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まさかの願い

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 まずはお茶を飲みながら、楽しくお話しましょう!


 ☆☆☆あなたのやる気を待っています!☆☆☆


「……エマ、この広告は何かしら」


 陛下との庭園での時間を終え。夜の自由時間帯になるとすぐ、エマとアシュリーさんが揃って現れた。

 今度こそ挨拶と昼の報告を求めに来たのかと予想したのに、いきなり見せられた広告に首を傾げるよりも一歩引いてしまう。


「いかがでしょう」

「素直な感想としては、怪しいとしか言えないけれど……そういう答えは望んでいないのでしょう? どう答えればいいの?」

「いやほら。うちの国王陛下、ちーっとも結婚に興味ないじゃん? エマちゃんが頑張って伴侶候補の履歴書をかき集めてくれるのに、目を通しても見事にバツつけて返してくるわけでさ」

「先日の捕物劇も、陛下が伴侶候補の履歴書を見たくないと拒否したからによります」

「国王陛下ともなると、やはり政略結婚が基本ですものね。結婚に興味がなくとも、しないという人生を選べない……お辛いことだわ」


 身分も立場も違えど私も結婚に興味がなかっただけに、気持ちは分かる気がした。


「陛下の結婚は国民の願いでもあります。こればかりはいつまでも逃げられるはずもなく、だからこそ陛下の望み通り恋愛をしていただきたいと、この広告を作成しました」

「まさかその広告、各国に張り出してよさげな女性を集めるためなの……?」

「ご明答! まず興味を示してもらうためには、充分な待遇と働きに見合ったお給料が出るかじゃん? これなら興味は覚えるだろうし、いろんな女性を呼び寄せられるかなーって。もちろん、こっちの条件に合わない女性が来たとしても追い返さないよ。ちゃんと、職は斡旋あっせんする」

「そこで、お姉様にお願いがございます。実家に戻った際、これをあちこちの掲示板等に貼ってくださるよう、父に打診していただけますでしょうか」

「それは……」

「何か問題でも」

「……さすがに陛下がかわいそうというか、その広告は詐欺っぽいというか……」

「平気へーき。国王陛下の相手してなんて、一言も書いてないもん。選ばれた時に初めて知るって感じだし。ぅんでもって、うちのアレクの相手を嫌がる女性ってあんまいなくね? 職業、国王陛下よ?」

「見た目に関しても、問題ございません。見事な銀の髪に、天秤座ヴァーゲの瞳と呼ばれる緑の瞳と見応えありです。性格も…………だいたい良いです」

「妙なと、だいたいの部分が気になるわ」

「完璧な人間などおりませんので」

「物は言いようね。それにしたって、ずいぶんと強引な手法というか……伴侶候補に関して、あなたたちはそこまで追い込まれているの?」

「――崖っぷちです」

「――マジで超絶やばい」

「そ、そう。ご苦労様ね……」


 真顔ではっきり言われてしまえば、こちらも他に言いようもない。


「革命前まではそれどころじゃないし、俺も何も言わなかったのよ。ぅんでも成功したわけだし? そろそろ決めろって言ったら、国の経済が軌道に乗るまで待ってとか願うから、こっちはきっちり待ちましたよ。もういいだろうって見合い話を進めようとしたら、ずーっとあれですよ。そりゃ追い込まれますって」

「いきなり伴侶となると、陛下も二の足を踏むのではなくて? もう少し段階を作って差し上げたらどうなの?」

「でしょでしょ!? やっぱそう思うでしょ!」

「お姉様も賛同してくださいますか!」

「ええ、まあ……」


 手のひらを返すとは違うのでしょうけれど、今、間違いなく私の提案に乗ってきたような……。

 とういか、私がそう言うように誘導されてた……?

 ふたりに好都合な台詞でも、口走ってしまったのかしら。


「わたくしどもも同じように考え、まずは先に側室そくしつを招き入れられればと」

「出来れば包容力のある女性がいいかなーって」

「そうね。アレクセイ陛下は可愛らしい性格でもあるし、甘やかしてあげられる(かた)のほうが確かに良さそうよ」

「お姉様としてはいかがでしょうか」

「いかがというのは?」

「マリーちゃん、アレクの側室にならない?」


 なんの冗談? と言いたくとも、アシュリーさんの声色もエマの表情にも、冗談の欠片もない。


「……私には離婚歴があるわ」

「とくに問題ございません」

「好みとは違うかも知れないでしょう?」

「どんぴしゃストレートど真ん中。とくに褒めてたのは瞳の色。あと雰囲気」

「柔らかい体つきも大変好まれました」

「性格もかなりの好印象。今日もさ、花の名前をたくさん覚えたって喜んでたし、教えてくれたのが君で嬉しいとも言ってたよ。梔子くちなしを見つけて駆け出す姿が無邪気で可愛かったとか、僕をしっかりたしなめてくれたとか、まぁ一目惚れからのベタ惚れ状態ですよ」

「惚れってそんな……。出会ったばかりなのに……」

「一目惚れって普通、出会った時にするもんじゃね? 俺もエマちゃんにそうだったもん」


 言い切った後。アシュリーさんが、声にも表情にもさらに真面目さを乗せた。


「俺は、嘘や偽りで君をグーベルク国へ留まらせる気はないよ。君の意思で留まってくれないと意味がないんだ」

「……エマも同じ考えなのね」

「わたくしを騎士団に加えてくださり、わたくしの幸せを喜んでくださる陛下には、身命をす所存です。陛下の望みはわたくしの望みでもあり、その陛下がわたくしの姉を欲しがっているのであれば、努めないわけには参りません」


 側室そくしつがどういうものかぐらい、私も知っている。

 王族、貴族といった上流階級に個人的に仕え、雑用や身の回りの世話をする女性であり、そこには夜のお相手も含まれるとも。


(アレクセイ陛下に、そういう部分も教えてということなのでしょうけれど……)


 その側室に、私が適任なのも理解は出来た。

 年上で男性との経験もあり、健康で身元まではっきりしているのだから、これほどうってつけの相手はいないもの。


「側室になったところで、うまくいくかも分からないのよ?」

「分からないからと何もせずにいては、それこそ何も生まれないのではないでしょうか」

「ひとりの女性として、アレクセイを受け入れられるかそうでないか。そこを一番として、あとは何事も経験だと思ってくんない?」

「経験し、そこから得られる情報、感情もあります」


 ――経験。

 その二文字に、少なからず心が揺れる。

 生まれてこの方、私には目立った経験などなかったせいで。


(エマのように強くもなく、とにかく平凡だったものね)


 そんな私が役立てるのならば、という前向きな気持ちはある。ふたりの言い分も、国王陛下の側近となれば当然の結論。


 エマにいたっては幼い頃から我が侭を言わず、何かを執拗しつように願う子ではなかった。そのエマがここまで願っているのなら応えてあげたい気持ちはあっても、さすがに側室は……という迷いもどうしたって生じていた。


「迷う部分があるのは当然として、じゃあ自分の中にある迷いのない確かなものは? 今回のお願い聞いてすぐに断らなかったなら、少しはアレクに興味あるってことでしょ?」

「陛下と過ごされて、何か感じるものはございませんでしたか」

「私は、陛下と一緒に過ごして楽しいと……」

「そういうのを判断材料として大事にしてくれたら、俺たちは嬉しいよ」


 今の話を聞いて嫌悪感もない。

 それに、そうだわ。

 庭園で最後に見せた、彼の切なげな瞳。あれは、私が見当違いな返事をしたのが悲しかったせい?


梔子くちなしをくださったのも……)


 彼なりに気持ちを伝えてくれたのに、私はその真意を読み取れなかった。

 出会ったばかりで仕方がないとはいえ、もう少し気持ちを汲めたはず。

 好意を持つ相手からまるで眼中にない態度を取られれば、人は傷つくもの。


(……っ)


 アレクセイ陛下を傷つけてしまったのだと気づき、胸が痛むのも間違いない事実だった。


「お姉様、お返事はいただけませんでしょうか」

「……いきなり側室にはなれないわ」


 これも、確固たる私の中の事実。


「いきなりでなかったらなってくれんの?」

「その時になってみないと分からない、としか言えないわね」

「ぅんじゃ、君の中では何が答えとして出てる?」

「何事も経験。受け入れられるかそうでないかを一番として考えるのであれば、私は陛下を受け入れたくないとは思っていないの。だからこそ、もう何日か一緒に過ごす時間をいただけないかしら。それが出来ないなら、このお話はお断りいたします」

「うん、ありがと。今はそれで充分だ」


 アシュリーさんが満足げに息を吸い、胸を膨らませる。


「あいつも無理やりなんかする性格でもないし、その証拠に、まず俺たちに話を通させた。本人相手じゃ断れないかもしれないって、予想してね」

「途中であろうと、嫌となれば拒否してください。その時点で側室そくしつの話はそこまでになりますが、それで良いのです」

「あくまでも私の気持ちを優先してくれるのね」

「お姉様の意思を無視して側室に仕立てたとしたら、わたくしの首が飛びます」

「俺の首も」

「大げさね」


 笑ったのにふたりに笑顔はなく、私も表情を引っ込めた。


「……されるの?」

「陛下はためらいません。あの笑顔や雰囲気で忘れられがちですが、この国を、剣と頭脳でまとめあげた方です」

「血を知らない綺麗な手でもないし、あいつの二つ名は静寂モノクローム狂乱ノイズの王だよ。怒らせるとね、俺よりやばい」

「お姉様にとってもこの国にとっても、陛下が怒らなくてもよい状況ばかりの日々であればと願います」

「そうね。それが平和のあかしでもあるものね……」


 同意してはみたものの。静寂モノクローム狂乱ノイズである彼が、まったく想像出来ない。

 そんな私に気づいてか、アシュリーさんが付け足してくれる。


「アレクは、生まれた瞬間から王になるため育ったわけじゃないんだよ。ある日突然、降って湧いたようなもんでさ。荒れてる時代だろうと、末席の王族がどうしていきなりとかね、さげすまれる時もあった。でもあいつは、それを自分の人生だからと諦めなかったよ。陰で知識を増やし剣の腕を磨き、与えられたきっかけを逃さなかった。賛同する人たちの助けも素直に受け入れ感謝し、今の地位を得て国をここまで育ててる。ぅんでも、なんでもかんでも笑顔で乗り切れるもんでもないじゃん」

「優しいだけでは成り立たないのね」

「君が理解力のある女性で助かるよ」


 嫌味ではない褒め言葉に、今度は小さく頷くしか出来ない。


(戦いに身を投じ革命児と呼ばれ、国王として努めて……)


 いったいどれほどの荷を背負って来ているのかなんて、平穏に過ごしてきた私が想像出来るはずもなくて。


「後ほど、陛下の口からもお願いをしていただこうと思っているのですが、よろしいでしょうか」

「ええ……もちろんよ」


 思い出すのは私の胸に顔を埋め、慌てながらも網から庇ってくださった腕の力と、心配そうに私を伺う天秤座ヴァーゲの瞳。庭園で向けてくれた、まるで争いを好まない暖かな笑顔。


(もっとお話したら、今よりもさらに印象が変わるのかしら)


 庭園で、彼の真面目な一面を知れたように。


(どちらにしても、ふたりの時間を増やさないと話は進みそうにないわね)


 それに、アレクセイ陛下に仕事以外の話をする時間を作ってあげたい。

 国王である自分に囚われず、ひとりの人間であると思い出してほしい。

 そう願う気持ちも、私の中に芽生えた偽りのない事実だった――。

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