募集広告がひどすぎる(アレクセイ視点)
「――てことなので。お前はこれからマリーちゃんの部屋へ行って、挨拶してこい」
執務時間が終わり、私室に戻ってしばらくしたらアシュリーとエマが現れ。
「側室の話を通してきた」と宣言されたうえ、続く台詞がこれじゃ軽くどころか大パニックだ。
「待って。待って待って待って待って」
「何を待つ必要がございますか」
「展開が早すぎるよ! お茶したの今日だよ!? なのになんでそうなった!?」
「俺らに一任したのはお前でしょうが」
「したけども!」
「わたくしも、妹としてありとあらゆる手は尽くさせていただきますとお伝えしましたが」
「伝えられたけども!!」
「じゃあ何が不満なのさ」
「不満とかじゃなくて、昨日の今日で側室の話をマリーツァに出すっていかがなものかっていう話を僕は……!」
「呑気に進められるほど時間はないっつーの」
「だからってさあ!」
ぎゃあぎゃあと僕が騒いでも、ふたりともしれっとした表情のまま。
これは僕が「一任」と言った時点で、ふたりの間で予想した流れなんだ。
で、それにまんまと乗っかってる僕が悪いっていうか、一任した僕の責任っていうか。
とりあえず冷静になろうとこめかみを揉みほぐしていて、ん? と気づく。
「あれ?」
「まだ何か」
「マリーツァは側室になるの、了承してくれたんだ……?」
「正確には前向きに検討する、かと」
「充分だし、まずそこを喜ばせてよ!」
「では今から10数えますので、その間、喜びを噛み締めてください」
「なんで時間厳守!? しかも10って!」
「お姉様が陛下を待っているからです。いくら許可をいただいているとはいえ、これ以上遅い時間に女性の部屋への訪問は失礼にあたるのではないでしょうか」
「うっ……で、でもさ。何を伝えていいか、まだまとまってなくて……。せめて明日の朝とかじゃ駄目?」
「側室の件、前向きに検討してくれてありがとうございます。で、良いのでは」
「つかね。お前は女性の部屋に通うってのも覚えろ」
「…………」
「いまさら尻込みしないでいただけますか。それとこれで駄目なら、こちらを各国に張り出します」
「こちらって?」
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「だから詐欺じゃねっての。ちゃんと職業斡旋するって、マリーちゃんにも伝えたよ」
「これ見せたの!? ここまでしないと結婚しない僕の印象、だだ下がりじゃない!?」
「うるさいなぁ。いいから歩け!」
アシュリーにぐいぐいと背中を押されて、ドアに向かわされ。なんとか足を踏ん張っても、体はずるずると前に進んでしまう。
「陛下。まずは、同情から入るのもありではないでしょうか。あるいは手のかかる可愛い子、という扱いもありかと」
「だからそういうんじゃなく!」
「嘘なく進めなきゃいけないんだし、仕方ないでしょー? そもそも、自分を無理に良く見せようとしても後が続かない。だから俺は、最初からいつものお前を見せたいわけよ。ご理解いただけたなら――とっととマリーちゃんの所へ行って来い!」
「うわっ!?」
いきなりお尻に蹴りが入り、狙い通りだったのかエマが開いていたドアから廊下によろけ出る。
体勢を整え振り返ったら、目の前でドアがバタン! と閉じた。
(ふたりの性格を忘れてたわけじゃないのに、こうなる予想を出来なかった自分が憎い!)
ため息まじりで彼女の部屋に向かう、その間。話が進んでいるなら僕からもお願いしないと、と頭では理解していても、なんとも言葉にしづらい感情を抱えているのが自分でも分かる。
(でも今は僕の気持ちより、マリーツァの気持ちだよね)
思い切って客室の扉をノックし僕である旨を伝えると、「どうぞ」の返事。恐る恐る入れば、マリーツァは笑顔で出迎えてくれた。
「アレクセイ陛下、庭園ではありがとうございました。とても楽しかったわ」
「は、はい、僕もです。その……本当に楽しくて……」
「お話があるのでしょう? お茶を淹れますから、どうぞおかけになって」
「……いただきます」
緊張で味なんてさっぱりでも、温かいものを飲んで少し落ち着く。
マリーツァも、僕が話し出すのを待ってくれてるみたいだし……。
「あの……僕の側室の件、前向きに検討してくれると……。アシュリーやエマが、強引に話を進めたとも思えないですが……無理しているなら……」
「断っていいと?」
「……断られたら悲しいですが、自分の感情を押し込んで僕に付き合う必要も……。国王だから断れないとか、断ったら家業に影響がとか、そんな心配も不要です。断られても、貴女に迷惑がかからないよう約束を――」
「アレクセイ陛下は、断られる前提でお話をされているようね。受け入れられた場合の想定はされていないのかしら」
「想定というか……受け入れてくれたらいいなとは……思って、ます……」
「なら私から先に、いろいろと質問しても? そのほうがお話も進みそうですし、いかがかしら」
「う、うん、もちろんです」
女性に気を使わせるなんて情けないけど、今は沈黙が続くよりよっぽどいいはず。
「陛下は普段、私室でも仕事をしていると聞いたわ。夜、あまり眠られていないとも。さすがに体が辛くなるのではなくて?」
「それで民が幸せになってくれるなら、僕も嬉しいから苦じゃないよ。短眠者なだけで、先生の健康診断でひっかかってもないし」
「その生活に慣れてしまうのはよくないわ」
「僕にとっては普通なんだし、平気だよ」
言い切ったのに、マリーツァはまだ心配そうだ。
僕の返事で安心させてあげなきゃ。いつも、民のみんなにそうしているように。
「国務は大変?」
「まさか。これぐらいで大変なんてあるわけないよ。僕は大丈夫。まだまだ頑張れ――」
「違うわ、アレクセイ陛下。返事で相手を安心させようとしなくていいの」
「え……」
「国王が、大変なんて言葉を使ってはいけない。その考えを否定するつもりは私もないわ。国王だから無理して当然、という考えが良いとは思えないの。あなたもひとりの人間で、ひとつしか命はないでしょう? 国王という位を持ってはいても、そこに関しては平等なのよ。休まないほうが周囲を心配させる場合もあると、あなたは知りましょうね」
「……うん、はい」
マリーツァの心配の仕方は、アシュリーとエマとはまた違う心配の仕方だ。
家族のようで、そうでもない。どこか一歩引いているのに他人事でもなく、冷静だ。
ぐいぐいとは迫って来ない言葉が、僕の中にストンと収まった。
「ねえ、アレクセイ陛下。これも提案なのだけれど、威厳も仕事も忘れてみない?」
「忘れるわけには……」
「ずっとではなく、私の前でだけよ。私は国王陛下の側室ではなく、アレクセイ = チューヒンの側室になれるかどうかを確かめたいの。もちろん、あなたが国王であると忘れるつもりはなくても……国王ではないあなたを知りたいわ」
「国王ではない僕?」
「あなただって、国王である自分を忘れられる時間が必要なはずよ。そうして、また国王である自分を思い出す。メリハリのある生活は、きっとどちらのあなたにも良い影響を与えるわ」
どうかしら、と問われて小さく頷く。
「よかった。それと口調も。あなたったら、緊張すると丁寧な口調に戻るのね」
ふふっと笑うのに、僕も笑ってしまう。
(すごいな、マリーツァは)
女性にしては珍しく自分の意見をしっかり持っていて、伝える力もある。
エマの姉だからでもなく、流されているわけでもなく、ちゃんと側室になれるかどうかを自分で確かめようとしてくれている。
(僕も、もっと積極的にならないと)
このままじゃ、それこそ「それまでの男」と判断されそうで、そんなのは嫌だから。僕も貴女を知りたいんだって、分かりやすく見せたいから。
「僕からも質問していいかな」
「ええ、どうぞ」
「マリーツァの趣味は読書と刺繍、あとガーデニングもだよね? 花を育ててたって聞いたよ」
「野菜もだわね」
「そうなんだ?」
「自分で育てたお野菜、とっても美味しいんだもの」
「あ、分かるっ」
「ふふっ、良かった」
そっか。野菜、好きなんだ。
庭園と同じで城内の畑、今は初夏の野菜の収穫時期なんだよね。
(……いいのかな、誘って)
普段なら絶対、言わないけど。言いたい相手もいなかったけど。
「あ、あの、ですね。僕も畑仕事が好きで……僕の畑、よければ一緒に見る? 畑は城内にあるし――」
「ぜひお願いしたいわ!」
「……そんなに?」
「庭園も見事だったでしょう? 畑も、同じように素晴らしいはずと予想してたの。エマに見させてもらえないかお願いするつもりでいたから、お誘いいただけて嬉しいわっ」
いつもふんわりとした仕草と笑顔なのに、楽しみだと手を叩いたりわくわくした表情とか……本気で喜んでくれてるんだ。
(あっ、でも。畑を案内するなんてアシュリーに知られたら、怒られるかな)
「毎日いただくお食事も美味しくて、お城の畑で採れている野菜だとエマから聞いて驚いていたのよ。買うのではなく城内で自給自足が出来るなんて、素晴らしいことだわ」
……いいや、怒られても。
僕は、マリーツァにもっと喜んでほしい。嘘っぽくない、自然な笑顔がもっと見たい。その代償がアシュリーの雷なら安いものだ。
「じゃあ約束。あと城下町も案内させて? 遠乗りとかも一緒に行ける? 眺めのいい丘があって、今の時期は気持ちいいはずだよ。夜もいいなら、城の見晴台から見る星も綺麗だし……」
「どれも素敵ね」
「ほんと? なら全部案内するよっ」
「無理はしないで。私のために仕事を増やしたり、減らしたりしないでちょうだい。あくまでも空いた時間や息抜きに……ね?」
「うん」
頷くと、時を知らせる鐘の音。
ああ、そうだった。この世には時間があったんだ。マリーツァと話すのが楽しくて、時の流れを忘れてた。
「マリーツァ、本当にありがとう」
「まだ何もしていないわ」
「してくれてるよ」
手の甲へ、僕としては挨拶だけではない、気持ちを込めたキスを贈る。
「僕の話を、作り物ではない笑顔で聞いてくれる。それは貴重で、輝かしいほどの時間だ。そんな時間をまた明日、僕にちょうだい?」
「はい、アレクセイ陛下。私も楽しみにしているわ」
廊下に出ると笑顔は引っ込め唇を真一文字に結び、とにかく顔がにやけないよう必死になる。
私室に入ればすぐさまソファーに倒れ込んで、クッションをぎゅうっと抱き込んだ。
(どうしよう、嬉しい。心臓、苦しいぐらいだ……)
手に残る、彼女の指の感触。
瞳に残る、ふわりと優しい笑顔。
耳に残る、おっとりと優しい声。
鼻に残る、甘い香り。
心に残る、言葉の数々も。
「好きだ……」
これはもう間違いなく恋だ。
「マリーツァ。貴女が好きだよ」
貴女に嘘のない僕を。
いつか手を取り合い、並んで民たちへ笑顔を向けられるように、僕はこの恋を実らせたいよ――。