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穏やかではない出会い

 初夏の、夕焼け色に染まり始めた城下町の石畳。

 家に帰るためか、子どもたちが手を振りながらそれぞれの道を駆けて行く。


 ガタゴトと揺れる馬車の窓から、そんな、どこか牧歌的な光景を微笑ましく見送り。温泉地帯独特の、けれど嫌ではない匂いも嗅いでいると、景色や体の傾きで坂を登りだしたと知れた。


 そろそろかと窓を開いて道の先を見れば、坂の上にそびえ立つお城。上空近くでは、旗が力強くはためいていた。


(町もお城も、なんて立派な……。あちこちから戦火が上がっていたなんて、まるで嘘のようね)


 今でこそ誰もが笑顔で暮らす、他国からは「幸せの国」とも称されるグーベルク国も、過去はまったく別の顔を持っていた。

 とくに覚えているのが、革命が始まったとの知らせを受けた日。いつも笑顔の母が不安な面持ちになり、父の表情も生まれて始めて見るほど深刻だった。


 それもそのはずで、大商人である父にとって他国の情勢が変化するのは由々しき事態。流通経路が途絶えれば商売が成り立たなくなる可能性もあるだけに、あちこちから情報を得ようと毎晩遅くまで会議をしていた。


 そんな心配も、結局は杞憂きゆうに過ぎず。革命は驚くほどの速さで終焉しゅうえんを迎え、しばらくして各国の国王や有権者へ手紙が届いた。


 当然父にも届き、手紙には革命が成功したこと。革命児であるアレクセイ = チューヒンが、国の実権を握ったこと。各国の皆さまにはご心配とご迷惑をおかけしたと、丁寧な謝罪もあり。ぜひご自身の目で、生まれ変わったグーベルク国を見に来ていただきたいといった内容であったらしい。


 これに対し、招待状が届いた国はまず密偵を送り込んだ。

 第一の理由は、この誘いを断ったが最後、自国を攻められたらという心配から。

 第二に、本当にグーベルク国は立ち直り始めているのかを知るため。

 任命を受けた者たちは商人や旅人として滞在した後、嘘偽りのない報告書を国に持ち帰った。


 するとほとんどの国が、アレクセイ陛下へ「ぜひこちらからお伺いしたい」と返事をしたという。それぐらい彼は速やかに、穏便に、正しく国を導いていたのだそうだ。


(まさかその国へ、こうしてひとりで立ち寄る日が来るなんて……。人生何が起きるか分からないって本当ね)


 感慨深くなりつつも、夜、城門が閉じる前にたどり着けて良かったと安堵し。平和の象徴に入城するため橋を渡れば、当然、門番に静止を求められた。


「私が出ます」


 御者ぎょしゃに断りを入れ、自分で説明するべく馬車を降りる。


「ようこそ、グーベルク城へ」

「まずは入城証、あるいは紹介状を拝見させていただきます」

「あいにくと持ち合わせてはおりません。ですが、こちらにエマ = ウィルバ――」


 ……違ったわね。


「今は、エマ = オルブライトと名乗る女騎士がいるはずなのですが、今から会えますでしょうか」

「失礼ですが、先にお名前を教えていただけますか」

「申し遅れました。私はマリーツァ。マリーツァ = ウィルバーフォースと申します」

「ウィルバーフォースというと……もしや、エマ様のお身内で?」

「はい、そのとおりです」

「少々お待ちくださいませ。今、確認を取って参ります」

「ありがとうございます」


 どうやら門前払いはされずに済みそうで、ホッとする。


(私が嫁いでからは一度も会っていないのだし……顔を見るのは二年ぶりぐらいだわね)


 今日、会えるといいのだけれど。

 と、その場で待ち続けていれば、なんだか城内の奥が騒がしい。しかもその騒がしさは、確実にこちらへ近づいていた。


「あっち……逃げ……!」

「お待ちくださ……! へい……!」


 ……誰かを追いかけて?

 騒ぎのほうを見ると、大勢の騎士団員が全速力で駆けてくる。私めがけてではないにしても、全員の形相からしてただ事でないのが伝わった。


(あの先頭の青年が、何かしたのかしら)


 団体よりも少し先を、やはり必死の形相で走っている背の高い彼に目が行く。

 どこか少年の面影を残す美丈夫びじょうぶさ。髪はひとつに束ねていても分かるほど、見事な銀髪で――。


(見事な銀髪?)


 それがきっかけとなり、記憶が蘇る。祖国でも嫁ぎ先でも何度かお見かけした、グーベルク国国王陛下の肖像画。そこに描かれている人物に、彼は酷似していた。


(酷似どころか本人よね……)


 なのになぜ、騎士団員の制服で自分の配下たちから逃げているの?

 追いかける側の誰もが必死の形相だし、まったく不思議な光景だと目を離せないでいると。


「陛下! いい加減、観念していただきたく!」

「絶対に無理!」


 団員たちの後ろから先頭に躍り出た懐かしい彼女の姿に、あっ! と、思わず声が上がる。

 その声に反応したわけでもないでしょうに、接近していたアレクセイ陛下が唐突にこちらへ方向転換した。


投網とあみ!」


 意図せず私と陛下が近距離で対面したと彼女が気づいたのは、そんな自分の掛け声の後で。


「投網中止です! その女性を巻き込んでは――」


 遅かった。

 城門の上、見張り台からブワッ! と降って来た網。

 あまりの出来事に、「あら、どうしましょう」程度にしか思考が働かないでいると。


「抱きつく無礼、お許しを!」

「っ……!?」


 アレクセイ陛下に抱きつかれたと驚く間もなく、私たちは網に捕らえられ。

 だけでなく、勢いに負けて押し倒された流れで、自分の胸に陛下の顔をしっかりと挟むように抱いてしまっていた――。


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