穏やかな時間からの、不穏な知らせ(アレクセイ視点)2
「さすが謁見の間ね。他と同じで決して豪奢ではないのに、どの部屋よりも重みを感じるというか……玉座をこんな間近で見るのも初めてだわ」
数段上にある玉座に腰かける僕の隣で、マリーツァの指が背もたれの模様に沿って動き出す。
「名産のタイル細工なのね。細かい模様も色のバランスも素晴らしいわ。正装したあなたがこの椅子に座る姿は、さぞかし立派でしょうね」
「……今は立派に見えない?」
「そんなふうに言葉を捉えないで? 今のあなたも立派で素敵よ」
肘置きに置いていた手に彼女の手が重なりこめかみにもキスされ、うんって笑顔になる。
出立の準備も順調に進んでいるし、今日は天気もいい。最後にもう一度城下町を案内するその前に、理由もあって僕はマリーツァをここに案内していた。
「貴女の椅子も作ってもらうから、後で詳しく話を聞いておいてね」
「……華やかではないものを望んでも?」
僕ではなく、段下にいるふたりにマリーツァが問う。
「エマちゃんがマリーちゃんの好みは把握してるって言うし、一任してまーす」
「すでに発注をかけ、いくつかデザイン案も出来上がっております。後ほどお見せいたしますので、陛下の玉座の隣にはどれが一番合うか。お姉様の好みにどれが一番当てはまるかを教えていただきたく」
「分かったわ。それと、威厳やある程度の華やかさが必要なのは理解しているつもりよ。出来る範囲内でお願い出来れば、私は充分だわ」
「ありがとうございます」
こちらこそと返事をしたマリーツァが、軽く首を傾げる。
「この話をしたくて、案内してくださったの?」
「それもだし、もうひとつ大事な話があって……こっち」
玉座の後ろへ移動し壁にかかっているタペストリーをめくりあげると、マリーツァが「まあ」と驚きで口に手を当てた。
「城内の主だった場所には、こうした隠し扉があるんだ。どこも必ず、外なり別の塔なりへ逃げられるよう設計されてる。細かい説明や中の案内は、貴女が戻ってきたら必ずね。今は、そういう逃げ道があると知っておいてくれればそれでいい」
「ええ。……でも、この道を使わないで済む世の中であるといいわ」
「ほんとそうなんだけどねぇ……。どんなに安全だと思ってても、不穏分子ってのは紛れ込んでる場合もあるわけよ」
「だからと、攻撃ばかりが勝利への道とは限りません。守りに徹し、時には逃げることも重要となります。戦で国の取り合いは減っていますが、この先、起きないという保証もございません。大国は小国を守る立場でもあるため、いざという備えは必要なのです」
「僕が貴女を守るのは当然という前提で、マリーツァも何かあったら戦うのではなく、逃げるほうを選んでほしいんだ。貴女も自分の命を守って。僕のために死のうなんて思わないで。僕も貴女のためにも生きるから」
「約束するわ。私も、あなたたちのために生きると」
手の甲へ誓いのキスを交わし合い、この話はここまでと四人で城下町へ移動する。
市場は今日も賑わい、僕らが来たとなれば一瞬ざわつきはするものの、すぐにみんな普段どおり声をかけてくれていた。
「アレクセイ陛下! よければこの肉、持って行ってくださいよ! 今朝狩ったばかりの、新鮮な鹿肉ですよ!」
「わあ、こんな大きいのいいんだ? ありがとう。さっそく夕飯でいただくね」
「こっちは力が出る生薬です! 苦くても飲んでみて!」
「これ、今の季節はあんまり取れない薬草のじゃ……」
「遠慮しないでっ。疲れたら、時には薬も必要でしょうし!」
「う、うん。ありがとう」
「アレクセイ様! こっちの芋もいかがです? 今まで以上、体力つけないと!」
「う――……」
ん?
(なんか、なんだろう。渡してくれる理由が、いつもと違うような……)
歩くたびに何かしら贈ってくれるのは、それだけ自分たちの気持ちを形で表したい証拠だ。
断るのは申し訳ないし、これは賄賂とは明らかに異なる。受け取れる物は受け取るようにしてるんだけど……なんで今日は健康重視?
(いつもは無理しないでとか、これでも食べて少しは休んでとかなのに……)
「おーい、アレクー。俺らには、焼き菓子とか木の実とか貰ったよ。これをおやつにして、ちょっと休憩しない?」
「あ、うん、いいね。そうしようか」
市場の中には、誰でも好きに利用していい休憩所がある。そこで伴侶同士が隣り合い、外でのティータイムが始まった。
「マリーツァ、こっちの木の実も美味しいよ。これは今、女性に人気なんだ。確か肌にいいとかで……そうだ。さっき貰ったお肉と生薬もあげるね。貴女も疲れてるでしょう?」
「それは全部、あなたが口にしないといけないわ」
「なんで僕限定?」
「体力をつけてと願われていたじゃない」
「それ! 僕、そんなに体力なさそう? みんなの前でバテた姿なんて、一度も見せてないはずなのに……」
「そうではなくて、あなた、精をつけろと言われてたのよ」
「せい……?」
「精力をつけて子作りに励んでください、よ」
「子作り? 励むって……――っ!?」
言わんとすることが分かり、ぼぼっ! と顔が赤くなるのを自覚した。
理解した今も、みんな握りこぶしで僕を応援中。
年配者に至っては、「どうか……!」と祈りだしている始末。
「この歳にもなってそっちまで心配される僕って、国王としてどうなんだろう……」
「それだけ愛されているのでしょうし、私も疑っていたわけではないのだけれど……」
興味深げというかしげしげと見られて、なんとなく腰が引ける。
「な、なに?」
「あなたって、本当に女性関係の浮いた話が欠片もなかったのねえ……」
「――ぶはっ!」
吹き出したのは、こらえきれなくなったアシュリー。エマも顔を背けつつ、肩を震わせていた。
「アシュリー! エマまでひどいよ!」
「だってマリーちゃん、すっごいしみじみ言うんだもん……!」
「申し訳、ございませ……っ……くっ……」
「もういいよっ」
ふてくされたまま木の実を口に放り込んで、少し乱暴に噛み砕く。
変わらず遠巻きに見守っているみんなが、「なんだなんだ」「揉めてないか?」と今度は不安げになっていた。
「ほらアレク。笑顔笑顔」
「もーっ、みんなして子供扱い……!」
「年配の方々にとって、陛下は自分の息子のような感覚も持ち合わせていらっしゃいますので、こればかりは仕方がないかと」
「嬉しいけど心配しすぎっていうか、もう大丈夫なのになあ……」
「民は皆、お姉様が陛下の伴侶に決まったと判断しておりますが、正式な発表がまだなだけに予断は許せないようです」
「それは……まあ、うん……」
こればっかりは、ご両親の許可を得てからでないと発表できない。
だからせめて少しは安心させてあげようと、こうしてまた一緒に城下町へ来たのは逆効果だったかな……。
「アレクセイ、ごめんなさい。私の悪い癖が出てしまったわね」
「あ、ううん。正直なのが嫌とかじゃなくて、ふたりまで笑ったのが……」
「ごめんて。ぅんでもさ、これまでを考えればそりゃ祈りたくもなるでしょ。俺だって祈ってどうにかなるなら、祈り倒しますって」
「お姉様に余計なプレッシャーはかからないようにはいたしますが、ある程度はご了承いただければと」
「私の気持ちはもう決まっているもの。まだ発表出来なくても、皆さんを今すぐ安心させてあげたいわ」
言いながら、口元に彼女のハンカチが触れる。
「木の実、口の端についているわ」
「え? ほんと? ありが──」
周りから「おおおおおお!」と上がりだす喜びの声に、マリーツァの手がパッと離れる。
「これぐらいなら仲が良さそうに見えるだけで、発表前でもはしたない行為ではないと思ったのだけれど……」
「そ、そうだね。汚れを拭いてくれただけで、ご両親の許可前でも問題はないと僕も……。あとあれ、非難とかそういう叫びじゃないから安心して……」
「……そのようね」
「生きててよかった!」と感極まって涙ぐんでるおじいちゃんとかおばあちゃんとかいて、なんかもう、今まで心配させてごめんなさいとしか……。
完全に照れて俯こうとしたら、真向かいに座るアシュリーが僕らの話そっちのけで、黙々と木の実をむき出してるのが視界に入った。




