腐れ剣客の次なる行動
「どこからか噂を聞き付けここへと現れた支店長のテレンスは、薬の費用だけでなく、暫くの間施設を運営していくだけの資金を貸し出す代わりに一定の額を月の終わりに返済するという契約を提案してきました」
再び項垂れたクレーリア。
顔を伏せベッドの上を体を縮める彼女は頻りに左手の甲を撫でながら話を続ける。
「当時のワタシに断る選択肢はなく、怪しいと思いつつもそれを受け入れました。
それによってその子は完治し、施設も何とか運営していくことが出来るようになったのですが……」
「金貸しが何の担保もなく金を出すわけがない、か」
まあ当然のことだろう、という鴎垓に頷くクレーリア。
「……はい、彼が資金を提供する際にワタシに提示した条件。
それは月々の決められた日に決められた金額を用意すること。
そしてそれが出来なくなった場合には、この孤児院の権利書を譲渡する。ワタシはその担保として、彼に陽玉教徒の証である指輪を預けているのです」
指輪――なるほど、さっきから左手を撫でているのはその時の癖のようなものかと得心がいく鴎垓。
しかし施設の維持が出来るほどの資金を提供する担保になるほどの指輪とは、おそらくただの装飾品ではあるまいと推察する。
「あれは証であると同時に灯気を操るのを補助するものです。それをワタシから取り上げるということの意味は……『無駄な抵抗はするな』――というところでしょうね。
元より子供たちを置いて逃げるつもりなどないワタシに大袈裟な対応だとは思いますが……」
そして案の定というべきか、その指輪特殊な能力がついたものであるらしい。
前にレベッカが使った位置を示す腕輪しかり、通った道筋を残すフィーゴの地図しかり、いやはやこの世界の道具には自分の想像を越えるものが多い、これも成り立ちの違いかと内心で感嘆の声をあげる鴎垓。
もしやあの小娘のあれもそういった類いによるものかと、そんな風に思考が別の方向に行っている間にもクレーリアの話は佳境に差し掛かっていた。
「これがワタシがかの商会と結んだ契約にございます。
ああしかし、それに裏があるなどとは……覚悟をしていたこととはいえやはり恐ろしいものにございますね。
しかもそれにナターシャまで巻き込んでしまうとは……これも因果ということなのでしょうか」
そういって話を終えたクレーリア。
朗らかに子供たちと接していたときとは一変したその表情は心労によってか酷く落ちこんでいる。
隣に歩み寄ったレベッカがその肩に手を置き慰めるも、暗雲が立ち込める彼女の心を晴らすにはあまりにも力不足。知人の助けになれない現状に臍を噛むような思いでぐっと歯を噛み締めるレベッカ。
能力を使わずともクレーリアから伝わる深い苦悩に、彼女もまた心を痛めていた。
「なるほどな、経緯についてはよく分かった。
しかしその商会長とやら、中々にやり手よのう」
そんな二人に対し、見当違いな方向に行っていた思考を元に戻した鴎垓は改めて相手の手腕についての評価を口にする。
争いが日常に溢れる街で着実に勢力を拡大させ、借金で逆らえない手先をどんどん増加させている。
しかもそれはあくまで見えている範囲でのことだ、もしかすればギルドだけでなく他の組織内にもその手先が存在していてもおかしくない。
支店長のハインツとやら――一体どれほど街に根を張っていることやら……。
「彼の所属しているハワード商会はこの国でも有数の大商会です。
その支店を任されている以上、並みのお方でないのも当然でしょう」
「うむ、取引についてはあくまで公正というか、法に触れるようなことをしとるわけでもないようじゃ。
借金の取り立てについてもあくまであやつらに許されとる範囲のことじゃろう」
表に見せる姿はあくまで正道なもの。
しかし――
「だからこそ、ことこの孤児院に関することには違和感がある」
――その裏に見える悪意には、粘りつくようなものを感じてならない。
「違和感、ですか?」
「うむ、あくまで儂の今感じとることではあるがどうにも執着というか……ここだけ特別な扱いをしとるように思えてならん」
顎を擦りながらそんな考察を口にする鴎垓。
「小娘に対する妨害が決定的じゃな。
金が目的ならわざわざあんなことはせんし、借金の返済日を狙うようにして起こったというのも気になる。
まるで……何かの準備が整ったからやったというような」
そこまで口にしたところで一旦、話すのを止める鴎垓。
自分でも少し飛躍をしすぎたかと思うのだが、何よりも直感がそう訴えかけている。
「準備だと? 一体何が……」
「それは分からん、今ある材料では影も形も想像できん。
だがあいつらにはどうにもここを契約通りに手に入れたいという考えがあるようじゃ。
そこに何か、この孤児院に執着する特別な理由があるはず」
しかし、レベッカにそう言ったところで鴎垓の考察は途切れることになる。
先程言った通り、それ以上のこととなると情報が足りないのだ。
もう少しだけ確信に迫る何かがあればと思わないでもないが、現状ではこれが限界。
「ただまあ、手がないこともない」
しかしだ。
それはあくまで現状で考えられる限界に過ぎない。
足りないというのであればもってくればいいだけの話。
「借金をしとるのは何もあの三人組だけではなかろう。
そういう連中から商会について某かの情報を得ることができれば何か突破口が開けるやもしれん」
三人組への命令は商会の連中が直々に行っていた。
とするならば他の者にも同じように商会の者が会っている可能性は高い。
そのときにした会話、命じられた内容を知ることができればそこから真実を手繰り寄せる鍵が姿を表すかもしれない。
「結局やることはナターシャとそう変わらないといったところか」
鴎垓の提案にため息をつくレベッカ。
彼女の言う通り、それはナターシャがやろうとしていることと何ら変わらないだろう。
だが主導権を取られたままでは何もできない。
現状を打破するためには相手の真の狙いを知る必要がある。
「まあいざとなればお主がおる」
「あまり気が進まないが……つべこべ言ってはいられないか」
「あの、お二人は一体何を……」
自分を置いて話を進める鴎垓たちへ何をするつもりなのかとクレーリアが言えば、それに対し鴎垓は面白そうな表情をして彼女を見つめ――
「なぁに、心配するでない。
――ちょいと商会の裏の顔でも探りにいくだけよ」
――悪戯でもしにいくような気軽さで、そういうのだった。