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トンネル  作者: 佳樹
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 私の名前は北村吉輝。北村家の長男としてこの世に生を受けた。父は銀行員で、母は専業主婦。暮らし向きは余所と比べて、かなり良い方だったと記憶している。

 母とはよく話をした。しかし、父とは、親子らしい会話をした記憶が殆んど無い。恐らく父は、私に対しての関心が希薄だったのだと思う。

 幼少の時分、母にその事を相談した。すると母は、「あんたの気のせいだよ。子供に関心の無い父親があるものか」と、言った。私もそんなものかと思い、ずっとその言葉を信じていた。しかし、高校へ上がった時に、父に同じ質問をした。すると父は、短く、「お前の感じた通りだ」と、顔色を何一つ変える事無く、事も無げに言ってのけたのだ。

 だからと言って、父が私の事を嫌っていた訳ではない。その一点においては、間違い無いと断言出来る。

 父は『世間』という概念からは、少しばかり外れているのだ。本人もその事は承知しているのだ。父は、自分の本音を、ありのままに言う事によって、相手が不快な思いをするかどうかを考えない。聞かれた事を、ただ正直に答えるだけなのだ。

 私には二つ下の真由美という妹が居た。妹は明朗闊達で、友人も多かったと記憶している。私達の性格は正反対であったが、彼女が兄である私に対して、積極的に話しをしてくれていたので、兄妹仲は比較的良かったのだと思う。

 事の始まりは、私が高校三年生、妹が高校一年生の時に遡る。事の始まりと言っても、妹からすると、随分前から、それは始まっていたのだが。

 その時の私は、野球の強豪校で寮暮らしを送っていた。放課後の練習が終わり、寮に戻った時に寮母が、数時間前に妹から電話があったのだと告げた。これまでの寮暮らしの期間中に妹から連絡があった事が無かったので、私は何事かと訝しんだ。家に居る両親には電話した事を知られたく無いからまた掛け直すと寮母は伝言を預かっていた。私は妹からの電話を待った。それから一時間も経たない内に、妹からの電話があった。

 「お兄ちゃん、ごめんね。急がしい時に電話なんかしちゃって」

 第一声から、妹の声に潜む、悲壮感の様なものを感じ取った。

 「いいんだよ。どうせこの時間は特にこれと言って、する事も無いんだから。それにしてもどうしたんだ?お前が俺に電話なんて珍しいからさあ」

 「・・・そうかも」

 「学校で何かあったのか?」

 「ううん。違うの」

 妹は口を噤んだ。

 「何か言ってくれないと分かんないじゃないか」

 「ごめんね・・・。今から私が話す事、絶対に笑わないって約束してくれる?」

 「ああ。約束する」

 「それともう一つ。お父さんとお母さんには心配掛けたく無いから、絶対に内緒にしてて」

 「ああ、分かった。それで、一体どんな話なんだ?」

 

 妹の話は昨晩見た夢に関するものだった。見知らぬ古びた石畳のトンネルの中で、何者かに追われる夢。

そこで妹を追い回していた何かは、ヴィヴァルディの『春』のメロディーを口ずさんでいたのだと。妹はその何かを覚えていない。しかし、逃げる最中に頭の中に直接訴えかける声なるものを聞いた。それは、助けを求める声に交じって、『五日後・・・』とだけ告げた。妹はそこで確信した。その悪夢が五日後に自分の命を奪いに来るのだと。それともう一つ確信を持っている事があるのだと言う。なぜ確信が持てるのか、その根拠は説明出来ないと前置きして言った。それは、トンネルの地面に転がる立て札。そこに書かれていた『血寄村』の文字。その村は必ず実在する。


 私は妹の話を徹頭徹尾信じた訳では無かった。かと言って妹の性格上、私の寮に電話を掛けてまで、子供じみた嘘をつく様には思えない。悪夢を見たのは事実ではあるが、悪夢に命を奪われるという点に関しては、俄かに信じられない。怯える妹を慰めてやりたいが、それだけの理由で、学校をほっぽらかして帰省する訳にはいかない。妹は父と母に心配を掛けたくないから黙ってくれと言ったが、仮に言ったとしても、相手にされないだろう。

 妹は一人だけでも、現実に存在するかも怪しいトンネルの行方を追うつもりだ。相談を受けた手前、兄として何とかしてやりたい。

 そうして私は、妹に一つの提案をし、その提案を聞いた妹は私に礼を言って電話を切った。




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