怖いのは……2
「それでは子供の喧嘩です。国王陛下と騎士団長ともあろう方々が、情けない」
「だってこいつ生意気! あと分かりやすすぎ! なーにいいとこ見せようとしてんだか!」
「うるさいな! そっちこそ似たようなもんでしょう!?」
ぐわっ! と牙を剥くのもお互い様でも、そこに殺気めいたものはまったく感じられない。
(私なんて、もう見てもいないわね)
今、彼はアシュリーさんに勝つことしか考えていない。それで良いはずなのに、急に私だけ仲間はずれになった気分だった。
「無様な態度はいかがなものかと」
「だってアシュリーが!」
「だってアレクセイが!」
「だって、ではございません」
「でもさ!」
「けどさ!」
「――それ以上なさるというならばわたくしも剣を抜きますが、それでもよろしいでしょうか」
凛とした声を響き渡らせながら、エマが鞘から半分ほど剣を抜く。
さすがにそこまではさせたくないのか、ふたりはようやく構えを解いた。
「……はーい、やめまーす」
「僕もやめる……」
「ありがとうございます」
しゃんっ! と三人同時に剣を鞘に戻す音が、その場の空気も元に戻し。
アレクセイ陛下も、ちゃんと私を見てくれていた。いつもの、穏やかな天秤座の瞳で――。
「マリーツァ、ごめんね。驚かせたかな」
「……アレクセイ陛下……あなた、どういう方なの?」
「え?」
「いえ、ごめんなさい。なんでもないわ。……エマ、熱気に当てられてしまったようなの。先に部屋へ戻らせていただくわね」
「だったら僕が送るよ」
「お仕事もあるのに申し訳ないわ」
「僕も執務室に戻るし、気にしないで」
断りきれずふたりで歩き出しても、私のほうが少し距離を取っている自覚はあった。
廊下も無言で歩いていれば、部屋へなんてあっという間に到着。
「……送ってくださり、ありがとうございました」
お辞儀してドアの向こうへ消えるつもりでいたのに、「あの」と呼び止められる。
「僕を知りたいって言ってくれてたのもだし、情けない姿ばっかり見せてるからいいところを見せたくて……。でも、さっきみたいな僕は見せないほうがよかった?」
「まさか、そんな……」
「出会ってから一番距離を感じるのに? 僕が怖くなったんじゃないの?」
怖い?
さっきのあれは、怖いという感情ではなかった。
もっと体のどこかが反応するというか、思い出すとぞくんっとするというか……。
「もう側室の話……なしになる?」
「っ……」
なんて目で見てくるの。そんな、捨てられた子犬みたいな……。
思わず抱きしめたくなったのを本当にそうしないよう、自分の背後で手を握りしめた。
「……違うわ。エマが、ふたりを美しいと称賛していたの。私も同じに思って……あなたがいつもと違っても見えて驚いていただけよ。私はまだここにいるし、その心配もしないで」
「うん……」
信じきれていないのか自分を非難しているのか、彼の表情に晴れる気配がない。
「本当に怖くはないのよ。私が怖いものなんて雷ぐらいだわ」
「雷?」
「昔、馬小屋に落ちたのを近くで見たの。馬も驚いて暴れだして、厩舎で働く人や調教師が怪我を負って……この歳になっても雷が鳴るたびあの時の光景を思い出して、ブランケットに包まるしかなくなるのよ」
「嫁ぎ先では誰も……その……彼も傍にいてくれなかった?」
「一度お願いしたら、子供じゃないんだからと笑われて終わってしまったわ」
それよりも、と話題を戻す。
「私の態度で不快な思いをさせてごめんなさい。今回のことで、あなたたちがどういう世界にいるか私も勉強になったわ。そこも踏まえて側室の件、ちゃんと向き合わせていただくから……」
「うん……理解しようとしてくれて、ありがとう」
間違いない本心を伝えれば彼から不安げな表情は消え、感謝が指先へ落とされる。
「もうエマから聞いてるだろうけど、午後は城下町を案内したいと思ってるんだ」
「無理はなさらないで」
「大丈夫。私事を優先はしないよ。ちゃんと両立できるようにしてある。……それじゃあ、また後で」
「はい、アレクセイ陛下」
見守られながら部屋に入り。熱の残る指先を握りしめたまま、ソファーへ崩れるように座ってしまう。
「息が……」
苦しい。
体も熱いし、まだ痺れが残っていた。
(あの瞳のせい?)
でも、ずっとあの目で見つめられたくはなくて。私の中の全部を奪われてしまいそうで、優しい瞳が恋しくなる。なのに忘れられない。
(どちらの陛下も知りたいなんて、どうかしてるのは私のほう……?)
正解が分からなくとも、それもまた、私の中に芽生えた事実に違いなく。
目を閉じれば、刃がぶつかりあう音が耳元で蘇る。
彼は毎日命がけで国王を勤め、彼自身がそれを良しとしているのだとしても。
(きっと今でも、大なり小なり怪我をされてるんだわ)
私に、「真剣は使わないで」なんて言う資格はない。側室となっても、伴侶になろうともそう。
だとしても怪我などしてほしくないと民たちは願い、心配もしているはず。心配だから、彼らも陛下の民として努めているのだろう。
(エマは、私に全てを理解する必要はないと言ったけれど……)
私だけ何も出来ないのが嫌だなんて、ただの我が侭なのかしらね――。




