように空をぼんやりと眺める。その心を表すかのように、空はどんよりとした雲で覆われていた。

「はぁ……」

 今日は誰とも関わりたくない、と明仁は思った。

「よぉう!明仁。相変わらずの黄昏れだな」

「……」

「おいおい、朝っぱらからご機嫌斜めか?」

「……」

「わかったわかった。悪かったって」

「はぁ……。いや、いいんだ。お前はそれで。逆にありがたい」

 こういう時にもやはり一条天は気さくだった。

「それにしても、よく水雪さんが行方不明っていうのに一条は相変わらずだよなぁ」

 明仁は顔を上げて一条天の方を見て言う。

「なんだ?嫌味か?」

 彼はいつもの笑顔で言う。

「じゃ、逆に聞くけど、なんで明仁は落ち込むことがあるんだ?お前が心配しても何も変わらないのによ」

「まぁ、それは……、そう、だけど……」

「変態倒して帰ってくるのを待ってようぜ」

「……はぁ」

 こいつはほんと相変わらず、と思い明仁は口をつぐんだ。

 このやり取りの後にちょうどチャイムが鳴り、一条天は席へと戻っていく。明仁は一安心した。実際に一条天が話しかけてきたことはありがたいことだった。なぜなら、日色と顔を合わせることがなくて済むからだ。今、日色の顔を見ると、どうしても昨日の彼の顔がフラッシュバックしてしまい、どういう表情をしてしまうのか明仁には分からなかったのだった。勘がいい日色のことだ。なにか事件のことで関係しているということが彼にバレているのではないか、そんな気がした。

 授業時間になった。この日の最初の時間は生物だった。

 「生物とは常に変化を続けており、突然変異が起きている。その過程で、子孫を残すうえで有利な形質を持つ個体が生き残って世のメジャーとなり、不利な形質を持つ個体は滅んでいくのである。これを自然選択という。これを提唱したのは……」

 眼鏡をかけているはげた教師が進化論について話している。彼はよく生徒の間でメガネザルと呼ばれている。また、進化論で有名なダーウィンには有名な言葉があるらしい。

 「最も強いものが生き残るのではなく、最も賢いものが生き残るのでもなく、唯一、生き残るものは変化できるものである」

 ――変化、か。強いものが生き残るのではない、これは恐竜などに考えると良いのだろうか。虎などでもいいだろう。彼らはその名の通り、ただ、生物として強いだけだ。種として生き残っていくにしては虫の方がまだ生き残りやすいのかもしれない。賢いものが生き残るのではない、か。これは少し疑問に思う。なぜなら今この世界を牛耳っているのは人間だからだ。だが、これもある意味解釈を変えると、納得はできる。賢いだけの人間は確かに生き残ることはできないような気がする。つまりは頭でっかちなだけで、知識や既存の考え方に縛られ、自分の常識や価値観を変化していくことができない人間のことだ。そう考えると、変化できるもの、変化をし続けられるもの、それらは確かに一番生き残ることができる気がする。まぁ、強くて賢く、変化ができるものが最強であるのは言うまでもないが……。

 そんなことを頭で巡らせていると、気づいた時にはもう授業時間が半分を切っていた。明仁はボールペンに手を伸ばし、手に取る。ペンを回して暇を潰そうとしたのだ。その瞬間、頭をハテナ記号がめぐった。

 「……?」

 持っていたペンが……。……ぐにゃりと曲がった。

 ――アルミのペン……だよな?

 じっとそのペンを見つめる。グッと力を入れたつもりはない。いや、グッと力を入れたところでこのペンが曲がるとは思えない。夢か?とも思った。水雪さんの件といい、今回も後から見たらこの出来事はただの幻で、このペンは曲がっていないんじゃないか、と。とりあえず明仁は見なかったことにして、そのペンを筆箱の中にしまい込んだ。

「……!」

 そのとき、明仁は息を呑んだ。見られてしまった。今一番見られてはいけない人物に。そう、日色だ。心臓が高鳴る。頭がぼんやりとし、冷や汗が出てくる。この不可解な現象を見てしまったら、また自分への疑いが深くなってしまうんじゃないだろうか。気付いていないふりをして、下を向いて黙りこくる。そして、少ししてから筆箱の中に入っているさっきのペンを取り出した。

 「え……」

 はたしてそのペンはしっかりと曲がっているままだった。目の前の現実が信じられない。現実……なのだろうか。くっきりと指の形が残っていた。もう一度握ってみる。硬い。特にそこから変形はせず、しそうにもなかった。再び筆箱にペンを戻したあと、明仁は俯いた。

 明仁自身がペンを曲げたのか?この場合、彼の指がおかしいのか、それともペンがおかしいのか。それはわからない。でも、事実、ペンは曲がったのだった。

 あの悲惨な事件がフラッシュバックする。これが現実だとするなら、あの光景も現実だったんじゃないだろうかと今の明仁には思えた。ペンを筆箱に戻し、筆箱のチャックを閉めた。もう見たくない。何も見たくない。時が止まったかのように明仁は俯いて目をつぶった。

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