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マリーツァという女性(アレクセイ視点)

「――離婚されたのですか!?」


 一連の騒ぎもようやく収まり。胸に顔を埋めた件も平謝りに謝って、誰も怪我がなくてよかったと一通りの自己紹介も済ませ。

 次はマリーツァの近況報告をと聞き出したエマの、珍しく裏返った声が室内に響く。


「ええ、そうなの。離別状を渡して来たわ」


 用意されたお茶を飲む彼女の表情に暗さはなく、望んで嫁ぎ先を出たのがよく分かる。

 エマもそこが気になったのか、問いかける疑問は端的たんてきだった。


「お姉様が悲しんでいないのには、どういった理由がございますか」

「悲しいよりも残念、という気持ちね。嫁いで二年、私には知らない事実が多すぎたの」

「何があったかお聞きしても?」

「皆さまの前で、楽しい話題ではなくてよ?」


 持っていたカップをソーサーに置いて、マリーツァは僕らを見回す。

 「どうぞ遠慮なく」と話を促せば、彼女はカップの持ち手を指でなぞりながら口を開いた。


「彼は、事業に失敗してかなり借金を抱えていたのです。それぐらいなら私も、共に頑張りましょうと言えました。これでも大商人の娘。祖国では父の手伝いもし、商売に関してまったくの素人でもなく、返済に向け出来る何かを一緒に考えたかったのですが……」

「貴女の意見に聞く耳を持たなかった、と?」

「彼のプライドが許せなかったのか、私が女だからか、意見など望まれませんでした。なのに、私の両親には金銭の打診を願って来たのです。君を悲しませないためにも、なんていうていのいい言葉を使って」

「お父様とお母様のお考えは」

「別れを告げる前に、ふたりへ手紙を送ったわ。体裁ていさいなど気にせず戻ってきなさいとの返事と一緒に、両親も認めた離婚であると署名付きの声明書を添えてくれたの」

「であるならば、もめたりもしなかったのですね」

「ええ。私は彼に慰謝料も求めなかったし、子供もいなかった。嫁入り道具として持っていた装飾品も、全部換金して構わないと置いてきたの。少しは借金返済の足しになっているでしょうし、私があんまりてきぱきと事を進めたものだから、呆気にとられて何も言えなくなっていたわね」

「お姉様の本質を知らないままでいたとは、ずいぶんと距離のある結婚生活だったようで……」

「もともと愛があって結婚したわけではないし、あの人は毎日のようにお茶会やパーティーへ出歩いていたわ。今思えば、あれは出資者パトロンを探していたのでしょうね。そのせいで、夫婦らしい時間もなかったの」


 話す内容は決して明るくはなくとも、やっぱり彼女の表情は晴れやかで。エマもそれ以上を聞くつもりもないのか、「そうですか」で終えていた。


「それにしても、一言ご連絡いただければ国境までお出迎えにあがりましたのに」

「ごめんなさいね。貴女にまで手紙を送れる余裕もなく、ぎりぎりまで立ち寄るかを迷っていたものだから……」

「なぜそのような迷いを」

「貴女は結婚したばかりでしょう? 今も私の話で、幸せに水を差していないか心配ではあるのよ。でも貴女のことだもの。祖国への通り道であるにも関わらず立ち寄らなかったとなれば、もっと悲しみそうだと思って」

「はい、お姉様。立ち寄ってくださり、本当に嬉しいです」

「ありがとう、エマ。それと……」


 マリーツァは立ち上がり、うやうやしく僕らへお辞儀を見せてくれる。


「アレクセイ陛下、アシュリー様。なんの連絡もなく訪れたにもかかわらず、入城を許可してくださりありがとうございます。おかげで、可愛い妹と久しぶりに会えました」


 ふわり浮かぶ笑顔で、年上の大人びた表情が急に幼く可愛らしくなる。

 瞳の色に捕らわれていたけれど、柔らかく波打つ栗毛色の髪。ふっくらと形の良い唇から奏でられる声色こわいろも穏やかで耳に優しく、全体的に魅力的な女性だとしみじみ感じ入る。


(コルセットもしてないよね)


 作られた腰の細さはなく、さっき抱きしめた時の柔らかさも思い出していると。


「アレク、着席の許可を」

「あ……」


 僕に話しかけていたのに沈黙が続いて、マリーツァがどうしたのかと首を傾げていた。


「失礼しました。実の姉妹というわりに、あまり似ていないなと、つい」


 咄嗟についた言葉に嘘もなかったからか、ああ、とマリーツァが納得の笑みを浮かべてくれる。


「昔からよく言われます。エマは母似の髪色、顔立ち。私は父似の髪色と顔立ちなのです」

「ぅんじゃ身長は?」

「私はこのとおり平均的ですが……父方の家系には時々、長身の女が生まれると聞いております。その血が、エマに色濃く出たようですね」

「僕、ウィルバーフォース家の人はみんな背が高いのかと思ってたよ」

「俺も。エマちゃんの身内には、初めて会ったもんね」

「そういえば両親からの手紙に、暖かくなったらアシュリー様とエマが来てくれると……」

「あいにくお互いの仕事の調整が難しく、まだ戻れていないのです」

「ぅんでもようやく目処がついてきたし、近い内に必ずとは手紙を送らせてもらったよ」

「それは何よりだわ。私も帰国したら、ふたりの様子を伝えるようにしますね」

「マリーちゃん、いつ帰国予定?」

「馬車の馬は、城下町で交換していただくとして。御者の方を休ませて差し上げたいので、最低でも二、三日は滞在しようかと」

「宿泊先はお決まりなのですか」

「到着したばかりで、実はまだ何も。私も泊まれる良い宿屋を教えていただけると、とても助かるのだけれど……」

「陛下、アシュリー様」


 エマが、僕とアシュリーへ伺う視線を送ってくる。


「うん、いいよ。アシュリー、用意してあげて」

「喜んで。御者はさすがに城内は無理だけど、ちゃんと宿屋に案内するよ。マリーちゃんにメイドつける? それとも、基本的な世話はエマちゃんがする感じ?」

「わたくしがさせていただきます。ありがとうございます、陛下、アシュリー様」

「……お話中ごめんなさい。エマ、今、何が決まったのかしら」

「陛下は、この城に滞在して良いと許可をくださったのです」

「それは――……大変ありがたいお申し出ですが、ただでさえ突然の訪問。お言葉に甘えてしまうには、あまりにも図々しいかと」

「この場合、お姉様の態度も正しく。断るのも失礼にはあたりませんが、わたくしとしては傍にいていただきたいのです」

「早い話が防犯上、城にいてくれたほうがこっちも助かるってことなのよ。あとエマちゃんのお姉さんを城外に泊まらせたってなると、国側としてもちょっとねー。ほら、ウィルバーフォース家つったら、相当な商家なわけでさ。接待しないわけにもいかないのよ」

「ですが……」


 まだ迷うマリーツァに、僕もそれを望むと後押しする。


「どうか遠慮なく滞在してください。城内にいてくだされば、僕らもエマに久しぶりに会えた姉との時間を作ってあげやすいんです」


 マリーツァがエマを見る。

 エマも、お願いしますと頷いていた。


「……ありがとうございます。お礼は国に戻り次第、必ず」

「礼なんていりません。気が引けるなら、どうか僕らとも仲良くしてくれれば嬉しいです。ね、アシュリー」

「だね。あと、普段の口調でいいよ? 俺とは同い年だし様付もやめようよ。俺なんて、とっくにマリーちゃん呼びよ?」

「それは自己紹介の時に許可をと申し出てくださり、私もどうぞと答えていますし……」

「お姉様。アシュリー様は堅苦しいのを嫌います」

「それに俺たち身内じゃん。呼び捨てしてくれてもいいぐらいよ?」

「……噂通りの方なのね、アシュリーさんは」

「ぅん?」

「グーベルク国の騎士団長は明るく気さくな性格であり、堅苦しいことを好まず、部下とも大いに談笑されると聞いているわ」

「でも怒るとおっかない、でしょ?」

「ふふっ、そうね」


 自然と普段の口調になっているのを、いいな……と羨む。

 僕もそういう距離感を望みたくても、これってアシュリーとマリーツァの関係性だから出来るんだよね。


(さすがに相手が僕……国王陛下となったら、ここまで砕けた口調は無理か)


 何も言えないというより言うのを遠慮していると、話題はなぜか僕になっていた。


「うちのアレクの噂とかはあった? わりと尾ひれがついてる場合が多いし、訂正できる部分はしたいんだよね」

「なぜご結婚されないのかといった話は、老若男女問わず飛び交っていたわね」

「具体的には?」

「例えば、誰かひとりを選べないほど恋多き殿方であるとか。あるいはたったひとりを想い続けていて、ご結婚されないとか」

「それ、完全に噂だ。むしろちょっとでも遊んでくれりゃいいのに、こいつってばまーったくちーっともで」

「やはりそうなのね。真面目で誠実。伴侶に関しても慎重に選ばれている、という噂がほとんどよ」

「物は言いようですね。慎重に選ぶどころか、選ばないからこちらは頭を抱えているというのに……」

「なぜ貴女が?」

「エマちゃん、アレクの伴侶候補の選出を俺から引き継いでさ」

「こちらとしても、恋愛結婚を望む陛下のため日々努めているのですが、当の本人は……」


 エマからのきつい視線に、うっ、といたたまれなくなる。

 それだけで僕の状況に気づいてくれたのか、マリーツァは笑顔で話題を受け止めてくれた。


「貴女の立場上、焦る気持ちがあるのだとしても、そんなふうに睨んでいいものでもないでしょう? アレクセイ陛下も、結婚に興味がなくていらっしゃるの?」

「ないわけでは……。ただその、仕事以外で女性と過ごすというのが……」

「ふたりきりになるのが苦手というなら、無理になさらずとも――……とは、お立場的に言えないかしら」

「マリーちゃん、分かってる! そうなのよっ! 舞踏会とか貴族の集まりに顔は出しても、徹底して国王としての義務って態度でさ。参加してる女の子の誰と話すか、誰と踊るかはこっちに一任するし、改めて誰かと会う約束もなし!」

「アシュリーみたいに軽々誘えないし、楽しい話題の提供も出来ないんだよ。退屈させるのが分かってるなら、最初から話しかけないほうが被害は少ないっていうか……」

「それも何度も言ってんでしょうが。一緒にお茶飲もー? からの、その服似合ってるとか、髪型似合ってるとかで充分じゃん。こっちも喜んでる女の子見て、可愛いなーとかで満足して終わるしさ。なんつーの? 仕事で疲れてる時の、一服の清涼剤的な――」

「アシュリー様はこれまで、女性とそうやって過ごされていたのですね」

「違います!」


 うわぁ、始まった。これ、長くなりそうだなあ……。

 横からエマに抱きつくアシュリーに、お茶を飲むふりしてこっそりため息をつく。


「ほんっとに違うから!」

「お茶を飲んでいらしたのであれば、違わないかと」

「一緒に飲みたそうにそわそわしてるの丸わかりだから、一緒に飲む? て感じなの! 一対一とかでもなく、数人対俺だったし! 平等に心から褒めたげて、お茶して終わりだったし!」

「なるほど、大勢の女性と楽しまれたのですね。ところで暑苦しいのですが、離れていただけますか」

「納得からの拒絶とかやだぁ……!!」


 椅子から降りてエマの足にすがりつくアシュリーを見て、彼がこの国の騎士団長だと初見しょけんで気づく人いないだろうなあ……。

 相変わらずエマに対してのみ、アシュリーはおかしな方向性にぶっ飛んでるっていうか、僕にしてみたらこれぞアシュリーというべきか。

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