第五話 余韻
酒田さんの余韻を引きずりながら、委員長について行く。
「穴の空いていない台でするんですね」
多くの台が、台の四方と中間に穴があって玉をそこへ落とすことを競い合っているのに、委員長が選んだのは、のっぺりとした穴のない台だった。
「そうね、初心者用ってところかしら」
そう言うと、長細い箱から白二つ赤二つの玉を台の上に転がし出した。
「まず、キューを選びましょうか」
キューと言うのは玉を突く棒の名前。
彼女はキューが何本も立てられている所から、二本を抜いて来て、台の上で転がした。
「こうやって、真っ直ぐかどうかを見るの」
湾曲していると、跳ねるような動きをするので直ぐに分かるという。
「はい、じゃあこれを使って」
先に黒いゴムのような物が付いたキューを渡された。
それから、少しの間、玉の打ち方を教えてもらい、「四つ玉」という初心者用のゲームを始めた。
突くのは自分の白い玉だけ、自分と彼女との区別は玉は黒い小さなマークがあるかどうかで見分ける。
その突く玉を手玉と言い、手玉を突いて、二つ以上の他の玉にあてれば一点、当たれば続けて突く事が出来る。
「いいこと、四つ玉では強く打つのは駄目なの、自分の手玉と的玉が、次はどこで止まると、いいポジションになるかを予測して突くのよ」
委員長が言っていることは解る。
運を天に任せては駄目ということだけど、初心者には難しい。運を天に任せてつい強く突きたくなる。
でも、玉を突く位置で、次の手玉の位置が全然変わって来る。
「隣の人を見てごらん」
委員長が教えてくれたのは、二人の爺さんが遊んでいる台。
上手なのだろう、突いている内に玉を自然に角に集め、一度にニ十回以上突き続ける。
こっちは初心者だけど、そういう人のゲームは見ているだけで楽しくなる。
ゲームの中なので、実際に体を動かすわけではなくコントローラーで力の調節や、キューを押し出す方向を決めるので、見ている人の様に体は動かせないけど、やってみると意外と楽しい。
あっという間に時間は過ぎて、外へ出ると暗くなり始めていた。
「あー、よく遊んだ」
委員長が背伸びをしながら、笑顔で言った。
意外と、おっぱいあるんだ。
「ふふーん、君、ヨースケから聞いた話だと、女の子と話せないんだって」
「あっ」
なんか、ビリヤードをしていたら、彼女とは自然に会話が出来ていた。
「それにしては、私と話していたよね」
そうだ。
グイグイ引っ張ってくれて、全く知らないゲーム(ビリヤード)の事だから、尋ねるのも恥ずかしくなかった。
なにより、彼女と居ることがなんか懐かしくて、とても楽しかった。
委員長と別れて、オートマンにすると、アバターは駅に向かって歩き出したしたので、一度、ログアウトした。
階下で音がするので下りて行くと、ママが帰ってきていた。
「御免ね、遅くなって、スーパーでお寿司買って来たから」
食卓の上にあったのは半額シールが張られているパーティー寿司。
「じゃあ、お湯沸かして、お吸い物用意するね」
母はありがとうと言って、寝室へ入って行った。
お湯が沸き、寿司に添付してある粉末お吸い物の元をお椀に出して、お湯を注ぐだけ。
あとは、醤油皿を出していると、ラフな服装に着替えたママが戻って来た。
特段に見るものも無いテレビをつけて、夕食が始まった。
「ママは、僕が大学に行って、本当に大丈夫なの? 」
「何がよ」
一つにはお金、もう一つは生活。
僕が行く大学は、一年は相模原だけど、二年から六年は都区内になる。
「大丈夫よ、卒業するまで”あいつ”が養育費出すって言っているし、この家のローンも終わったし、私も薬剤部長になったから。わりと給与もあがったのよ。私も東京の薬学部にいったから、あんたにも同じように大学は行かせたいからね」
そう言い終わると、酎ハイレモンの缶をプシュッとあけて、グラスにも継がずに、そのままぐびぐびと飲んだ。
ママのいう”あいつ”とは、別れたパパ。
何処に住んでいるかは教えて貰えないけど、再婚して子供がいるにも関わらず、僕の養育費を愚直にもママの口座に入れ続けてくれているらしい。
そして家のローンが終わったと言っているが、中古の戸建てなので、そう遠くない時期に建て替えなりリフォームをしなければならない安普請だ。
かなり無理をさせると思い、奨学金などを捜していたが、将来の返済が足を引っ張るからと、許してくれなかった。
「ほら、もっと食べなさいよ」
自分は、かっぱ巻きやしんこ巻を食べて、刺身の乗ったのを勧めて来る。
「ママは一人で、ちゃんと食事とか生活できるの? 」
「馬鹿にしてんじゃないわよ、誰があんたをここまで大きくしたと思っているの」
なんか説教されてしまった。
「じゃあ、私、お風呂入るから、ゴミ捨て宜しくね」
何故か、この区域は夜間にゴミ収集をしてくれる。
おかげで、朝早く収集場所へ持ってゆかなくてもよいのだけど、ママは大丈夫だろうか。
しばらくして、ログインし直すと、アバターは一家団欒の中だった。
父親と母親が居て、妹までいる。
「お兄ちゃん、どうして今日は遅かったの? 」
テーブルの上には食器が沢山あり、何種類もの手料理がのっかった跡。
妹が、それを片付けながら僕に聞いて来た。
「いや、別に」
「お兄ちゃん、怪しい。もしかして女の人とデートしてた? 」
小悪魔のような笑みを浮かべて、俺を覗き込んで来た。
「あれぇええ、顔赤いよ」
そんなことは無い、平常心を保っているが、この妹と言う存在が妙に違和感がある。
「ほぉお、リッツもそんな齢になったのか」
父親らしい男の人が、ビールの入ったグラスを持って、ニヤニヤと笑っている。
「お母さん、お母さん、お兄ちゃん、女の人とデートしてたみたい。それで遅くなったんだって」
「へぇえ、おめでとう。相手はどんな人なの? 」
多分、どこの家庭でもあるような会話。
実際には、そんな光景を見たことは無いが、アニメやドラマで見たことがあるような気がする。
「そんなんじゃ、無いって」
自分の内面が、妙に浮いていて、居たたまれなくなって苛立った。
それでも、その場の雰囲気を壊さない様に、感情を押さえて、二階にある自分の部屋に逃げ込んだ。
こっちの世界の僕の部屋は、色々なものがあった。
そんな情報を、俺は話したのかとおもうような、子供の頃に持っていたトレーディングカードや、プラモデル、原色の図鑑等等。
「お兄ちゃん、いい? 」
ドアがノックされて妹の声がした。
「いいよ」
「御免なさい。さっきは怒った? 」
僕の態度が気になっていたらしい。
ドアから半身だけ部屋に入れて、バツの悪そうな顔をこっちに向けている。
「いや、僕のほうこそ、ちょっと大人げなかった」
「ほんとう、許してくれる? 」
「勿論だ」
なんか、この妹が妙にいじらしく感じて来た。
「よかった、お兄ちゃん大好き」
ちょっとはにかんだ様な仕草と、ちょっと恥ずかし気な表情。
妹さえいればいい。
ドアが閉まっても、そんな余韻が残った。