3.叙爵式
【アーデンロイド視点】
フェルペッタ伯爵が連行されていく。事情を知らない貴族たちは困惑を隠せないようだ。特に、フェルペッタと同じように苦言を呈しようとしていた貴族派連中の顔色は悪い。まさか伯爵である彼が、こうも強引に取り押さえられるとは思っていなかったのだろう。
「…失礼した、リュート殿。それより、本題に入るとしようか」
「……」
貴族たちは、どよめきこそ収まったが、未だ状況が飲み込めないらしい。しかし私は、あえて彼らを無視して話を進める。フェルペッタの捕縛が当然のことであるように振舞わなければならない。
先ほどからの私の問いかけに対し、リュート殿は一切口を開かない。初めは彼の機嫌を損ねたかと冷や冷やしたが、それならば既にこの場を後にしていても可笑しくはないと思い直す。この沈黙には彼なりの意図があるのだろう。そう考えれば、彼の意図はおおかた予想が付いた。なればこそ、私がとるべき行動は決まっている。
「招待に応じてもらって感謝する。貴公の功績の数々は私の耳にも入っている。それらの功績を鑑みて、貴公に爵位を授けるつもりだ」
「!?」
「……」
事情を知る側近たちを除いて、貴族たちはさらなる困惑を強いられる。それもそのはずだ。今回の叙爵に関して、信頼のおける側近以外にはあえて詳細を秘しておいた。派閥を問わず重鎮たちには、リュート殿を招待したことは伝えてあるが、彼に爵位を授けることまでは伝えていない。
我が国の重鎮ともなればリュート殿を軽んずる者はいないだろうが、彼に爵位を授けようとしていると知れれば彼らも黙ってはいないだろう。少なくとも幾人かの貴族はリュート殿に接触を試みていたはずだ。リュート殿を確実に味方につけたい、という思いが無いと言えば噓になるが、一番はリュート殿にいらぬ面倒を掛けたくなかった。
「リュート殿には侯爵の地位を与えようと思う。伴って、我が国と嵐の森の境にあたるエルヴィナー高原と周辺の一帯を領地として与えよう。ちょうど先ほど、エルヴィナーの地が空いてしまったのでな」
「っな!?」
エルヴィナー高原を含む一帯を治めていたのはフェルペッタ伯爵だ。もはや彼に領地を任せる気はないのでリュート殿に任せてしまっても問題ない。むしろ受けてもらわねば領地分配が面倒くさそうなくらいである。
と、声を上げたのは意外にも中立派の貴族、モーラ辺境伯だった。彼の家は「国境の守護に従事する」と宣言し、何代も前から中立を貫いている。実際、彼に関して後ろ暗い噂は聞いたことがない。今回声を上げたのもリュート殿の叙爵に対する牽制などではなく、純粋な諫言なのだろう。わずかに顔色を悪くしながらも進言したのは、国を思ってこそのことに違いない。
「恐れながら、発言をご許可いただけますか」
「許す。何用だ」
「はっ。確かにリュート殿のご功績は侯爵位に値するほど大きなものとは思います。しかし、平民がいきなり侯爵位を賜るとは、前例がございません。加えて領地の統治など、一朝一夕に身につくものではないかと愚行致します」
ここぞとばかりに同意を示す貴族たち。特に貴族派の連中は、先のフェルペッタの一件があったために発言し辛かったのだろう。モーラ辺境伯の発言は渡りに船であったはずだ。
「伯の申すことは尤もである」
モーラ辺境伯は、フェルペッタのように取り押さえられはせず、むしろ肯定されたことでいくらか安堵したのであろうか。顔色もわずかに戻ったように見える。
「ならば、…」
「しかし、リュート殿に限っては通例に当てはまらぬと思っておる。伯は前例のないことと申すが、そもリュート殿の功績自体、類なきものである。また、統治に関しても余は問題ないと考えておる。これは宰相も同意のこと。伯が心配する必要はない」
「…は。承知いたしました。出過ぎた真似をお許しください」
「良い。重ねて言うが、伯の進言は尤もである。今回が例外というだけだ」
モーラ辺境伯が食い下がることはなかった。納得はしていないのだろうが、私が考えなしに行動しているわけではないと理解したらしい。貴族派の一部は舌打ちせんばかりの様子だが。私が気付いていないとでも思っているのだろうか。
「では、リュート殿。エルヴィナーの地を任せた」
「……」
リュート殿は終始無言を貫いている。跪くこともなければ、うなづくことすらない。やがて彼は話が終わったと判断したのか、踵を返して謁見の間を後にした。彼の意図も理解しているのだが、それでも苦笑いが出てしまった。
本来であれば、王族にあのような態度をとれば取り押さえられ、最悪その場で首を刎ねられるのだが、騎士たちは打ち合わせ通り、扉を開けて深々と礼をして見送るのだった。