第十四話 六階
三月に入ったので、アパートを捜しに相模原に行くことにした。
一応の候補は挙げておいて、事前に不動産屋さんにも行くことを伝えている。
朝六時発の新幹線でまずは新横浜。
新幹線の中で、ギアを車内Wi-Fiをスマホ経由で使って動かしてみる。
残念ながら、通信速度が足らず、VRモードは使えないが、2Dモードはいけた。
リアルで朝六時だと、ゲーム内は午前四時。
第二アバターを使って駅で具現化しても、列車はまだ一時間は動かない。
因みに、こっちの家族で、妹がけがをするような事件があったにもかかわらず、軋轢は無かった。
カウンセラーの言うように家族をリセットしなくてよかったと思っている。
時間的に何もできないので、仕方なく、ギアを付けたまま寝ることに。
「ママ、ちゃんと食事摂るんだよ」
「分かってる」
「ゴミ出しは、水曜日と土曜日だからね」
「うっさいわね、私を誰だと思っているの」
出る時にママと喧嘩になったけど、本当に大丈夫か、凄く不安。
でも、四月になればずっと、向こうに行くことになる。
練習してもらわないと。
そんな事を考えていると、何時の間にか寝入って、気が付くと名古屋に到着していた。
リニアのポスターが目につくが、まだまだ先みたいで、僕が在学中に通って欲しいけど、大人の世界は色んな事が多いらしい。
名古屋を出ると、次が目的の新横浜。
長いなと思いつつ、もう一度ゲームにダイブすると、携帯に着信があった。
知らない番号。
嫌な思い出があるので、家の外を見るが誰も居ない。
スマホの呼び出しは一度止まったけど、かけ直そうか迷っているとまたなり始めた。
「もしもし」
呼び出しを受け取った。
「良かったー、リッツはもう取ってくれないのかと思った」
「誰?」
余りになれなれしいので、ちょっと不機嫌になってしまった。
「私よ、カイコよ」
「委員長? でも声が違う」
「だよねぇ、今、アバターは男だから」
委員長は、信号機の下でキスをした後、僕を見送っていたら、拉致られそうになったという。
「なんか手慣れていたから、反社かな」
そう判断した委員長は、アバターをリセットしたのだそうだ。
それで、また女のアバターを選ぶと、同じことになると嫌だから、男にしたと言う。
「でも、どうして拉致なんて」
「まあ、私が超絶美人だから? 」
「やっぱり、あのスザンヌさんって人の絡みなんだろうか」
「ちょっと、なんか他にいう事あるでしょ」
「え、いえ、御免なさい」
「また、そうやって謝る、だから虐められるんだぞ」
???
ゲームの中で虐められたことは無いのだけど。
「それで、リッツは今日、何時ログインできるの、今を除いて」
「どうだろう、今日はアパートを捜しに相模原へ行って、早く終われば渋谷で泊まろうかなって」
「なになに、こっちへ来てるの?」
「まだ、愛知県みたいだけど」
「それで、泊る所は決めてないの? 」
「うん、漫画喫茶かカプセルなら如何にかなるって言われたから」
「甘いわね」
なんかマウントを取られてしまった。
「いいこと、カプセルホテルって行ってもピンからキリまであるし、今はインバウンドもあって予約を入れないと泊まれない事も多いの。あと漫画喫茶?じゃなくて、ネットカフェね。なんか古い人から聞いたの? 」
ママから教えてもらったのだけど。
言わないでおこう。
「ネットカフェはちゃんと選ばないと、ヤバいのが集まっている店もあるから」
そんな事を聞いたら不安になって来る。
「じゃあ、リアルで私と会わない? 」
「いいんですか? でも、ぼくアバターに比べたら自信ないですけど」
「大丈夫よ、リッツなら問題無し。私は美女のまんまだから」
少し考えようかな。
「相模原なら、小田急よね。じゃあ新宿、でも新宿はちょっと私が良く知らないのよね」
「渋谷じゃ駄目ですか? 犬の銅像がある街って渋谷がモデルですよね、いちど行って見たくて」
「じゃあ、ハチ公前? 駄目だわ、リッツは逆ナンされそう」
いやいや、そんなことは絶対に無いです。
「じゃあ、六階じゃだめかな」
「あるんですか、東坂会館」
「そのモデルとなった東口会館。二つあって、ゲーム内と場所がちょっと違うけどググって、ビリヤードがある方の六階、いいわね」
なんか、ウキウキして来た。
じゃあ、アパートが探せたらまた連絡しますと、リアルのスマホの連絡先も聞いた。
初めての渋谷だけど、ゲームで色々歩き回っているから大丈夫。
東口会館をググって、地図を頭の中に叩き込む。
井の頭線を下りて、地上に降りずにJRへ行って、そのままヒカリエへ。
そんな事をしていたら、新横浜について、そこから相鉄、小田急に乗って相模大野に。
予定の二軒のアパートを見て、直ぐに決めた。
本当は、アパートから大学まで行って見る予定だったけど、直ぐに契約をして、渋谷に向かった。
言われていた東口会館に着いて、委員長へリアルで連絡を入れると、今は千葉に居て、そこに行くのに四時間はかかると怒られた。
どうしようか、山手線を何周かするしかないか。
とりあえず、いったん腰を落ち着けて考えようと、近くにあったドトールに入る。
流石、渋谷。
コーヒーを買う前に席をとろうとしても、いっぱいだった。
諦めかけた時。
「リッツ君? 」
振り向くと、ロン毛をオールバックにして後ろで括った、芸能人みたいに顔立ちの整ったお兄さんが僕を見ていた。
「やっぱりリッツ君だ、ここに座りなよ」
その兄さんは、荷物をどけて丸テーブルをかこんだ二人用の席の一つを開けた。
「はあ、ありがとうございます、すいません、どちら様ですか? 」
好意は受けつつも、知らない人にあだ名を呼ばれるのはちょっと気持ちが悪い。
「え、分からない? そっか、これじゃあどうだ」
掌を思いっきりひらいて、自分の顔の前に持って行き、指と指の間から僕に視線を向けた。
「もしかして、酒田さん? 」
「そうよ、まあ本体は男なんだけどね。驚いた? 」
そりゃあ、ビックリしない方が可笑しい。
「取りあえず、飲み物とか買ってきたらいい。席はとっていおくから」




