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腐れ剣客、異世界奇行  作者: アゲインスト
第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
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そこは暗い牢屋の中

 鴎垓が深く、精神の中に意識を沈めていた頃。

 仰向けになって石作りの牢屋の中で横たわっている彼の体の傍で座り込むクレーリアがいた。

 

 手に灯る癒しの光。

 横たわる鴎垓の痛々しい傷を包み込み、凄まじい早さで修復していっている。

 垂れ落ちる汗は石の床に大きな水溜まりを作り出していたが、必死の治療によって鴎垓が負わされた深い傷は跡形もなくなり、破れたところから筋肉質な腹部を晒している。

 彼女の経験と治療士としての高い実力を表すかのような迅速な回復だが、これほどの回復速度を出せていたのは以前の、指輪を所有していた頃の彼女であればの話。

 指輪のない今の彼女では短時間でここまで回復させることは出来ないはず。


「ほほう、素晴らしい力ですねぇ。個人でここまで出来る方というのは中々居られないですよこれは」




 ――だからこそ、彼女は取引をしたのだ。


 治療の光景を背後から見守る二人。

 その内の一人からそのような声があがる。


「……少し、黙っていてもらえますか。集中ができません」


「おっと、これは失礼を。ですが感想を言うくらいのことは許してもらえませんかねぇ」


 クレーリアの冷たい対応におどけたような態度を取るその男。




「だってその男を治すために、こちらは担保の一時返却を了承したのですから。ね、そうでしょう――クレーリア・ミルルケットさん」


「そうですね、そしてあなた方がいなければこのようなことにはなっていなかったでしょう――ハワード商会レシロム支店店長テレンス」



 お互いの名前を呼び合う二人、そこには友好の感情などありはしない。

 それぞれの目的のために利用し合うだけの関係。

 彼女の指にはその証拠として、担保として取り上げられたはずの指輪が嵌められていた。








 クレーリアを守るため、激戦を繰り広げていた鴎垓。

 刺客の槍使いギースの攻撃によって傷を負い、更には毒の効果によって意識を失い地面に倒れる彼を助けるため、自身の力で傷を塞ごうと手を尽くしていだが、血の流出がどうしても止められない。


 しかしその時、治療の様子を見ていたはギースは何を考えたのか、クレーリアに対しある提案をしてきたのだった。

 それは『自分に大人しく着いてくるのなら、その男を蝕む毒を消してやる』――というもの。


 敵からの予想外の要求に戸惑うクレーリア。

 しかし、毒さえなくなれば血がこれ以上流れ出ることもなくなる。

 そこで彼女はギースにハワード商会の者かどうかを聞き、ギースはそれに隠すことなくそうだ、それがどうした?と答えた。


 そこで彼女はギースに――『一時的でもいいから自分の指輪を返却して欲しい』と要求する。いぶかしむ彼にそうすることでより確実に彼を治すことが出来ること、そうすればあなたの望みを叶えることにも繋がるはず。


 そう口にするクレーリアに対し恐ろしい笑みを浮かべて『いいだろう』と、心の内を見透かしたかのような態度すら面白いとでも言うように受け入れたギース。

 そうして彼によって毒を取り除かれた鴎垓に応急処置を施したクレーリアは、新たにやってきた馬車に鴎垓ごと乗せられ、商会の支店へと連れていかれることとなる。


 そのような経緯があって今。

 独断専行で飛び出したギースの迎えに寄越したはずの馬車に何故か他にも人が乗っており、しかもそれが部下に拐ってくるようにと指示を出していた人物とその連れであることに混乱するテレンス。


 鴎垓を担ぐギースの物を言わせぬ態度によって諸々の疑問を後回しにした彼は、商会の地下に作らせた牢屋の一つへと三人を案内することで、ようやく冒頭の展開にへと繋がるのだった。






 ギースからの大雑把な説明に頭を痛めながら、目的を達成できたことについてよしとするテレンス。

 その過程で部下が死んだがそれもしょうがないと考えている。

 やらなければならないことがまだ後ろに控えているのだ。

 小さな犠牲に躓いているわけにはいかない。


「さあ、彼の治療はもういいでしょう。

 次はこちらの要求に従ってもらいましょうか」


「まだ……もう少しだけ」


「くどいですねぇ、こちらもそこまで時間がないのであまり我儘をお聞きできる余裕がないのですよ」


 粘るクレーリアに内心苛立ちながらも表面には出さず、あくまで紳士的な商人としての顔を維持するテレンス。

 だがそれも限界というものがある。


「もう少し、もう少しだけ……」


「くどいと言ったはずです! その程度治ればよろしいでしょう!

 ギース、彼女を連れて来てください!」


 声を荒げたテレンスは隣で治療の様子を眺めていたギースへ、聞き分けのないクレーリアを連れてくるよう指示を出す。

 それに無言で従ったギースは嫌がるクレーリアを抱え、牢屋の中から出てくる。


「あっ、ちょっと、待って……!」


「彼にはここで待っていて貰いましょう。鍵を掛けておくので出てくる心配はないでしょうしね」


 ギースの方に担がれたクレーリアは心残りがあるというように床に横たわる鴎垓へと手を伸ばすが、容赦なく引き離され牢屋の柵が閉められる。

 鍵を掛けるテレンスはそれから二人を先導するように先を行き、その後をクレーリアを担いだギースが着いていく。


 廊下の先にある扉を目指す二人。

 その間にクレーリアはずっと祈りを捧げていた。

 どうか、彼が目を覚ましますようにと。

 

 そして三人が扉の先に消え、牢屋のある区画が静寂で支配される。

 誰かの息づかいだけが聞こえる空間の中で――




「よいしょっと」




 ――誰かの声が響くのだった。

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