秘密の下調べ……?(アレクセイ視点)
それまでも自覚していた恋心を確実のものとした僕は、喜びと新たな意気込みと目標を胸に翌朝を迎え。
今日もマリーツァに会えるとなれば、仕事も普段以上に張り切るというもの。
「本日、目を通していただきたい書類はこちらになります」
「関連物は?」
「ここにあるよー。俺も目を通してあるから、なんか気になったら遠慮なく聞いて」
「ありがとう、助かるよ」
仕事を始める前にと置かれたお茶に口をつけたところで、アシュリーが嬉しげに聞いて来る。
「昨日の夜、いい感じに話は進んだ?」
「僕としてはね」
「なら上手く行ってんじゃん。まぁ泣きついて来なかった時点で、大丈夫だって安心はしてたのよ。ね、エマちゃん」
「はい。今朝のご挨拶時、お姉様からも側室に関しては何も問われませんでした」
「マリーツァ、どんな感じだった?」
「いつもどおり……とは言い難く」
「困ってた!?」
「いいえ。陛下の畑を拝見出来ると大変機嫌が良く、驚きました」
「なんだ、それか。うんそう、約束したんだ」
「――はあ?」
「あっ」
しまった! これに関しては、極力ぎりぎりまで秘密にするつもりだったのに……!
これはまずいと書類で顔を隠したら、すぱーん! と机越しにアシュリーの手刀が決まって、紙は散り。
書類を持っていた手の位置はそのまま微動も出来なくなっていると、アシュリーが身を乗り出しながら、にっこにっこの笑顔で覗き込んで来た。
「今の、俺の聞き間違い?」
「いえ……あの、ですね。これには深いわけが……」
「深いとか浅いとかじゃねっての。お前が畑仕事するのもいかがなもんか状態なのに、いつかは伴侶に望んでる女性を畑に誘った? 何、お前って馬鹿なの? アホなの? 国王陛下として終わってんの?」
「矢継ぎ早にあからさまな悪口!」
「当たり前でしょうが馬鹿! なんで、惚れた女を畑仕事に誘ってんだ馬鹿! 服を汚させるような所に女性を誘ってんな馬鹿!」
「馬鹿の回数多くない!?」
「そんぐらいお前は馬鹿なんだよ! ていうか俺も馬鹿だ! 完璧、育て方を間違えた……!」
「アシュリー様、ご安心ください。わたくしの姉は、大変喜んでおります。嫁ぎ先ではそういう作業は出来なかったそうで、久しぶりだとかなり浮き立っておられました」
「だとしても! 側室に望んでからの初めて誘う場所が畑って、さすがになくね!?」
「色気はございませんが、陛下を知っていただくにはちょうどよい場所かと。最初からある程度は見せたほうが嘘はないと、アシュリー様もおっしゃっていたではありませんか」
「そうなんだけどさぁ……!」
「姉にとっても良いはずです。見た目に反して活発な女性だと、アシュリー様もご理解いただきたく」
「ご理解ねぇ……」
アシュリーが腰に手を当て、顎が胸に着くほど項垂れた後。一応は納得してくれたのか、小さく頷いた。
「分かった。なら次は、城の畑でデート。ただし、その次はもうちょいムードの出そうな場所に招待しなさいよ?」
「城下町の案内と、遠乗りに誘ったよ。あと夜の見晴台で星見も」
「――なんでだ!!」
「それも駄目だった!?」
「そっちも出てて、最初に畑をデート先に選ぶお前のセンスに、なんでだ! だよっ! やっぱ納得いかねー……!」
「アシュリー様と違い、陛下は女性を誘い慣れていないのです。むしろ、ちゃんと誘えて了承を得たのを褒めて差し上げるべきかと」
「エマちゃん待って! 俺も誘い慣れてないっ!」
アシュリーが焦りだすのを無視して、エマは僕と会話を続ける。
「城下町や遠乗りはさすがに今日明日というわけにはいきませんが、畑や見晴らし台でしたらいつでも問題ないかと」
「天気の良い日に誘うのがいいかなって」
「エマちゃん! 俺、ほんとに慣れてないよ!?」
「予報士に、今後の天気を確認いたします」
「ねぇねぇエマちゃん! 違うんだってば!」
「人払いもいたしますので、おふたりで畑の手入れを楽しんでください」
「うん、ありがとう」
「エマちゃんっ、聞いて――」
「お静かに。今、わたくしは陛下の将来に関わる大事な話をしております」
「俺の話も大事なのにぃ……!」
ソファーに倒れ込むアシュリーに見向きもせず、エマは予定を組み出す。
「畑を案内される間、念のため警護にはわたくしが立ちます。離れてはおりますが、何かありましたらいつでもお呼びください」
「飲み物も用意してもらえるかな」
「うっ、うっ……エマちゃんが俺に冷たい……」
「かしこまりました。予定としては、何分ぐらいがよろしいでしょうか。初夏の日差しの中、何時間というわけにもいかないかと」
「マリーツァを疲れさせても悪いから、まずは30分ぐらいを目安に――」
「嫌われた? 俺、嫌われたの? やだー……俺は、こんなにエマちゃんを愛してるのにぃ……」
「……エマ、あのさ。アシュリーをなんとかしてあげて?」
さすがにかわいそうで、お願いすれば。承知しましたとエマがアシュリーの傍らに立ち、おもむろに腰を抱いて強引に立ち上がらせていた。
「アシュリー様」
「うんっ、はい! 何? 俺の愛ならいくらでも――」
「――鬱陶しいです」
相手してくれると期待しての返しがこれだ。
「エマちゃんの馬鹿ぁ! もう家出してやるー……!」
うわぁぁぁん! と大号泣で部屋を飛び出すアシュリーが不憫っていうか、同情を禁じ得ないっていうか……。
うちの騎士団長、なんで自分の伴侶にはあんななっちゃうのかな……。
「騎士団長に家出されたら困るなあ……」
「口だけです。部屋でわたくしの戻りを待ち、荷造りするふりを始めますが立ち上がりもしません」
「どうするの?」
「後ろから抱きしめ、耳元で愛を囁きます」
「何それかっこいい!」
「かっこいいかは不明ですが、これでわたくしから離れなくはなります。その後、休憩中か夜にでも存分に甘やかして差し上げれば、機嫌など上昇の一途です」
「……僕、男女の駆け引きに関してはエマを見習いたい」
「光栄です。では本日の午後にでも、畑のどこを案内するか決めましょう。アシュリー様とご一緒願えますか? わたくしは同時刻、滞在を決めてくださったお姉様のため、城内を案内させていただければと」
「分かった。許される範囲で、マリーツァには好きな所を見せてあげてね」
楽しみだな、と残りの仕事も張り切り。午後の時間になるとすぐ、畑の様子を確認していた。
「こっちの畑なら、足元もあんまり汚れないかな」
「まーね。つかさー、国王陛下が畑仕事とかさー……」
「それはもう終わった話でしょ? エマから報告は受けたよ」
「あそこで我慢出来てればっ。でも、あんなすごいことされたら負けるに決まってる!」
何されたんだろう。
聞いてみたいけど、たぶん僕には刺激が強すぎるよね……。
「話、戻していい?」
「どうぞー」
「畑のチェックも、僕には大事な仕事なんだ。研究中の作物は別として、城内の畑は城下町と同じ条件でその時々の作物を育ててる。そうすれば不作かどうかも分かるし、そうなった時、別の野菜を育てることで対応出来るか。出来ないとなれば、どう補うかもすぐに検討出来る。国民が飢えては国が滅びる。誰もが毎日、お腹いっぱいで暮らせる国であり続けるには――」
「あー、はいはい。分かってますよ。それが駄目ってことじゃなくて、一応、威厳ってもんを忘れないでよねって話。全身泥だらけで、その辺を平気で歩き回るってのはさー。一応、他国の商人とかも出入りはしてるわけでさー」
「気をつけるよ」
ほんとかよっ、なんてツッコミは聞こえなかったふりで、別の畑へ移動。世話をしてくれているのは農作業を得意としている者たちで、年配者も多い。その彼らが、いっせいに挨拶をしてくれる。
「お疲れ様。腰とか辛くない? 無理せず休み休みね」
「充分、休みながらさせていただいておりますので。さあどうぞ、陛下も直接触れてみてください。どれも良く実っておりますよ」
うんと言いそうになってアシュリーを振り返ると、「勝手にしろ」とばかりに手で追い払う仕草。
ありがとうと感謝しつつ、今日も畑に足を着く。
「成長具合は例年通り?」
「そうですなぁ。暑くなりだしましたが水不足ということもなく、むしろ豊作な年になるかと」
「よかった。なら今年も、保存が効く穀類は城の備蓄庫に回せそうだね」
収穫出来る野菜を採っては、その出来の良さを喜んでいるみんなを見て安堵する。
僕は、この笑顔をこれからも守り続けたいんだ。
笑顔で、一緒に泥だらけになれるのが嬉しいんだ。
「こっちは終わりかな。あとは――……アシュリー?」
「ぅん?」
「僕の顔、じっと見て何?」
「……いやぁ、お前の顔が泥だらけなのをどうしたもんかなーと」
「こんなの袖で拭えば――」
「お疲れ様です、アレクセイ陛下」
「あ、うん。お疲れさ、ま……」
振り向いたら、畑の外に笑顔の想い人。
「――っぇ!?」
さすがに予想もしてなかった登場にびっくりしすぎて仰け反るどころか、僕は声までひっくり返していた――。