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狐と朝

「んぅ……」


 うなされた少女の愛らしい声が聞こえる。


 そこは明るく、そして少しだけ狭さを感じられる部屋の中であった。


閉ざされた灰色の厚手なカーテンに真っ白な壁紙の壁、ガラス度の付いた台の上に乗った大きな黒いテレビにガラス戸の向こう側の銀色の薄くて脆そうなDVDデッキ、長い長方形の空洞の開いた仕切りの向こうには冷蔵庫や食器の入った高価そうな明るい茶色の棚が見える、恐らく仕切りの向こうは台所なのであろう場所も見える。


使い古された木製の長テーブルに規則正しくしまわれた木製の椅子。


少し裕福そうな家庭のリビングを感じさせる空間が天井の中心に備え付けられた蛍光灯の光に照らされていた。


その部屋の中心にある木製の長テーブルの丁度中心の椅子に、人が一人座り、もとい突っ伏していた。


真っ黒な艶のある濃い黒蜜のような長い髪を後頭部の真ん中辺りで結っている髪型、いわゆるポニーテールといった髪型の小柄な少女であった。


そんな少女が自らの両腕を枕代わりにし背を曲げて椅子に座り眠っている。


その小さな背中には深い茶色の襤褸ぼろ切れの様な大きな布が被せられていた。


所々に空いた虫食いの穴、液体をこぼしたまま染み抜きをせずに放って置いたために出来上がった染み、手で無造作に引きちぎられたような端、叩けば埃が舞いそうな古さを兼ね備えた不潔そうな布切れにそれを掛けられた彼女のほっそりとした体つきが浮かび上がっている。


 彼女が規則正しい寝息を付くたびに微かに体が上下している、両腕に阻まれているために顔は見えないが恐らく安らかな寝顔をしているのであろう、そんな心地よさそうに眠った少女が一人、部屋の中にいる以外は誰一人として居ない部屋であった。


「んっ……」


 突然、眠っていたその細身が小さなうめきとともにぴくりと動いた。


そして、ゆっくりと枕にして伏せていた顔を上げ始める。


 その伏せていた顔があらわになる。


少し眠気の残った細めの少し釣った切れ目に整った黒い眉、細い鼻筋に小さな口、血色の良い肌の色にすっきりとした顔の輪郭、少しきつそうな整った顔のつくりをしている。


「あれ ?」


 まだ眠気の抜け切っていない少女が小さく顔を左右に動かす、それは何かを確かめるような動きに見えた。


そのまま何かを考えているのか、それともまだまどろんでいるのか、眠たそうな表情で動きを止めている少女。


「ふぅ……」


 眠気が取れたのか、少女が小さく息を吹き、重ね合わせていた腕を解くと立ち上がろうと腰掛けていた椅子を後ろに引くと途中で動きを止める。


そして、自分の体に掛かっていたあの小汚い布切れをじっと見据えた。


 その布切れを見つめる少女の眉間に微かに皺が寄る、先ほどの睡魔に誘われた表情とは打って変わりどこか不機嫌そうな無表情に染まっている。


そんな表情のまま、体に掛けられた布をつまみ上げ放り投げる、布切れは低空で宙を舞い机の上へ皺を寄せて机の上へ着地した。


汚れ切った雑巾をごみ箱へ放り投げて捨てる様な動作である。



 それが終わり、引いた椅子から立ち上がる少女。


紺色のブレザーに中に着た白いカッターシャツ、首に巻かれたネクタイに赤いスカート、そして彼女のほっそりとした脚を包んでいる黒いハイソックスがあらわになる。


一目でどこかの学校の制服だとわかるいでたちである。


立ち上がった彼女がきしきしと小さな音を立ててフローリングの床を踏みしめて部屋の中を歩いて行く、カーテンに閉ざされたベランダへ向かうガラス戸の前で立ち止まる。


そして立ち止まるとカーテンへそっと手を伸ばし、静かに開いていく。



ゆっくりと、波打った厚手の布が端へ動き、その隙間から窓の外の風景がゆっくりと現れてくる。


窓の外には早朝の薄暗い町並みが広がっていた。


太陽が頭を出し始め、空には細く細かい雲が飛んでいる空模様、その下に広がる家屋や背の低いビルやマンションなどの風景が薄暗くもくっきりと浮かび上がっている。


「シャワー浴びよ」


 端に寄せたカーテンを止め具で括りながらぽつりと呟く少女、無感情な声色から何気なく口から出た独り言であろうことがわかる。




すると突然、がちゃり、と戸の開く音が鳴り響く。


「あー、いい湯だった」


 続けざまに爽快さの感じられる男の声が部屋の中に飛び込んでくる。


リビングから廊下へ繋がる扉が開かれ、そこには一人の人間が立っていた。


水気の混じった、ぼさぼさとした手入れの行き届いていないざんばら頭にそこそこに肩幅の広いしなやかな長身、上半身には長袖の白いTシャツ、シャツの中心には黒い文字ででかでかと『レシート不要』と文字がプリントされている、下半身は大きなボロボロなジーンズ、そして裸足といった格好の男である。


その突如現れた男、声色の割には表情はまるで変わらず一定である、というよりも表情が分からないのであった。


彼の顔を覆うように被せられた狐の面のせいである。


真っ白い地に真上に尖った耳、金色の三日月のような目にへの字に曲がった赤い口の狐の面、それがまるで彼の顔であるかのように張り付いているのだ。


 そんな彼の体からは暖めたばかりのお絞りのように白い湯気が上がっている。


 その男を目を細め、何か言いたげな無表情で射抜くような視線を送る少女。


「よお秋羅あきらちゃん、おはよう、朝っぱらから機嫌が悪そうだな !」


 男が快活な声で笑い声交じりで言う。


「ああ、どこの誰とは言わないけれど、人の家の風呂を勝手に使って僕に汚らしい襤褸切れを被せて朝っぱらから気分を害そうとするアイゼルネとか言う変質者がいてね、そいつのお陰で今までの人生で最悪の寝覚めだよ」


 足を肩幅に開き、腕を組みながら男に向かって冷たい声色で嫌味を飛ばす少女。


『感情』を食う化け物に狙われる少女、神流秋羅かんなあきらとその少女を守らんとする狐の面の男、アイゼルネ、日をまたいでの再会である。


「酷いなぁ、風呂はともかくマントは寒くて風邪を引かないようにと心配しての善意からの行動なのに……」



 少しいじけた様な口調で口を尖らせる狐の面ことアイゼルネ。


「なるほど、それでそこに持ってきたあんた用の毛布が二枚あるにもかかわらずにあんな雑菌のコロニーみたいなったない布切れを僕に被せてくれた、と」


 細身の少女、神流秋羅が開け放たれたドアの隣の床を指差しながら先ほどの冷めた目つきと口調で言い放つ、対象は紛れも無く開け放たれたままのドアの中心に立つアイゼルネである。


指された先にはきちんとした長方形で折りたたまれた厚手の茶色の毛布とその下に乗った水色の毛布が手もつけられずに床に置かれている。



アイゼルネの顔もそちらの方へ向いて固まる。


指をさす秋羅と毛布へ顔を向けたアイゼルネが動かずに固まる、まるで時間が止まったかのように両者は動かない。


「ま、まあそういうのは心遣いが大切であって……」


「で、何で僕の許可を得ずに勝手に他人の家の風呂場を使ったの ?」


 再び時を動かしたアイゼルネの一言、しかしそれを一刀両断で切り捨てるかのように秋羅が間髪いれずに言葉を放つ。


「いや、だってさ、許可を取ろうにも秋羅ちゃん気持ちよさそうに寝てるし、頭撫でても起きないし……」


 再び口を尖らせながら、文句を垂れるように言い訳を並べるアイゼルネ。


「元々不潔なんだからお風呂ぐらい我慢してよ、それで僕の頭を何したって ?」


 相変わらずの様子の秋羅が眉間に皺を寄せながらきつく言葉を投げかける ?


「撫でました」


 それに対し、素直にきっぱりと答えるアイゼルネ、そして眉間の皺を更に深くする秋羅。


「いや、だってさ、だってさ、秋羅ちゃんみたいに女の子が無防備にすやすやと寝てるんだぜ ?そりゃ頭くらい触るよ」


 必死に慌てた身振り手振りで言い訳するアイゼルネ。


「汚らわしい……」


 そんな彼に向かって秋羅は自らを抱きしめるように組む腕に力を込め、今までにないほどの冷たい目線をアイゼルネへと送った。











 白い壁紙に木製のフローリングでできた細長く狭い通行トンネルの様な薄暗い空間。


その白い壁紙に張り付くように濃い焦げ茶色のドアが左右の壁に2つずつある。


その中のドアの中の一つの前に胡坐をかいた人間が座っていた。


アイゼルネである。


「いい ?アイゼル、そこでおとなしく『待て』しててよ」


「わん」


 扉の中から少しくぐもった凛とした声がアイゼルネへと向けられ、ドアに背もたれ、どっしりと座る彼が短く答える。


「そこから、一歩でも動こうとしたり一応鍵をかけてあるけどドアをこじ開けようとしたりしたら社会的に抹殺するから」


「わん」


 釘を刺すように言い放つ凛とした声にまたもや犬のように短く答えるアイゼルネ。


「秋羅ちゃんよぉ、昨日お風呂に入ってないからシャワーを浴びるのはわかるが何で予備の制服に変える必要があるんだ ?」


 アイゼルネが不思議そうな声色で扉の向こうへと質問を投げかける。


「予備の制服は誰かさんが汚い布切れで僕を包み込みやがったから、シャワーは昨日入ってないのもあるけど誰かさんが勝手に人の体に触ったから」



 布の擦れる音とともに扉の向こうの凛とした声、秋羅が無感情な声で扉を挟んだ相手へ答える。


「そんな小学生のイジメにありがちな○○菌or○○ウィルスみたに言わんでも……」


 後頭部をぼりぼりと掻き毟りながらアイゼルネが参ったように言う。


「それにあのマントだってそこまで汚くないぜ、こないだ見たときのみが2匹ばかし跳ねてたくらいだ」


「死ね」


 ぶちぶちと言葉を吐き出していくアイゼルネに間髪いれずに言う秋羅。




「まったくもって秋羅ちゃんは辛辣しんらつだなぁ、もうちょっと俺に懐いてくれてもいいと思うんだけど」


 首を傾げながらアイゼルネがぶつぶつと言葉を紡いでいく。


「懐くなんて事は永遠にないと思うけどね、辛辣なのは君がアホなことばっかり言ったりやったりするからだよ」


 するすると服を脱ぐ布擦れの音に混じり少し呆れた声色で秋羅がドア越しのアイゼルネへ言葉をかける。


「本当はすぐにでも叩き出したいところなんだけどね……」


 

秋羅がため息混じりの声で言葉を続ける。


「昨日の事か ?」


 アイゼルネが秋羅の言葉の続きを代弁するように言う。


しかし、そんなアイゼルネの言葉に何も言わず黙りこくる秋羅、何も言わないが肯定だということは雰囲気で察することができる。


「ねえ、アイゼル」


 黙っていた秋羅が口を開く。


「昨日の『あれ』に感情を食われた人間はどうなるのかな ?」


 秋羅が抑え込んだ声でアイゼルネへ問いを投げかける。


「意識がなくなってしまうそうだ、ぷっつりとな」


 先ほどとは違う、真剣な声色で秋羅の問いに答えるアイゼルネ、その言葉の終わりとともに扉の向こうから服を脱ぐ音が止まる。


「人間の精神ってのは意識、知識、記憶、思考、行動、そして感情で構成されてるそうだ」


 扉の向こうの秋羅へと言葉を続けていくアイゼルネに何も言わずに黙っている秋羅。


「そん中のどれか一個でも欠けたら人間はもう駄目になってしまうらしい、よほど精神ってのは肉体よりも複雑に出来てるんだろうなぁ」



「本っ当、人間ってのは頑丈なんだか脆いんだか分からんもんだなぁ」


 しみじみと言葉を紡いでいくアイゼルネ、そして、相変わらず何も言わない秋羅。



「脆くも頑丈でも無いよ……」


 扉越しから小さな声で聞こえてくる秋羅の声。


「いくら虚勢や外面で外殻を取り繕ったって、内側の大きな感情はいつか、絶対に外殻を破って出てくる」


「面倒くさいんだよ、人間って」


 いつもの凛とした声で突き刺すように秋羅が扉越しに言い放つ。


それを聞いたアイゼルネは何も言わずに後頭部をぼりぼりと掻き毟った。





「もうこんな時間」


 場所は変わり、先ほどのリビング。


体から薄い湯気を放出させる秋羅が壁に掛かった円形の白地に黒い文字の時計を目にやり呟く。


「今週の特撮タイムか ?」


 襤褸切れのようなマントを装着しなおしたアイゼルネが秋羅の前に立ち、首をかしげて疑問をぶつける。


「……僕の格好を見てもう一度考え直せ、ノータリン」


 真新しい予備の学校の制服を着た秋羅が目を細め、アイゼルネへ言葉をぶつける。


「学校ね」


 気にせず言葉を発するアイゼルネ。



「そういうわけだから、君は……」


「じゃ、行こうか」


 両手を腰に当てて少しきつい声色で言う秋羅の言葉を遮るアイゼルネ。



「は ?」


 アイゼルネの言葉が信じられないのか、表情を歪ませて少しだけ驚いたように声を出す秋羅。


「いざ、学校へ !」


 拳を天へ突き上げ、力強く宣言するアイゼルネ。


どうやら学校にまで付いていく気のようである。




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