腐れ剣客、捜査に駆ける
建物の隙間を縫うように走り続ける男。
時折背後に向ける視線、その顔には焦燥感が浮かび何者かに追われているのだろうというのが分かる。
そいつらが現れたのはついさっき、そこいらをぶらぶらと歩いていたところ道の先から男の顔を確認するやいなや早足でこちらに近寄ってくる二人組。
相手はどちらも見知らぬ顔だったが、妙な胸騒ぎを覚え進路を変更した男。建物の間に滑り込むように身を隠すも、相手は確実にこちらの後を追いかけてきている。
実を言うとそうされる理由については心当たりがあるし、何ならつい最近もこうやって追いかけられることがあった。
またあの連中が催促かけにきやがったか。
しかしそう簡単には捕まらないと言わんばかりに複雑な裏道を駆け抜ける男だったが、後ろを気にするあまり上空から飛び降りてくる襲撃者の存在に気づくのが致命的に遅れてしまうのだった。
あっという間もなく、背中から覆い被せられ地面に押さえ付けれる。
「ぐぁああ……!?」
「ほーれ、大人しくせんか」
背中に回された自分の腕は完全に極められ、少しでも動かそうとすれば激痛が走る。
頭上から聞こえる声からするに馬乗りになって体を動かさせないようにしているのは二人組の内、黒髪の男だ。
「な、何なんだよお前ら!」
背後にいる襲撃者に向けて怒声をあげる男。
確かに自分は借りはあるが、だからといってこんなことをされる謂れはない。
「いや、ちぃと話を聞きたいだけじゃのにこっち見た瞬間いきなり逃げるんじゃからのう。いつまでも追いかけるのは面倒じゃからこうして取り押さえとるわけよ」
「ふざけんじゃねぇ! こんなことしてただで済むと思ってんのか!」
ゆるい態度の襲撃者になおのこと怒りが込み上げる男。
極められた腕の痛みも相まって頭に血が上り出す。
「悪いがこっちも事情があってな。
これからお前に質問する、それについて答えてくれればすぐに解放してやる」
「ちくしょう! 一体何だってんだよ!!」
そして襲撃者との無駄な会話をしている内にもう一人の女も追い付いてきて、男はとうとう進退極まり二人からの質問に洗いざらい答えることとなるのだった。
「ふむ、あやつも何も知らなんだか」
「やはりそうそう上手くはいかないな」
悪態を付きながら立ち去っていった男を見送りながらそう言い合う二人――鴎垓とレベッカ。体を解すように動かしている鴎垓を横目に見ながら、レベッカは手元にある人物表の中から先程の男の名前に横線を引いていく。
思考を読み取り嘘を言っていないか調べてみたものの、あの男は全て本当のことを話していた。
「しかしあの女店長、ここまで情報通だったとは思いもよらなんだな」
体を解し終え、レベッカの手にある人物表へと視線を向ける鴎垓。
そこには様々な人物の名前と顔の特徴、どの辺りに住んでいるかなどが思いの外詳しく書かれている。
しかもそこに乗っているのは全て、ハワード商会から借金をしている人物だというのだから驚きだ。
しかもそれを用意したのがあの焼き菓子の店の店長、メリーだというのだから二重に驚きである。
昨日、クレーリアとの話し合い終わった後。
それじゃあ一体どうやって商会との関係者を見つけ出すかと策を出し合っていたところ、レベッカがあっ!――と唐突に閃いたのがことの始まり。
いぶかしむ鴎垓たちへの説明もそこそこ、孤児院から駆け出していった彼女はそこから暫く時間が経った後、昼に差し掛かろうかという頃に帰ってきた。
そしてその手にはメリー店長謹製――”借金者の一覧表”が握られていたのである。
「ここまで全員が見事にあの商会から借金をしておったな。
いやはや何という情報の精度、世間話も侮れんということか。どこにおいても甘味の魅力に勝てる者はおらんということじゃな」
メリーの焼き菓子店はあの辺りではかなり有名らしく、様々な客が来店する。その中には話し好きな常連客もいるらしく、そのお陰で街に関する色々な情報が自然と入ってくる。
趣味でそれを書き溜めているメリーはいつしか周辺の情報を売り買いする情報屋としての顔も持っていたのだった。
どこかでそのことを聞いたのを思い出したレベッカは交渉の末、どうにかそれを手に入れてきたのだという。
ちなみに何を条件に差し出したのかは全く明かさなかった。
ただその時のレベッカの目がどこか遠くを見つめるようになっていたことから、よっぽどのことを要求されたようである。
まあとにもかくにも手懸かりを手に入れた鴎垓たちは翌日の今日から精力的に人物表の人間をしらみ潰しに探しては何か知っていることはないかと質問を投げ掛けているのだった。
「ああ、だがこれで十人連続で外れか。
しかし揃いも揃って賭博に酒に女、屑ばっかりだな。
こんなのに灯士も含まれているかと思うと情けなくなってくる」
しかしここまでの成果は今のところなし。
どいつもこいつも役に立たない連中である。
そんな不満もあってかいい加減怒りを堪えるのが限界に達してきたレベッカの口からそのような暴言が飛び出てくる。
「まあそういうな、男の寂しさを紛らわすにはそれくらいしかこの世にはないんじゃ、あまり蔑んでやらんでくれよ」
「借金してまでのめり込むこんでは元も子もないだろうが」
「それは儂もそう思う」
諌めようとした鴎垓だったが正論には敵わず、レベッカへと激しく同意を返す。
そんな風に下らない話で気を紛らわしたお陰か、幾分か落ち着いたレベッカ。冷静な頭で今の状況を確認する。
「しかしどうする、このままやっていっても時間ばかりが掛かって肝心の情報に辿り着けないぞ」
「確かにのう」
「ナターシャのことだ、一刻も早く情報を知っている奴を見つけ出さなきゃ本当に忍び込みかねんぞ」
このままでは鴎垓たちがハワード商会について捜査をしていることが広まり、商会の連中や人物表の奴らに勘づかれるかもしれない。
もしそうなったら捜査どころではなくなるが、まだ会っていない人の数はかなり多い。
「んー、どうにも人手が足りんなぁ」
「だがここで愚痴を言っていても始まらん。
次の奴を探しにいくぞ」
そうして人物表にある次の人物へと標的を定めた二人。
しかし――
「どこにいくつもりだって?」
――二人に向け、唐突に掛けられる声。
それは先程の男は違う、別の人物のもの。
建物の影から重い足音を鳴らしながら。
二人の行く先を阻むようにして――一人の男がゆっくりと、その姿を表すのだった。