第十話 襲撃
窓の下にDQN、スザンヌさんのことで僕の家に凸してきている。
どうしよう、そうだ電話だ。
どこかの病院の宇野さんだ。
名刺を探して、番号を押していると、家のチャイムが鳴った。
「はーい」
妹の声が聞こえ、玄関に行く足音がしている。
「出たら駄目だ」
部屋から出て、叫ぶ。
だけど、階段の下にある玄関では、もう妹がドアのカギを開けていた。
「もしもし、どうしました」
スマホから宇野さんの声がするが、それどころではない。
階段を大急ぎで駆け降りる。
「こんばんわ」
玄関の前に立っていたDQNだ。
ラインの入った丸坊主、眉毛も変なカットを入れている。
「憎むのなら、お前のお兄ちゃんを憎みな」
凶悪そうな笑顔で、何かを一閃した。
妹が顔を押さえてしゃがみ込んでから悲鳴を上げた。
「いやぁああーあ」
彼女の前には鮮血が滴り落ちて、血溜まりを作っている。
「何があった」
ダイニングからお父さんが声を上げて出て来る。
「へっ、お前が早くしないから」
男が俺を見て笑いながら、出て行った。
あまりのショックで、茫然とお父さんとお母さんが妹を介抱するのを眺めていた。
「何があったの」
落としたスマートフォンから声が聞こえて、すこしだけ我に返った。
「妹が、妹が」
「落ち着いて、あなたは今、ゲームの中に居るのよ、見えているのは現実じゃないの」
現実で無い事は分かっている、でも、おれに懐いていた妹が、何で。
「何があったか、説明して」
宇野さんの落ち着いた言葉に、少し話せる気がした。
それでも、まだ呼吸が安定しない。
声を出して泣いてはいないが、しゃっくりの様なもので息がときどき詰まる。
「スマホに、知らない番号で掛かって来て、ヒック。スザンヌさんの、恋愛モードになってる、確認すると、ヒック。第二アバターをヒック。家の前、直ぐに出せと、ヒック。男がヒック。立っていた」
「それで第二アバターは」
「出す前に、電話をしたら、ヒック。家に入って来て、妹を」
「殺したの? 」
「いえ、顔をナイフかなんかで」
あの時、すぐアバターを出していれば、妹より先に玄関に行けば。
後悔しても始まらない。
俺が悪いんだ。
我慢が出来なくて、ついに声を上げて泣いてしまう。
「落ち着いて聞きなさい」
その声は聞こえるけど、泣きたい感情が止まらなかった。
暫くしてやっとスマホを手にする。
「警察へは? 」
「さっき、お父さんが」
「呼んだのね、じゃあ事情聴取で貴方も警察署に連れて行かれるでしょうから、ログアウトしないでちゃんと説明して、その後で、カウンセリングを受けることになるから、カウンセラーに言って今の家族をリセットしなさい」
「家族をリセット? 」
「そうよ、また別のNPCが貴方の家族になるわ。その方が貴方の為よ」
そうかも知れない。
確かに、この家族は今、僕を無視しているような気がする。
こんな事件に関わっていたことは、直前の言動で分かり切っている。
幸せな理想的な家族を僕は崩壊させたのだろうか。
でも、なんか違うような気がする。
暫くすると、宇野さんが言ったように警察と救急車がやって来て、僕は警察署へ連れて行かれた。
状況を説明するが、なかなか受け入れては貰えない。
宇野さんには悪いが、スザンヌさんの話をしたけど、第二アバターの話はNPCの警官には通じない。
流石に僕が妹を切りつけた犯人では無い事は承知しているみたいだけど、相手が僕のスマホの番号を知っていたり、出て来るように指示した事で、犯人と顔見知りと思い込んでいる節があった。
取り調べ? は深夜に及び。
カウンセリングは翌朝にとなる事が告げられ、外からカギを閉められる部屋で僕は一人一夜を過ごした。
「大変でしたわね、宇野先生から事情は伺っております」
翌朝会った、髪の毛を紫に染めたカウンセラーは、最初から親し気に話しかけてきた。
「早速だけど、家族のリセットをしときますね」
「あの、家族のリセットは、しないで下さい」
昨夜、考えた結果。
妹が傷を負ったのは俺の責任だから、この家族とは次のステージ(高校卒業後)まで、一緒に居ようと決めていた。
「大丈夫ですか? NPCの家族ですけど、責任の追及はあると思いますよ」
「そうだと思います。でも逃げたら駄目だとも思うのです」
「なるほど、そう言う考え方もあるでしょう」
一応は認めてくれたた上で、カウンセラーは俺に向き直った。
「これは言っておく必要がありますが、あなたの家族は所詮NPCです。AIが作った疑似人格で魂がある訳では無いのです。それでも宜しいのですね」
「ええ、さっき言ったように逃げちゃだめだと思うのです」
「そうですか、でも犯人探しとかはしないで下さいね」
「どうしてですか」
カウンセラーはやっぱりとでも言いたげな表情を向けて来た。
「犯人を見つけてどうしますか? 」
「妹にした事と同じ目に会わせます」
「それで? 」
「それで終わりです」
なんかため息をつかれた。
「今の犯罪は、実行する人、準備する人、犯罪をやらせる人に分かれています、貴方は誰に対して妹さんと同じ目に合わせるというのですか? 」
そんな事は考えていなかった。
「実行犯は、今頃は非遵法エリアに逃げ込んで、警察の手が延びることは無いでしょう」
「ならば動機のある人、スザンヌさんをホスト依存に引き戻そうとしている人、その人を襲います」
また、ため息をつかれた。
「あのね、スザンヌさんをホスト依存に戻すのに、なんで、貴方との恋愛モードを解除する必要があるのですか? 彼等は、ゲームの中じゃなくてリアルで彼女をホスト依存にさせて、金蔓にするのですよ」
その言葉だけでは理解が出来なかった。
「いいこと、彼等はゲーム内にいる女性で、ホスト依存になりそうな子を口説いて、リアルの店に誘導させることなんですよ。それなのに、ゲームの縛りともいうべき恋愛モードが、なにか障害になると思いますか? 」
「でも、じゃあどうして、第二アバターを具現化するように言ってきたのですか」
「さあ、妹さんを襲った理由は、少なくともスザンヌをホストに行かせる為じゃ無いということですよ」
そんな事は無いと思う。
だけど、どうすればいいんだ。
「それで、スザンヌさんはどうなったのですか? 」
「リアルで、行方不明です」
「じゃあ」
「見つからなければ、彼女への治療は失敗したという事です」
治療が?
なんか違うような気がする。
その後で、僕に起こりそうな症状を聞き、カウンセラーさんとは一週間後に会う約束をして分かれた。
「その時に、家族をリセットしたくなっていたら申し出て下さい」
彼女はそう言って去って行った。




