悪い奴ほど炎が似合う、だからあげます火炎瓶
ハワード商会レシロム支店。
街の中心から少し外れたところにあるこの店は今。
開店以来初となる大波乱に見舞われていた。
「おらぁああ!!」
雄叫びをあげながら店内を縦横無尽に走り回る一人の男。
通常の業務に勤しんでいるところにいきなり現れた。
覆面と布で顔を隠し、重ね着によって歪に膨れ上がった姿は一見滑稽に見えるのだが、それが逆に恐ろしい。
何故ならその男の手には――火の着いた小瓶が握られていたからである。
男がそれを壁に向け投擲、瓶が割れると中の液体が飛散し――着火。
恐るべき早さで炎が広がり、煙が通路に充満する。
当然この不審者の蛮行を止めようと雇われの警備が襲いかかるが何のその、男の槍のような蹴りを食らい窓を突き破って外に退場していく。
店内は阿鼻叫喚。
いきなりの危機に客どころか彼らを守る役目のある店員ですらどうしたらいいかと混乱し、外へ逃げようと出口に殺到してんやわんや。
冷静に消火活動をしようとする優秀な店員もどこからか現れた男によって処理され雇われ警備の連中と同じく外へと退場させられている。
右往左往、周章狼狽、大慌て
炎と煙、悲鳴と怒声が入り交じる。
こんな修羅場を作り出した男は高笑いでその様を眺め……そしてその横合いに立つ同じような格好をした同行者からとにかく呆れたような目で見られていた。
男の大胆な動きの影に隠れ目立たなかったもう一人と合わせ二人の不審者。
その正体は言わずもがな――鴎垓とナターシャの二人である。
牢屋のある地下から抜け出した二人。
鴎垓に乞われたナターシャが人目を忍びながら上の店舗を駆け走り、辿り着いたのはある一つの倉庫。
金貸しが主とはいえ流石は商会と名乗るだけはある。
商売のために様々なものを抱え込んでおり、物色すること暫し。
見つけたは一つの木箱。
その中には梱包された――油を詰めた小瓶がわんさとあった。
「よいしょぉおおお!!!」
それをちょいと拝借し、服もいくつか借りまして。
姿一変、誰ぞ彼。
少々着膨れ体格隠し、顔も隠して出来たのは。
明らか怪しき怪人物。
共に小兵を伴いて、両手に持ちしは油小瓶。
瓶口に布を捩じ込み、火を着け放つ四方八方。
凶悪無比の火炎瓶。
あれよあれよと火の手が回り、そこかしこから黒煙熱波。
「おらおらぁあああ! 燃えろ燃えろぉおおおおお!!!」
「あ、あいつらだ! 皆こっちだぞ!!」
そして起こるは混乱混乱大混乱。
店を襲いし不審者どもへ。
これ以上はと追っ手が迫る。
ああ、だがしかし!
所詮は店員商い人!
その抵抗は微々たるもの!
「邪魔すんな! 怪我したくなきゃ逃げておれ!!」
「ぬあっ!」
絶妙な力で蹴り飛ばされ後ろにいた店員を巻き込んで倒れ込む。
その隙に傍に立っていた小兵――ナターシャから次の火炎瓶を渡される。それを店員との間に投げ放ち炎の壁を作り出せば一瞬にして通路が隔たれる。
ゴウゴウと音を鳴らし燃え盛る炎。
その勢いに腰が引ける店員たち。
「よし、いいぞ! この調子でもっとじゃ!」
「いやもうよくない! やり過ぎだしちょっとドン引きなんだけど!!!」
まだまだやってやると言わんばかりの鴎垓に流石にやり過ぎだとストップを掛けるナターシャ。
対した説明もなくやらかし始めたこの男。
考えがあるというので付き合ってみたがこれにどんな意味があるというのだろう。
覆面に隠れた顔をナターシャに向ける鴎垓。
「何じゃ、気に入らんか?
これでも色々考えての行動なんじゃぞ?」
「そうなの? 正直アタシには憂さ晴らしにこんなことしているようにしか見えないんだけど?」
同じく覆面をしているナターシャはその奥で疑問符を浮かべる。
それに対し、鴎垓は含み笑いをしながら答えた。
「ふっふっふ、これが意外に意味があってな。
儂らがこうしておるだけで一気に三つのことが進行しておるのよ」
そして鴎垓はナターシャの耳元に顔を寄せ、ごにょごにょと。
三つもあるというその考え。
聞かされる彼女は一つ明らかになるごとに目を見開く。
そして三つ目を聞かされた時にはよくもまあこの短時間でそこまでと感心するしかなかった。
「――とまあ、そういう算段よ」
「……お兄さん、もしかしてこういうことやった経験あるの?」
あまりにも出来すぎたその計画性に以前にもこんなことをやっていたのかと鴎垓の経歴を疑い出すナターシャ。
それに対する彼の答えは至極あっさりとしたもので。
「いや全く、ただどうしたらあいつらの足を引っ張れるかを考えとったら意外に材料が揃ったもんでな、ついでじゃからやっとるだけよ。
さあ、外に動きがあるまでこの店燃やし続けるぞ、油の貯蔵は十分か?」
その言葉にナターシャは頼もしいやら恐ろしいやら。
しかしその行動は確かに理にかなっている。
あの人を――クレーリアを助けるためにはこのくらいしなくては。
躊躇なんてしている場合ではない。
「そうりゃあもう――たんまりと」
そう言ってナターシャは腰のバッグに両手を入れると、そこから蓋の着いた油の小瓶と細切れの布を取り出した。
そして手慣れた動きでそれに細工し、ぱぱっとそれを火炎瓶へと仕立て上げる。
今までもこのようにして鴎垓に凶器を供給していたのだが、バッグの大きさは精々小瓶が四五個入る程度しかないにも関わらず、これまで使ったのはその倍は越えている。
しかもその言動からしてまだまだある様子。
その秘密は彼女の腕輪にあった。