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腐れ剣客、異世界奇行  作者: アゲインスト
第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
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再戦――毒蛇の槍使いギース その1


 通路の両側に所狭しと牢屋が設置され、必要最低限の明かりだけがある地下の空間。

 鴎垓の呼び掛けに応えるように、光の届かない暗闇の中から現れたのはフードを取り素顔を晒す槍使いの男――ギース。

 喜色の滲む緑の瞳。

 その視線は真っ直ぐに、変装をした鴎垓へと向けられていた。


「いやはや、よくもまあこの短時間でここまでのことをやらかしてくれたものだ。

 お陰でテレンスの奴は怒り心頭でおっかないことになっていたぞ」


「そうか、それであればやった甲斐があったというもんじゃ。

 こうしてお前を引き離すこともできておることだし、儂のやりたいことはそこそこ出来ておるといってもいいな」


 言葉とは裏腹にまるで気にした様子のないギース

 それに適当に答えながらもうする必要もないだろうと覆面を外し視界を確保する鴎垓。

 自分の登場にそこまで驚いた様子もないその態度に面白いとでもいうように顔を歪めるギースはくつくつと笑いながらの準備が整うのを待つ。


「ほう、先程の発言といいお前は俺が来ることを知っていたようだな。いや、あるいはお前がそうなるように仕向けたのか。

 もしかしてこの再会もお前の手の内か?」


「当たらずも遠からず……とでも言っておこうか。

 ありがたいことに足りん情報を埋めてくれる奴がおったでな。

 それを踏まえて状況を整理すりゃ、テレンスとやらの考えは透けて見える。あとはかき集めた手札で出来るだけのことをしたまでよ」


 そう言いながら今まで纏っていた偽装のための衣服を脱ぎ、鴎垓は腰に預かった剣を鞘ごと差し込むと脱いだ服を一纏めにして片手に持つ。


「それはお前についてもそうじゃ。

 戦うことが好きで仕方がないというお前のこと、テレンスから口封じのためあいつを殺すようにと指示を受けていても、儂がおる以上素直に従うわけがない。

 一人になれば必ず出てくると確信しておった」


「くっくっく……何もかもお見通しといったところか。

 それで、そこまで考えたお前が選んだ戦場がここと言うわけか」


「おうよ」


 コキリと首を鳴らし、肩を回し。

 ゆっくりと――剣を抜く。

 それに合わせギースがどこからかあの槍を取り出すのを冷めた目で見つめる鴎垓。

 暗がりに照らされる槍の牙が怪しげに艶めき、早く獲物の肉と求めているようだ。


「お前の槍が危険なのは身をもって知っておる。

 だからこそ先に行った連中に相手をさせるわけにはいかん。

 それに儂も、やられっぱなしというのはちと好かんのだ」


 衣服をぶら下げた片手を前に出し、半身の体勢を取る。

 後ろに剣を携えるその姿はまるで闘牛士(マタドール)の真似事か。


「下はあいつらに任せた。

 故に儂の役割は、ここでお前を倒すこと」


 


「前の無様はもう晒さん――今ここで、雪辱を晴らす」


「よく言った、そうでなくては生かした意味がない!

 さあ思う存分血肉を滾らせ! 技の限りを尽くし!

 互いの雌雄を決しようではないか!!」


 それが開戦の合図となった。

 先手はやはりギース。

 牙槍にリーチを活かし遠間からの素早い一撃。

 しかし――ゆらりと。

 緩やかさすら感じさせる自然な動きでそれを避ける鴎垓。掲げられた服がふわりと翻り、緩慢な動きと相まって鴎垓の姿を眩ませる。


「避けるか、やはりお前は目がいい!

 俺の攻撃をここまで華麗に避ける奴は数えるほどしかいないぞ!」


 その動きに対しやはりそうこなくてはと更に攻撃を繰り返すギース、急所狙いは相変わらず。

 鋭い連撃が避けにくい胴体を中心に放たれる。

 しかしそれも鴎垓の歩法『煙々羅』の特殊な動きによって発生した残像を貫くばかりでかすりもしない。掲げた衣服の分だけ残像が大きくなり、手練れであるはずのギースですら残像に騙されている。


「しかもその見切り、更に上手くなっている!

 一度戦った程度で出来る芸当では断じてない!!」


 そしてそれがただ見切られているだけでないことを早くもギースは理解していた。

 二人が対峙しているこの空間、奥行きこそあるものの左右の幅は槍を振り回すのにはいささか手狭である。

 必然的に攻めの手段は”突き”に限られる。

 来ると分かっている攻撃ほど避けやすいものはない。

 槍という武器の特性を逆手に取った実に巧妙な場所取りだ。

 しかし。


「だからこそ解せない! そこまで見切っていながらどうして攻めてこない! 我が牙槍の毒に臆したか!」


 そう。

 そこまで準備をしておきながら、やることといえば避けてばかり。

 ひらりひらりと残像を発生させるだけで決して攻めてくる気配がない。

 掛かってこいと激するギースに対し、あくまで冷静に応じる鴎垓。


「よく喋るやつじゃ、しまいにゃ舌を噛むぞ。

 まあ、儂も人のことは言えんのだが」


「これが喋らずにいられるものか!」


 だが返ってきたのはそんな言葉。

 想像以上の喜びよう、止まる気配を微塵も見せず攻撃の手も決して止まることもない。


「我が内で滾るこの高揚、ここ暫く感じることのできなかったものだ! これを感じられる戦場を探し様々な者と戦ったが、お前ほどに俺を高ぶらせる者はいなかいと確信して言える!

 ゆえにこれは、賛辞だ! 俺という戦士の魂を震わせる者に対する最大限の礼とも言えよう!!」


 内なる感情の発露に従うように速度をあげる刺突の猛攻。


「俺はお前を称賛する!

 一度我が槍の毒を受けながらのも決して恐怖に身を竦めることなく、冷徹な眼差しで動きを見定めるその胆力!

 そしてそれを可能とする身体能力と圧倒的なまでの技量!

 まさに心技体の揃い踏み!

 どのようにしてその境地にまで至ったのか興味が絶えない!」


 その勢いに、徐々にだが回避が間に合わなくなってくる鴎垓。 

 残像の発生を越える速度による攻撃。


「だからこそ、俺はお前を全てを引き出し、その上で凌駕する!

 お前の全てを食らい尽くし! その血肉を糧に俺はより強き戦士となるのだ!

 次なる戦いのために! 次の次の戦いのために!

 そのための儀式なのだ、この戦いは!」


 そして遂に、牙槍の一撃が残像ではない実体を捉え―― 




「……本当に度し難いほどの血狂い、いや戦狂いじゃなお前は」




 ――てなどいるわけがなかった。

 槍の恐ろしさを知る鴎垓がそんな簡単に攻撃を受けるわけがない。

 ギースが感じた感触の正体。

 それは鴎垓の体ではなく――前方に掲げられた衣服に槍の鋒が絡め取られた感触に他ならなかった。

 

 一瞬にして拘束されたことに驚きながらもすぐさま手元に戻そうと持ち手を引くギース。

 鴎垓は意外にもあっさりとそれを手放すと自由になった手を振り、巻き付いた衣服によって自慢の牙が使い物にならなくなった槍に愕然とした視線を向けるギースに向け語りかける。


「それゆえに力の本質を間違えておる」


「何?」


 大袈裟な変装もこの時のため、特殊な形状の槍もこうなっては練習用のものとそう変わらない。

 今すぐにこの邪魔な布切れをどうにかしたいギースはしかし、聞き流せない言葉に動きが止まる。


「お前の求める力とは、どこまでも破壊のためのものでしかない。

 言うなれば強くなることこそが目的というものじゃ。

 それゆえにその欲望には歯止めが利かず、悪戯に周囲を傷付けるのみ。そんなことではお前の言う”強き戦士”になぞ、いつま経っても成ることはできまい」


 鴎垓は否定する。

 ギースのやり方は間違っていると。

 そんなことでは一生掛かったとしても望みが叶うことはないと。




「目的とは()()するもの。

 それを理解せぬ内に理想を語ったとてそれは絵に書いた餅というもの、到底実現するものではない。

 そのことをその身をもって分からせてやろう」


 そして暗闇に――白刃が舞った。



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