人食いスマホ『KI-11ER』
そのスマホを拾った者はスマホに食われるのだという噂がネットで広まっていたが、俺は鼻で笑って信じなかった。
どうせスマホを拾ったやつが悪さをするのを防止するために誰かが流した嘘『話だろうと思っていた。
確かにスマホは個人情報の宝箱だ。犯罪に使われたらとても厄介だと聞く。悪意と知識のあるやつが拾ったら大変なことになるのだろう。逆に善意ある人ならすぐに交番へ届けることだろう。
しかしみんな『拾っただけで食われる』なんてそんな噂を真に受けているのか、大勢の目につくはずの、ショッピングモールのトイレの前に落ちているそのスマホは、誰にも拾われず、ゆえに交番に届けられることもなく、放置されている。
俺は躊躇なくそれを拾った。
黒い、何の変哲もない、ただのよくあるスマホだった。
電源ボタンを押すと待ち受け画面が点いた。よくある幾何学模様の壁紙を背景に、それほど多くはないアプリのアイコンが並んでいる。
べつに悪用するつもりはない。かといって交番に届けるつもりもなかった。ただ噂の真相を確かめたい……というよりは、嘘話を暴いて笑ってやりたかっただけだ。
人食いスマホの型番はネットで拡散されていた。俺はそれを憶えていた。暗唱しやすい型番だったからだ。
KI-11ER──。『Killer』をもじっているのですぐに覚えた。
これまたネットで検索すると、そんな型番のスマホはどこのメーカーにも存在しない。存在しないのだからこれがKI-11ERであるはずがない。そう思いながら、噂を小馬鹿にする笑いを浮かべながら、設定→システム→型番とチェックした。
KI-11ERと表示された。
ははは! 誰のイタズラだ? 手が込んでんな。そう考えながら、俺はそのスマホを自分のポケットに入れていた。
みんながじとっとした目で俺を見ていたが気にしない。「これから交番に届けるんですよー」と大きめの声で言い渡しながら、俺はそれを部屋まで持って帰った。
大したアプリは入っていなかった。ネット銀行のアプリでもあるかと期待したが、個人情報のわかるものも何もない。
ゲームの課金でもしてやろうかと思ったがパスワードがわからない。
「はっ……! 使えねーな!」
俺はベッドの上にそいつを投げ捨てた。
じっとそいつが俺を見ているような気配があった。
あるいはスマホを通して誰かが俺を見ているような、そんな──。しかし俺は笑ってやった。
「俺を食うか? 食ってみろよ」
何も言わないスマホを挑発するのは我ながらバカみたいだと思ったが、やめられなかった。
「食えよ、ほら。大体スマホがどうやって人間を食うんだよ? ははは! 草生えるー!」
実をいうと少しだけ緊張した。
スマホがいきなりトランスフォーメーションをかまして巨大化し、おおきな口を開いてその中にサメみたいな牙が並んでるのを想像した。
しかし何も起こらなかった。スマホは画面を暗くしたまま、俺のベッドの上で沈黙している。
「何も起こんねーのかよ……」
俺はガッカリした。
「つまんねー……」
もう一度スマホを手に持つと、面白そうなアプリでもないか、改めて見た。
『小説家になりお』というサイトのトップページヘのショートカットアイコンがあった。
タップして、『ログイン』を押してみた。自動でパスワードが表示され、オーナーのマイページに入ることができた。
ユーザー名は『俺』だった。シンプルなペンネームだな。
「どれどれ……。くだらねー小説でも投稿してやがんのか? 読んでバカにしてやんよ」
チェックしてみると一作品だけ、「人食いスマホ『KI-11ER』」という小説が投稿されている。俺はそれを、読んだ。
小説の書き出しはこうだった。
そのスマホを拾った者はスマホに食われるのだという噂がネットで広まっていたが、俺は鼻で笑って信じなかった。
どうせスマホを拾ったやつが悪さをするのを防止するために誰かが流した嘘『