二、 始まり ー1
「明仁、お前昨日掃除手伝ったんだって?やるねぇ、もういっそ掃除当番長にでもなったら?」
翌朝、席に座っているといつものように一条天が話しかけてくる。
「やりたくてやったわけじゃないよ。委員長様に言われたら断れないだろ」
「水雪麗花か。断らなかったのは委員長だからではなくて美人だからじゃねぇの?」
「うっ、……」
――相変わらずこいつは痛いところをついてくる。
「まぁそれもあるかもだけど……」
「……と言うよりなんで知ってんの」
「そりゃあ情報網があるからな」
「怖ぇな、お前は相変わらず。交友関係が広いやつは変な事まで知ってそうで怖いよ」
「変なことって例えばお前が掃除時間中に水雪見ながら鼻の下を伸ばしてた事とか?」
「……!の、伸ばしてないよ、鼻の下なんか」
「冗談だって。言ってみただけ。動揺してるってことはあってたってことか」
そう言ってニヤッと笑う。
「うぜぇ」
明仁は一条天を軽くどつく。が、華麗にかわされる。
「じゃな」
そう言って奴は自分の席に戻っていく。
「最後まであいつと言う男は……」
そう一人愚痴を吐きつつも、少し笑みがこぼれる。
「では今日のこの時間は今年の秋にある修学旅行の話し合いをするぞ。とりあえず学級委員の水雪、前に出て進めてくれ」
そう言い残し、担任は教室を出ていく。
――そうか、もう今年の秋に修学旅行があるのか。確か去年の遠足は貴船神社に行ったっけ……。あの時一条と日色と三人で何か願い事を書いた気がするけど、俺は何書いたんだったかなぁ……。あいつらのは結局見せてもらえなかったな。縁結びに関する事だったと思うけど、多分大した事じゃないから忘れてんだろうし、まぁいいか。それにしてもあれから一年か……。早いな。
「それではまず修学旅行の候補地についての話し合いを始めていきたいと思います。候補地としては前回の話し合いで東京、広島のどちらかにいく事が決まりましたので、そのどちらにするかを今日は決めて行きたいと思います。では、ひとまず話し合いの時間を設けようと思いますのでしばらく皆さん席を動いて構わないので話し合ってください」
水雪麗花が前に出て淡々と話をし、クラスのみんなはそれぞれ思い思いの行動をとる。明仁はいつものように一条天と七竹日色と三人で話し合いを始めた。
「で、お前らはどっちがいい?」
明仁は頬杖をつきながら二人に尋ねる。
「僕は広島かなやっぱり。確かに東京で遊園地とかショッピングするのも楽しそうだけど、そういうのはわざわざ修学旅行で行かなくてもって思うかな。どちらかというと友達同士では行かないような場所がいいのかなって。あと、やっぱり平和資料館といったものは今のご時世的にも一回は見ておきたいなって」
「ほんと真面目だな日色は。それこそせっかく全員で行くんだから楽しめる場所がたくさんある所の方がいいと思うけど」
「まあね。でも広島でも楽しめる場所は全然あると思うし、この機会に行っとくのはありかなと」
七竹日色はいつも通り穏やかに淡々と答えていく。
「で、一条お前は?」
「俺はやっぱり東京だな。あそこには最先端のものがたくさんあるし。後は俺がどこまで通用するのか試してみたいしな」
「通用するって何がだよ」
「そりゃあ勿論……魅力ってやつだよ」
「は?」
「男としての魅力ってやつ?さて大都市の奴らがいかほどのものか実際に見てみたいものだな」
一条天は空中を見つめながら冗談げに話す。
「やっぱり可愛い子多いのかなぁ。取り敢えず調査的な意味も込めて色々声かけてみるかな、なんてな。まあそういう楽しみもあるってこと。後は遊園地とかもいいよな、やっぱスリルだよスリル。ああいう非日常感が旅行での醍醐味じゃねぇか?」
「だよなあ。いいこと言うな、一条は。必要なのは非日常、そしてスリル、面白さだよ。まあ、魅力が通用するかってのはよく分かんないけど。てかお前って自分からナンパとかしに行くようなキャラじゃねぇだろ。そもそも今までアタックされたの全部フったんじゃなかったっけ」
明仁は笑いながら話にのり、一条天の方を見る。
「あれ、そうだったけ。そうだったか。でもまぁ一途すぎるのも良くないと思うぜ。一途は身を滅ぼしかねないからな」
「ん?どう言うことだよ」
「まあ選択肢は多い方が楽でいいよなって話だよ。と言うより広島とか言ってる人は日色みたいな物好きだけじゃないか?高校生なんだし」
明仁と一条天は一緒に七竹日色の方に顔を向けるが、相変わらず彼は穏やかな態度で話を聞いている。
「でも非日常で言うなら広島に関しても一緒じゃない?実際の戦争の資料とかもあるらしいし。後はそう、厳島神社とか。明仁好きじゃなかったっけ戦いとか」
「いやぁまあ確かに戦いは好きだけどさぁ。でも面白くねえじゃん?そんな資料館見たって。自分が戦うわけでもないしさ」
「そうかあ、一条くんはどうなの?広島はやっぱり興味ない?」
「そうだなぁ。興味とかじゃなくて嫌な感じがすんだよな。虫の知らせってやつ?」
眉に皺を寄せて少し怪訝そうな顔をして言う。
「どゆこと?」
「なんか怖い感じというか、危機感というか、楽しめなさそうというか。……まあ、んな事よりどうせ東京になるんだからさ、東京でどこ行くか決めとこうぜ」
「お、いいねそれ。じゃまあ取りあえず最初はディスティニーランドで」
「ちょっと。今回は東京か広島のどっちに行くかって話をするって言ってるでしょ。先に話を進めないの」
調子づいてきたところを遮られうざったく振り向くと、でた、才色兼備……。
「またか……。水雪さんは相変わらず人の気分を冷たくするのがお上手ですね」
明仁は直接顔を見ずに少し俯きながらぼそっと言い放つ。
「夢弥くん何か言った?」
「いえ、なんでもないです」
「今日も掃除を頼もうかしら」
「いえ、ほんとに何でもないです。相変わらずお綺麗ですと……いう形でどうでしょう」
言い終えてちらっと見上げる。
……!
見上げた先に御尊顔があり、胸が高鳴る。近い……。水雪麗花はまじまじと明仁の目を見つめ、何かに納得したのか、にやりとしてからまあいいわと言い残し教壇に戻っていく。
「なあ、あいつ性格悪くないか……?」
明仁は独り言のように呟きながら、二人に聞く。
「いや、まあ明仁が先に皮肉を言ったのが悪いと思う」
「僕もそう思う気がする……」
「え、お前らあっちの肩持つのかよ。そもそも乗り気だったじゃんお前らも……」
と言ったところでクラスの視線が集まっているのに気づく。
――なるほど、逃げたなこいつら……。
そう、水雪麗花を敵に回すという事は基本的にはクラスの男子全員を敵に回す事と同然なのである。
「まあ近くで顔を正面から見られただけでもありがたく思わないと……な」
「僕もそうだと思う」
「お前ら……。……確かにな」
次の日の授業前、一条天と七竹日色が明仁の席に集まってきた。
「よっ、明仁」
「おはよう」
「おはよ、どうしたんだ二人してにやにやと」
「いやあ、話題になってる英雄さんに声かけておこうと思ってね」
一条天が意地悪そうな顔をして言う。
「え?なんだよ一体」
「どうだったのかなってね。な、日色」
「そうそう、僕も少し気になって」
「いやだから何がだよもう」
こういう時はたいてい嫌なところを突かれるから構えておく。
「水雪麗花」