その地下に眠りしは悪意の結晶
テレンスの先導に従い地下への階段を進んでいくクレーリア。
目的地はどうにも深いところにあるようで、そこそこの段数を降りているはずだがまだ到着はしないらしい。
後ろからはギース。
前を行くのがテレンス一人であれば逃げ出すくらいはできただろうが、彼に見張られおり迂闊なことは出来ない。
苦悶の表情を浮かべるクレーリア。
牢屋に残してきた鴎垓や今もどこにいるか分からないナターシャ、そして孤児院にいるレベッカや子供たちのことに対する心配の気持ちを抱えながら黙々と歩き続ける。
「店の地下にこんな空間があるだなんて驚きでしょう」
灯りを手に先を行くテレンス。
彼は視線を前に向けたまま、背後にいるクレーリアにまるで自慢するかのように話しかけてくる。
それに無言の反応を返すクレーリア。
つれない態度だというように肩を竦め、独り言の喋るかのように語り出す。
「実はここ、ある組織によって作られたものでね。
元は逃走経路として作られたようなんですが今は私たちの便利なように使わせてもらっているですよ。
お陰で色々な手間が省けてありがたい限りです」
まあ、それはそうだろう。
街中でありながらここまで大規模な工事をして話題にも上がらないなんて、そんな組織もそうそうあるわけがない。
そしてクレーリアはその組織について既に当たりをつけている。というかこの街の住人なら誰だって一つの犯罪組織のことを思い浮かべるはずだ。
「ああ、そういえば目が見えないのでしたね。
お可哀想に、この荘厳な空間を見ることが出来ないとは。
まあそうは言いつつも――」
黙り込むクレーリアに対しこりもせず話しかけていたテレンスだったが、その歩みが唐突に止まる。
クレーリアは踏み出した足が次の段を踏まなかったことに驚き、感覚から地面がいつの間にか平坦になっているのを知る。
振り返るテレンス。
「――到着ですよ、ここが目的地ですよクレーリアさん」
そういった彼の前には――一つの扉が佇んでいた。
目の見えないクレーリア、彼女にそれは分からない。
ただその中から何か……良くないものを感じる――。
決して近づいてはならないと訴える本能。
一体中には――何があるというのだろう。
「では、ご開帳!」
そんな不穏な気配に警戒心を露にするクレーリアにお構い無しに、景気よく扉ののノブに手を掛け一気に開け放つテレンス。
バッと空気が音を立て、ギギギと軋む扉の先に――
――それはいた。
「ひっ……!」
扉の先にあったのは少し広い部屋と厳重な檻。
そしてその中から放たれる――濃密な殺気。
そのあまりのおぞましさに、鳥肌が止まらないクレーリア。
彼女は叫ぶ。
「あれは……一体何のですか……!?」
あれは何だというのか。
どうしてこんなものがここにあるのか。
これは、これは一体――一体何のだ……っ!?
それにテレンスは狂笑を顔に浮かべ、
「感じますか、あの存在が放つ力強さを。
その肉体が持つポテンシャル、内から溢れんほどの狂暴さ。
あれこそが我が商会が総力を掛け、研究に研究に重ね開発した新商品。
その名も『人造【墜神】』――通称”人狼”でございます」
二重になった檻の中。
拘束具によって体を縛られた人の体を持つ――獣面の異形。
直立する姿勢、白銀に黒が混ざる毛深い体毛、手足の鋭い爪、頭部にある大きな耳。
顔には牙を持つ口を開けないようにマスクが付けられ、荒い呼気が隙間から漏れている。
金に色づく殺意に満ちた瞳を鈍く輝かせるその存在に対し。
彼は高らかに声を上げるのだった。
「人造……?」
「そう! その始まりはある【墜界】から!
通常とは異なる特殊な性質を持つのその核は、人間を吸収しその力を別の存在に移すことができるというものでした。
偶然にもそれを発見した我々は長年の研究によって、遂にそれを利用する術を見いだしたのです!」
呆然とするクレーリアに向けて押さえきれないと言わんばかりのテンションで話し続けるテレンス。
ようやく。
ようやくこの成果を誰かに話すことができるのだ。
しかも彼女に関してはある意味で恩人とも言える人なのだから、その喜びもひとしおというもの。
その様子にギースは鼻を鳴らし下らないとでも言うような顔で。まるで踊りだしそうなテレンスへと冷たい視線を向けている。
「それこそがこの『人造【墜神】』!
人を越える存在にして人に従う戦闘人形!
まだ試作ですがその力は一体で並みの灯士十人分に匹敵するほど!」
しかし、ここに彼女を連れてきたのは自慢したがためだけではない。
「いや本当に、あなたには感謝してもしきれませんよ」
「っ!?」
人狼の放つ重苦しい気配に圧倒されていたクレーリア。
それゆえに接近するテレンスに気付かず、指輪の嵌まった腕を捩りあげられてしまう。
いきなりのことに驚くと共に腕の痛みに呻くクレーリア。
そんな彼女に構うことなく、テレンスは狂喜に染まった目を彼女の手にある指輪へと向ける。
「研究を成功させるための最後のピース!
あの時の出会いはまさに運命としか言い様がありません!」
「な、にを」
「何って決まっているでしょう!」
「この兵器を生み出すことができたのは全て――あなたとこの指輪のお陰なのですから!」
「な、にを……」
この男は一体、何を言っているというのか。
ワタシが、これを……?
理解が追い付かないクレーリアに向けて、出来の悪い生徒に向けるような優しく声色で説明を始めるテレンス。
「大変だったのですよぉ? 核のことを知るあの男が領主との戦いの隙に逃げ出してしまって。
ですがあなたが居てくれて本当によかった、お陰であいつが死ぬことはなく、核を手に入れることができたどころか、その指輪の構造を調べることで研究は更なる進歩を遂げたのですから」
それに。
その言葉に。
クレーリアに思考は止まった。
そんな、まさかと。
自分の選択がこんな、こんなおぞましいものを生み出してしまうことになるだなんて。
「流石は陽玉教が誇る秘匿技術、実に素晴らしいものでした。
そのお陰であの兵器はここまで形になったと言っても過言ではない。ですが、もうそれは必要はありません。あとは最後に……」
テレンスが言葉を区切り、そして……。
「うぁあ、あああ……!?」
「あなたの力を加えれば、あれは最強の兵器として完成する……!」
走る激痛。
まるで体から強制的に力を奪われるような感覚に襲われるクレーリア。
その考えは間違っていない。
実際に彼女の体中から灯気が、指輪を目掛け集まっているからだ。
苦しみに歪む顔。
クレーリアのそれに愉悦の表情を浮かべるテレンス。
これが終わればようやくここともおさらばできる。
そう考える彼だったが、
『――テレンス様! 一大事にございます!』
――懐からの報せに、思わず手が止まる。折角楽しいところだったのに何をそんなに慌ててと、空気の読めない部下に対し苛立つテレンス。
だがしかし、部下からのその次の言葉に愕然とするのだった。
何故なら――
『不審者二名が店内に侵入! 火を放ち大混乱です! どうかご指示を!』
――それは最後の大詰めに差し掛かった彼に、あまりに大きな待ったを掛ける不測の事態であったからだ。