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腐れ剣客、異世界奇行  作者: アゲインスト
第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
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腐れ剣客とクレーリア、彼女の罪と罰


 あれから何本かの路地を跨ぎ、複雑な順路を迷いなく進んで行くレベッカと、それに引っ張られる形で同行していた鴎垓は進行を邪魔する人の行き来が少ないところを通ったということもあり、行きよりも短い時間で孤児院へと帰還を果たしていた。

 

 二人が出掛けた後に起きてきたであろう子供たちはもう朝食を食べ終わっており、レベッカたちが帰ってきたときには食堂で読み書きの練習をしていた。

 一人一人が粘土版を使い、クレーリアがお題にした文章を書き写したりその内容を(そらん)じたり、時折クレーリアへと質問をしてはそれに彼女が答えるというような形で学習は進められている。


 目の見えない彼女がどうやって子供たちに読み書きを教えているかというと、例え読めない文字があった場合、それを掌に指で書いてもらうことでその感触を頼りに読み方を教える。

 逆はどうかというとこちらは簡単で、書き方を知りたい単語を彼女に言えばその文字を子供たちが持ってきた粘土版へと書いてあげるのだ。

 その光景に自身の世界における寺子屋に似たものを感じ、懐かしいものを見るような目で鴎垓が眺めている横から、まるで空気を読まないレベッカの今帰ってきたという声が食堂の中に響くのだった。






 二人の帰還に伴い子供たちへ朝の勉強はここまでといい解散させたたクレーリア。勉強の邪魔をして申し訳ないと思う鴎垓にまたいつでも出来ることだからと朗らかに対応する彼女に連れられ、子供たちの寝室に程近い個室へと案内される。

 クレーリアの自室らしきこの部屋にはあまりものはなく、簡素なベッドといくつかの本が置かれた棚、そして小さな机と椅子があるのみ。


 二人に断ってからベッドに座り込んだクレーリア。

 鴎垓たちは早速先程のナターシャと会えたこと、孤児院を狙う商会のこと、その理由を調べると言ってどこかへ行ってしまったことなどを報告した。

 それまで動揺することもなく鴎垓の話に耳を傾けていたが、レベッカがギルドで聞いた人拐いの話の時には心配の感情がありありと浮かぶ顔で体を強張らせ、ここにはいないナターシャの無事を願うように手を組んで陽玉教の祈りらしきものを唱える。

 そして二人が粗方のことを話し終えたとき、彼女はふぅ……と長く息を吐き、それからようやく口を開いた。


「そうでしたか、あの子はそのようなことを……」


 今のところは無事なのを喜ぶべきか、それともこれから危険な目に会うかもしれないことを憂うべきか。

 複雑な心境のクレーリアの内に踏み込むようにレベッカは話を続ける。


「それで、だ。ナターシャの聞いたことが本当だった場合、それはただの金の貸し借りという話ではなくなってくる。

 一介の商人が孤児院とはいえ陽玉教の施設を狙うなどよっぽどのことがなければしないはずだ。

 だからクレーリア、私はあなたは口から聞きたい。

 あの商会との間に何があったというんだ」


 ここまでくれば黙っていることも出来ないと観念したのか。

 床に向け項垂れていた顔を起こし、目の前にいる二人へと真っ直ぐに向けるクレーリア。


「……そうですわね、お二人にはきちんとお話しておかねばならないでしょう」


 ですが話しをする前に、と。

 鴎垓の方に顔を向けるクレーリア。


「オウガイ様はどこまでお知りに?」


 クレーリアの問いに答える鴎垓。


「おおまかにだがこの街昔、ならず者共に牛耳られとったということは先程レベッカから聞いた。残党がどうのこうのというのが原因でここがこんな有り様になったというのも軽くな」


「なるほど、ではまだ詳しいことはお知りではないのですね」


 レベッカが道中で言っていた『そのせいでクレーリアは教会からの援助を打ち切られてしまうことになるんだ』――それの意味するところを聞く前に孤児院へと辿り着いてしまったため結局聞けずじまいだった。

 なのでそういった返答になったのだが、クレーリアからすれば他人から説明されずに済んでよかったといったところか。

 その罪を明かすのに、誰かの手を借りたくはない。

 何せその責任は自分にあるのだから。




「ではお話しましょう、このワタシが犯した罪を。

 その罰により子供たちを苦しめている愚かなワタシの過去を」









「――始まりは数年前、一人の怪我人が訪れたことから始まります」


 静かに語り始めたクレーリア。

 今でも当時のことはありありと思い出せる。

 それほどに強く、彼女の記憶に刻まれているのだから。


「彼は領主様と残党との争いに巻き込まれたといい、以前治療院のような役割をもっていたここに来たということで、ワタシは急いでその方を治療致しました」


 騒々しい夜のことだった。

 子供たちも不安を隠しきれず、泣きわめくのをどうにか宥めていたところに来客を告げるように扉を叩く音がした。

 警戒しながら開けた瞬間、扉の間からずり落ちるように侵入してきた彼からは濃密な血の臭いがしていた。


「幸いにも傷はそう深くなく、それ自体は治すことができたのですが如何せん流した血の量が多くそれ以上無理に動くことはさせられない状態でした」


 傷を癒し、子供たちと協力して体を綺麗にしてはベッドまで運び。 翌朝目が覚めるた彼が回復した自分の状態に驚いていたのを覚えている。


「健康な体に戻るまでの時間ここで預かる。

 いつも通りのことのはずでした。

 しかしそれは、今思うに間違いだったのかもしれません」


 弱き者を、傷ついた者に救いの手を差し伸べる。

 その教えに従い生きてきたことはかけがえのない誇りだ。

 だが同時に、それだけでは駄目だったのではないかと思うのだ。

 もしあの時、もっと彼の素性について聞いていたら何かが変わったかもしれない。

 こんな風に、子供たちに苦労を掛けなくてもよかったのかもしれない。

 だがいくら嘆いたところで過去は変わらない。


「順調に体調を回復していっていたある日、領主様の兵がここへと訪れました。

 制止するワタシのことなど意に介さず、奥へ奥へと進んでいく兵士たちはベッドに横たわる彼を無理矢理に拘束するとどこかへと連れていってしまいました」






「そしてワタシは知ることになるのです。

 ワタシが助けた彼は――実は犯罪組織の一員であったことを」






「街の治安を脅かす者を助けたということで領主様の反感を買ったワタシは抗議文を送られた本部からも見放され、席だけを残しほぼ破門と同じ扱いを受けました。

 当然それまで届いていた孤児院の運営資金などもなくなり、経営は悪化の一途を辿り始めました。

 あるときワタシの力でも治せないような大病を患った子が出てしまい、その薬を買い求めるためには残りの資金を全て投じても全く足りず」


 


 ――その時に訪れたのがハワード商会なのです。




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