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三、疑念 ー1

 誰かの手が明仁の肩に触れる。彼はビクッと体を震わせ、恐怖に顔をゆがめた表情で手の主を見上げた。

「……一条」

 そこにはよく見知った顔が自分を見下ろしていた。

「どうしたんだお前、顔が真っ青だぞ。なんか悪いもんでも食ったか?もう授業終わってるぞ」

 明仁は恐る恐る周りを見渡す。クラスのみんなは多くが席を立ち、何人かで語り合ったり、教室を出たりしている。

「……放課後……か」

 どうやら放課後までずっと固まっていたようである。

「お前今日はもう早く帰ったら?随分と具合悪そうだぞ」

「あ、ああ……そうだな……」

 明仁は力なく答える。

「じゃ、俺は先行くから気を付けて帰れよ」

「……うん、ありがと」

「……ほんとに大丈夫か?お前。俺が送ってやろうか」

 一条天は笑いながら言う。

「いや、いいって。子供じゃないんだから」

 少し明仁に笑みがこぼれた。

 やっぱり一条はいつもこうだ。いつも明るくて、周りまで明るくしてくれる。というよりこのクラスが明るいといわれるのも一条のおかげのような気がする。この明るさに何度内心助けられただろうか。確か中学で初めて会ったときもそうだった。あの時、俺は一人でいることが多くて、ずっと窓の外を眺めていた。うまくクラスになじめず、そろそろ同級生に自分の存在すら忘れ去られてきたような頃だった。そんな中、一人自分に話しかけてくるやつがいた。いつも明るく、クラスの奴らからも慕われているような奴だった。単なる興味本位だったかもしれないが、でもそれでもかまわなかった。少しずつ学校に行くのが楽しくなっている自分がいた。他のクラスメイトとも普通に会話できるようになってきていた。それから心を開くようになっていくにつれ、真逆の存在に見えたそいつにも自分と共通点があったりするということを知った。そして、いつしか親友ともいえるような仲になっていた。

「じゃ、気をつけてな」

 一条はそういって教室の外へと歩みを進める。

「おう、また明日」

 明仁はそう言って荷物の準備をし、ほとんど人がいなくなっている教室を後にした。


 昼間にあんなに覆っていた雲は、今はもうまばらにしか残っていなかった。午後の授業中はずっと雨が降っていたらしい。少し湿っぽく澄んだ空の中で赤く輝く太陽を眺めながら歩いている途中、大事なことを思い出して明仁は立ち止まった。なぜあんな衝撃的な出来事を今まで忘れていたのだろうか。午後からの記憶はすっぽりと抜け落ちており、授業なんてこれっぽっちも覚えていなかった。立ち止まったまま考えを巡らせる。

 ――どうしようか。戻って見に行くか……。さすがに今からは無理か……。もう一条や日色も帰っただろうし、一人であそこに行くほどの勇気は……。

 よみがえってきた光景に気分が悪くなってきてえずく。

 ――明日だ。明日にしよう。今日はもう帰って早く休もう。

 深紅に染まる夕日に向かって明仁はゆっくりと再び歩み始めた。


 その夜、明仁は夢を見た。奇妙な夢だった。

 最初に思ったのは真っ暗だということだった。何も見えない、何も聞こえない。感覚もほとんどなく、動かせる体もなかった。そのうちだんだんと自分がどういうものかなんとなくわかってきた。球だ。自分は丸い何かになっていた。どうやら夢というものは不思議なもので、自分というものを自分の外側から客観的に見ることもできた。その丸い何かは脳の形をしていた。次に、何かが上から被せられた。布だ。そのまま被せられた布に包まれて、紐によって縛られた。最後に目とにこやかに笑った口を描かれ、目が見えるようになった。てるてる坊主になったようだ。首に縛られている縄をどこかにぶら下げられる。回転して周りが見えた。周りにもたくさんのてるてる坊主がぶら下げられていた。ほかには荒野が広がっていた。あたり一面殺風景だった。そしてずっと雨が降っていた。


 鳥の音を聞いて目を覚まし、明仁は体を起こす。まだ疲労感は消えておらず、気分も良くない。今日こそは確認しないといけない。気は乗らないが、このままの状態であるのも余計に気が乗らなかった。とりあえず携帯電話で朝のニュースを確認する。

 「……特に学校にかかわることはなにもなし、か」

 支度をして朝ご飯を食べ、靴を履く。立ち止まって躊躇はしたものの、ドアを開いて外に出た。

 重い足取りで学校へと向かう。途中何度も立ち止まるが、それでも歩みを進める。なんとか校舎の中に入って席についた。そのすぐ後にチャイムが鳴る。

「今日、水雪さんは欠席とのことだ。昨日自宅に帰らなかったという報告を受けているんだが、誰か何か知っていることないか?」

 ホームルームで担任が生徒に問いかけた。明仁は動揺を隠して知らないふりをする。ざわざわとしてはいるが特に何か担任に話すものはいない。担任は少し思い悩むそぶりを見せた後に言う。

「じゃあまあ何か知っている人がいたら先生に報告へ来るように」

 そう言ってこの件に関しては終わった。

 ――あの惨状は見つかってないのか?特に事件にもなっていなかったようだし……。

 明仁はちらっと窓の外に見える屋上を見る。もう行きたくはないが、自分が行動しないといけないという義務感はあった。

 ――とりあえずは昨日見たものの確認、それからできれば犯人の目星もつけられればいいんだが。そしたらもしかして俺は学校の救世主になったり……。

 緊張や恐怖心が少し薄くなって余裕が出てきたからだろうか、この状況、非日常というものを少し楽しんでいる自分に気づいた。あの光景が昨日のことになり、現実味が少し薄れてきたことも関係しているだろうか。喉元過ぎれば熱さを忘れるとは本当らしい。そして惹かれてしまうような同級生がいなくなっても、いつものように寝て、朝起きて、登校するという日常を普通に送ることができている自分にも驚く。思ったよりも人は自分のことしか考えておらず、他人について淡泊なものらしい。毎日どこかで誰かが亡くなっているということは知っているが、それをいちいち気にしていたら自分が生きていけなくなるのは当然のことだ。他人を気にせず自分のことだけ考えていればいいという一種の薄情さはある意味幸せなことなのかもしれない。


 昼休みのチャイムがなった。早速明仁は七竹日色と一緒に一条天の席へ行く。

「なあ、一緒に来てほしいところがあるんだけどいいか?」

「どこだよ。お前からの頼み事なんて珍しいな」

 一条天が不思議そうに聞き返す。七竹日色もこちらを見る。

「いや、ちょっと屋上にね。行かないかなぁと」

「別にいいけど何でだよ」

「いや、昨日昼に扉が空いてたりして屋上に出られないかなと思って行ってみたんだよな。探検がてら。そしたらちょっと落とし物しちゃったみたいで。で、一人でまた行くのもなんだし一緒に行かないかなって思って。あそこちょっと怖いじゃん?」

 なんとか理由を絞りだしつつ明仁は答える。

「ビビりだなぁ、明仁は。しかたねぇな、ついて行ってやるか。一回行ってみたが次行くのは怖くなった感じか?日色も行くだろ?」

「うん。別に僕はいいけど」

「おっけい。ありがとな。じゃ、すぐ行っとこう」

 明るく振舞って明仁は不安感を和らげる。そのまま三人で一緒になって教室を出て、隣の校舎へと向かった。


 三人で階段を上る。相変わらず人気はなく、薄暗い。

「な、一人で来るとちょっと怖いだろ?」

 上りながら先頭を行く明仁がその後ろをついていく二人に尋ねる。

「そうかぁ?そんな怖くはないだろ」

「僕は確かに一人は嫌かもね」

「そうだろ、日色。一条は鈍感すぎるんだって」

「いやいやそんなこともないと思うけどなぁ」

 一条天は余裕そうに、対して七竹日色は少し様子を見ながら上っていく。

「お、そろそろ屋上だな」

 明仁はそこで何も見なかったかのように明るく言った。心の中で深呼吸をする。一人で来ていたら確認することができずに躊躇して帰っていたかもしれない。でも友達がいることでとても心強く感じ、そのまま立ち止まらずに最後の階段を上っていった。

 ――来る。

 そう、そこには凄惨な光景が広がって……。

「え?」

 ……いなかった。そこには何もなかった。驚きのあまり明仁は茫然自失になる。そこには水雪麗花の死体などなく、そもそもあんなに飛び散っていた赤黒い血もどこにも見当たらなかった。

「ん?どうした明仁。落とし物は見つかったのか?」

 一条天が立ち止まっている明仁に追いついて話しかける。

「というかやっぱり屋上は閉まっているか。少しは期待したんだけどなぁ」

 一条天はそのまま扉に近づいて取っ手を触っている。明仁は目の前の光景を受け止めきれず固まったまま黙り込み、その声は耳に入って来なかった。

 ――なんで。どういうことだ?昨日確かに見たのに……。夢だったのか?やはり俺の目が変になっていたのか?おかしい。じゃあ俺の記憶にあるあの光景は一体何なんだ……。

「明仁どうかしたの?固まって。見つかったの?」

 七竹日色がそう言って顔を覗き込んでくる。

「ああ、いや……。……ないみたいだな。どっか別の場所で落としたのかもしれないな」

 歯切れ悪くそう答える。

「えぇー。なんだよ、収穫ゼロかよ。せめて屋上開かねぇかなあ。せっかくこんなところに来たんだからよ」

 不貞腐れた様子で一条天が壁を軽く蹴っている。

「すまんすまん。まあ普段来ることないんだからいいじゃん、探検ってことでさ。卒業まで来ることないかもしれないだろ」

「まあ、たしかになぁ。とりあえず何もないなら早く帰ろうぜ。飯食わねぇと」

「そうだな、戻ろう」

 一条天が階段を降り始める。

「ねぇ、明仁」

「ん?なんだ日色」

 不意に七竹日色が口を開く。

「ここで何かあったの?」

 その言葉に明仁の心臓は縮み上がる。

「え、どうしてそんなことを?」

「なんか予想と違ったみたいな感じにしてたからさ」

「そ、そうか?落としたものがなかったから驚いただけだよ」

「ふーん」

 少し疑いの目で七竹日色は明仁を見る。彼は普段あまり察しがよくなさそうにしているが、変なところで勘が働くことがある。

「どうかしたのか?早く行こうぜ」

「ほら、行こうぜ日色」

「……うん。そうしよっか」

 一条天の声によって重たく感じた空気が途切れ、明仁は内心ほっとする。そのまま三人は一緒に自分たちの教室へ向かって戻っていった。

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