表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/82

第36泳

 観劇が上演されている頃、シズルは植木鉢を抱えて、しげしげと眺めているところだった。


「グリンさん、不思議な方でしたね。こんな技術をお持ちとは」


 イモガイは外洋にあったときよりも、美しさの本領を発揮するように光っているし、海藻はグリンの背中のものよりも堂々として、色鮮やかな芸術品といっても遜色ない。


 それはこの部屋の照明のおかげなのか、手をかけた職人の丁寧な仕事の成せる技なのか、とシズルは簡単な推理を立てた。




 マリンは客人の帰った部屋で、ハンモックに深々と腰かけ、右脇にもたれて目を瞑り、しんみり呟いた。


「さびしいわ」


 シズルが植木鉢をどこに置くか聞くので、目を開けた。ぼうっとしたようなマリンの目が、海藻に留まった。


「しばらく、私のそばに置いておくわ」


 そのようなわけで、マリンの席のすぐそばに、色とりどりの海藻が揺れることになったのだった。


「まあ、おかしい。やっぱり、背中に生えた海藻を贈り物にするなんて。変わってるのね。ふふ」


 赤、褐色、緑の海藻は、イモガイの光の上で踊っていた。




 シズルは言わなかった。懐かしい顔に会って、ほんの子どもの頃に戻った気持ちでいるマリンに、グリンの健康への心配などをわざわざ伝えたところで、できることはもう全てやりつくしていた。


 この海藻は、寄生して宿主の力を奪うものではないか。


 それを裏付ける知識に触れたことはないものの、この広い海の世界に、絶対などない。人魚の背中に生える海藻など、今まで聞いたことがないのと同じだ。




 北から変化が押し寄せているとも聞くし、回遊魚よりもずっとのんびりした人魚たちにも、事態は深刻に迫っているのかもしれない。


 それでも、シズルも立派な人魚で、マイペースな気質には変わりない。


 心配や不安は、胸のうちにしまっているあいだに存在が薄くなって、鑑定事例をまとめた愛書を手にとったときには、すっかり忘れさられてしまった。




「うーん、さすが先生。こんなお宝があるなんてびっくりだ」




 シズルは愛書「あたくしと鑑定―失われた文化編―」をめくっては、ひとり、感嘆に唸るのだった。


 この一冊は、シズルが鑑定を学んだ人魚、ハンゾーの著書のうちの一つだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ