第三話 仮面の子
玄関に居たのは、タケシ君より少し背が高くて、頭の小さいモデル体型の女の子。
この世界には時々居る、芸能人クラスの美形の子。
「ゆきちゃんよ、まだ一年生だけど、こっちがタカシ、そっちがリッツ、二人とも私の同級生なの」
「よろしく」
タカシ君はどうにか挨拶できたけど、僕はあがってしまって、ただ頭を下げるだけ。
「委員長、こんな子と何処で知りあった? 」
「部活の後輩、文芸部よ」
「俺、入ろうかな文芸部」
「タカシさん、文芸部に入って下さるのですか? 」
ゆきちゃんが、タカシ君の手を取って喜んでいる。
これは、もしかして新手の部員勧誘じゃないかと疑ってしまう。
「で、どうする? ボーリングでもする?」
委員長の提案にユキちゃんが、めちゃ喜んでいて、既に心を奪われているタカシ君に反対は無い。
Playerは、ゲーム内で飲み食いが出来ないから、遊びと言えばこういったゲーム系になるのだろう。
「じゃあ、東坂会館に行こう」
ユキちゃんの提案で、学校から電車で一駅で着く犬の銅像のある駅へ行く。
今、リアルで住んでいる街に来た十年前にはボーリング場が幾つかあって、小学生の時に数回だけ行ったことはある。
そのうち廃れて当時のボーリング場は全て無くなってしまったが、このゲーム内では割とメジャーな娯楽らしい。
「それにしても、ユキちゃん、可愛いな」
電車の反対側のドア横で、委員長と話している彼女をみて、もうタカシ君はデレデレになっている。
「それで、聞きたい事って何や」
ところが、急に真顔になって、僕を見た。
「アバターの顔や姿って、リアルの自分に似てるんだよね」
「そうや、鏡みたら直ぐわかるやろ」
今頃、そんな事を聞くのかと言いたげだ。
「どうやって、似せているの、顔や体のデータなんてゲームに送ってないよ」
「お前なぁ、ゲーム登録時に、三秒以内で答えて下さいってされただろ」
そう言えば、確かに、延々とまとまりのない質問をされた。
「気付かんかったか、五人の中から理想の体形を選んでくださいとか、自分の顔で好きな所は、嫌いな顔はどれですかって。あれで、AIがPlayerの姿形を予想してパーツを選んでいくと聞いたぞ」
「それで、本物より少し良い感じになるんだね」
多分、オートマンへのデータも録っているいるのだと思う。
「そうや、だからログアウトして自分の顔見たら死にとうなるで」
本気なのか冗談なのかは知らないけど、タカシ君がお道化るようにそう言った。
それなら、問題では無いか?
「そうしたら、大丈夫なの、前の彼女に見つかる可能性があるんじゃないの? 」
「はぁー、これから新しい彼女と遊びに行くのに、そんな縁起の悪い話を持ち出してからに」
「ただ、大丈夫かなと思っただけだよ」
「いらん心配や、ちゃんと整形しとる」
「整形? 」
「見とらんか、そこいらじゅうにある医療ビルの中に必ず入っとるやろ美容整形」
知らなかった、確かに医療ビルは家の近くにもある。
「二重を一重に変えて、耳と小鼻を少し大きくしたんや」
「それ、逆でしょ。一重を二重に、耳と小鼻を小さくしたのね。あと、その関西弁」
いつの間にか、近くに来ていた委員長が辛辣にも言ってしまった。
そっか、それでエセ関西弁か。
整形で見た目の印象を変えて同一人物ではないと言い切るらしい。
「五月蠅いなぁ、手術ゆうても別に切った張ったをするわけじゃない、データをいじるだけやからな、血は出んし、痛くもない。ただし、一月ごとにメンテしないと元に戻るんや」
なるほど、そういう努力は必要なのか。
やはり対Playerは、リセットしてもリスクが伴うんだ。
それから、四人は、犬の銅像のある駅まで行き、東坂会館でボーリングをした。
「リッツさんて、ボーリング上手なんですね」
二ゲームを終えた所で、予想外に僕がトップだった。
「おまえ、少しは遠慮という事をせいや」
タカシ君には怒られたけど、ユキちゃんに喜ばれるのは悪い気はしない。
その後で、そのビルの一階にあるエル・シドというお店でお茶をした。
「そろそろ帰ろうか」
委員長が耳打ちをして来た。
たしかに、ユキちゃんは話を聞いてくれるタカシ君に、心引かれている様に見える。
「じゃあね、上手くやりなさいよ」
委員長はそう言って、二人を残して僕と喫茶店を出た。
「ねえ、このまま帰るのって癪だから、六階へ行かない? 」
「六階ですか? 」
「知らないの、ビリヤード場があるのよ」
「あの、ビリヤードってしたこと無いですよ」
「大丈夫、私が教えてあげるから、行こう」
そう言われたら断れない。
さっきボーリング場から降りてきたエレベーターに乗ると、後ろから大学生みたいな人達が入って来て、奥の隅に追いやられた。
隣に委員長が立っているのだけど、近い。
もしかすると、腕が触れあっているのかもしれないが、ディスプレイでは分からない。
身長は、少しだけど委員長の方が高い。
ここのエレベーターはボーリングのボールの音や、ピンが弾ける音が聞こえて五月蠅いだけでなく遅い。
やっと三階で停止して、大学生たちが下りて行くが、僕たちの立ち位置は変わらない。
気持ち的には、このままでいたいけど。
ゆっくりと、六階に近づいて来る。
ディルプレイ上の視覚方向をかえると、なんと委員長の向こうの肩の上に手が乗っている。
誰だ?
いや、僕と委員長しかエレベーターに乗っていない。
つまり、お化け出なければ、その手は俺の手だ。
オートマンがまた暴走した?
どうやったら、手が離れる?
画面上に見えている手をクリックすると、なんとギュッと掴んだでは無いか。
委員長が困ったような視線を俺に向けてきた。
冷静になれ、どうする。どうする?
一歩向こうの地面をクリックすると、委員長の肩を抱いたまま前に出てしまった。
どうしよう、もうすぐ六階。
そうだ、ドラッグだ。
委員長の肩に乗った手をドラッグしてずらすとやっと離れてくれたが、開いたドアの向こうにとんでもない人が居た。
「酒田、もう帰るの? 」
ドアが開き、目の前に一女の制服が二人立っていた。
大きい方は、僕をぶん殴ったクッキーとか言う人。
そして、もう一人は、僕のアバターが告った、白い面をつけた人。
「用事が出来てね、その子は友達なの? 」
「そう、羨ましいでしょ」
なんと委員長が俺の肩を抱いて体を寄せて来た。
「ふうーん、そう」
すれちがい様に彼女と視線が会った。
顔全体は分からないが、空いた目の穴から見える、あの透き通った瞳。
「じゃあね」
委員長は、僕の方に手を乗せたまま、閉まるドアの向こうの二人に声を掛けた。
掛けられた仮面の子は、委員長じゃあなくて僕を凝視しているように見えた。
「根性なし」
仮面の子に、そう言われたような気がした。