再戦――毒蛇の槍使いギース その2
目の前で某かを語る鴎垓。
しかし実のところその大半はギースには届いておらず、その意識は先程目の前で行われた光景にあった。
掲げた布切れを巧みに操り、自分に違和感を与えることもなく鋒へと巻き付け必殺の毒牙を封じるなど、これまでの戦いの中で初めての経験。
ましてやこの短い時間で対策を思い付き戦いの最中にそれを実現させる手腕。
やはりあの時、標的の女と取引してでも生かしておいてよかったと自分の判断を称え、そしてこれから起こるであろう血で血を洗うような戦いを想像し、興奮で鼓動が速くなる。
しかし次の瞬間、舌なめずりをしている場合ではないことを理解させられる。
「ぬぅ……!!」
意識の隙間を縫うような鋭い横振りの一撃。
少しばかり浸りすぎていたか。
咄嗟に柄を挟み込んではみたものの、その衝撃は強く槍を持つ腕が流される。
続く鴎垓の追撃。
対処が遅れるつつもギースは片腕で無理矢理に間に合わせ、両者鍔迫り合いの様相。
「ぬぐぅ……!!」
柄の持ち方を両手に戻し、ぐっと力を込めるギースだったが鴎垓の加える力は片手であるにも関わらず強力であり、更には徐々にではあるがギースの方が押し負けつつあった。
前に戦ったときとは明らかに異なるその力強さ。
ギースとて灯士に他ならず、その腕力は人並みならぬものがあるにも関わらずでこの状況である。
本来ならあり得ない光景。
だがこれこそが鴎垓の言うものの片鱗であることをこれからギースは知ることになる。
背筋に走る悪寒に従い後退して鍔迫り合いから逃れるギースは、空いた片手で何かを掴もうとでもいう姿の鴎垓を目にし、その意図を悟りあまりの大胆さに思わず舌を巻く。
「……っ奪い盗ろうとしたのか、この俺の槍を!」
この男、とことん驚かしてくれる。
牙を封じ脅威が減った。
ならば後は普通の槍だと言わんばかりに今度は槍自体を奪おうなど、普通に考えつくものではない。
依然として萎縮もない、何より対人に慣れているとは思っていたがここまでとは――
「――ぐっ……!?」
気を緩ませたつもりは微塵もなかった――しかし今放たれた一撃はギースの予想を越え、槍の防御も越えその身に届いた。
片足に走る鋭い痛み、続いて熱が襲う。
後退から攻めに転じようとしたまさにその瞬間だったこともあり足が縺れ少しだけ体勢が崩れる。
「おお……!!!」
傷は浅く、動きに与える影響はそこまでではない。
しかし小さくはあっても隙は隙。
小さな咆哮をあげ渾身の力を込めた一撃を繰り出す鴎垓。
それは戦況を鴎垓の方へと大きく傾ける契機となるものであった――本来ならば。
ジャリジャリン――!!
「……っ!?」
と、肌を斬りつけたとは思えない音がギースの体から鳴る。
刃に感じる感触もまた人のそれではない。
硬い、がしかしそれだけではない。
折り重なったようなこれは、まるで――
「っと」
驚きはあったものの刃が通らないような相手は既に経験済みだ。
故に焦らず、更なる攻撃を加えようとする鴎垓にこれ以上近付くことは許さんとばかりに槍を繰り出してくるギース。
そこで無理をする必要はないと判断し、後ろに下がった鴎垓はじっと斬りつけたはずの場所を見て瞠目する。
「……もう少し後に出してやるつもりだったが、どうにも遊びが過ぎたようだ」
露になった胴の正面、感触より得た印象は正しく――素肌は人の持つ柔らかなものとは異なっていた。
刃の侵入を阻んだそれの正体は――
「俺に力を与えしは毒蛇の神。
牙たる槍だけが全てなわけがあるまい。
お前の剣を阻んだのは――その巨体を覆う鱗に他ならん。
――その名も『毒蛇硬鎧鱗』
我が『毒蛇乱牙槍』と対になる盾……いや鎧とでも言うべきか」
――幾重にも重なっているように見える蛇鱗であった。
鴎垓の渾身の一撃。
それを受け全くの無傷とは、槍と同じく自慢するだけのことはあるらしい。
鴎垓がそんな風に考えている内にその深緑の鱗は首を上って顔へと届くと頬や額までもが鱗へと包まれていく。槍を握る手にもその影響が現れ、手甲でも付けたかのように鋭くなる爪。
その変化はそれだけに留まらず、犬歯が異常に伸びたかと思えば瞼を瞬かせた次の瞬間には爬虫類の――蛇を思わせる縦長の瞳孔をした黄色に変貌を遂げるのだった。
蛇人――とでも形容しべき姿へと変貌を遂げたギース。
心なしか体が肥大しているようにも見え、開いた口から吐き出す息は変温動物の癖して煙のように白い。
この様子では服の下は全身同じように鱗に覆われているのだろうなと冷静に当たりを着ける鴎垓。
「それが本気と言うわけか?」
「そうだ、そしてこれは何も身を守るだけのものではない」
変貌した体の調子を確かめるように手を開閉させていたギースはそういうと、徐にその手を振り上げ、
「ふん!」
――思いきり地面へと振り下ろした。
そして――バゴンっ……!!――という音を響かせ、石造りの廊下に亀裂を生じさせる。
飛び散る石の欠片がパラパラと降り注ぎ周囲に散らばる。
屈んだ体勢から立ち上がり、めり込んだ拳を持ち上げたギースは全く傷の入ってないそれを見せつけるように鴎垓の方へと向けてくる。
「この通り、先程とは比べ物にならんほどの力を発揮することもできる」
「そのようじゃな、まあ人外擬きになりおおせたのじゃ。
そのくらいは出来るだろうよ」
「その減らず口、この先の戦いでも果たして出来るか――試してやろう!!!」
そう言い放ち、増大した力を存分に発揮し目にも止まらない速度で駆け出したギース。
だがギースは分かっていない。
えてしてこの世の中というのは――
「――ここ!!」
――先に切り札を切った方が不利になるということを。
「ば、馬鹿な……」
突き出した槍は例え鋒が封じられていようとも、その勢いだけで十分に殺傷力のあるものであった。
それだけの力をもって放った一撃はしかし――
「硬い、が問題ない」
――紙一重で避けられただけに留まらず、懐に入り込んだ鴎垓の握り込んだ拳を腹部に受けたのだった。