腐れ剣客、一本取られたそのわけは
目の前に突き出された木の棒の先。
そこから視線を移せば勝利の高揚感に全身から陽気を放つレベッカの姿があった。
本人もここまでの結果になるとは思っていなかったのか、信じがたいものを見るような目で地面に崩れ落ちた鴎垓を見ている。
「いやー、これは……見事にしてやられたわい」
「ふふ、そうだろうそうだろう」
自信満々な台詞を口にするレベッカだがその顔には浮かんでいるのは引きつった笑いだ。自分でもこの結果をどう受け止めていいか分かりかねているというところだろうか。
その間に地面に座り直した鴎垓。
レベッカの急な実力の向上。
それについて直近で思い当たるのはやはり――。
「種はその目か」
「ふふ、ご名答――」
鴎垓のその指摘にふっと表情を変えるレベッカ。
髪を掻き上げるようにして顔を露出させると、灰銀の左目を強調するように指で囲う。
「――この眼は相手の心を映し、思考を読み取る。
鏡の神”ミラワール”の功徳『鏡瞳』によって、お前の動きは丸っとお見通しだったのさ!」
ババーン!!
という効果音が付きそうなほどの見栄の切り方によっぽど披露したくて堪らなかったんだろうなと思う鴎垓。
この世界の年頃の娘って皆こんな感じなのかと若干心配になりつつも、改めてその能力について評価を口にする。
「どうにも動きが読まれとる感じがしとったが、なるほどそれは体ではなく頭のほうだったか」
「いつ披露してやろうか考えていたんだが、丁度いい口実が出来たから
いやーしかし気分がいい、普段あれだけ自信満々のお前に一泡吹かせることができるなんて、私も強くなってしまったものだ……」
フッ……とでも言いたげな感じで顔の前に手を掲げる動作に少々カチンとくる鴎垓。
このまま勘違いをさせたままなのは教育によろしくない。
「ほーん、そういうこと言ってしまうか。
だったらこっちも考えがあるぞ」
分からせてやらねば。
そんな使命感に似た感情を抱き立ち上がった鴎垓へ、まるで挑戦者を見るような視線を向けるレベッカ。
「お、なんだ? リベンジをお望みかな?
いいぞ、いくらでも相手をしてやるぞ」
「不意打ちで面食らったが、種が分かれば対処のしようもあるというもんじゃ」
「言葉ではいくらでも言えるからな、だからやってみせるといい。
まあまたすぐ倒れることになるだろうがな」
「はっは、泣かす」
そしてまた二人はお互いに構えを取り、裏庭に静かさが舞い戻る。
黙したまま、見つめ合う二人。
じりじりとつり上がる緊張感。
その心の動きを探ろうと、先程と同じように功徳を発動させるレベッカ。
ゆらゆらと浮かんでは消える鴎垓の思考。
だが見逃しはしない。
先手は自分。
変わりはない。
「そいじゃあちょいと、見せてやるかの」
途端、思考に浮かぶ《頭》の文字。
瞬時動く、鴎垓の腕。
上段より。
来る――!
読み通りの行動。
「お見通しだといって――ってえ?」
「ほい」
弾き返す。
その備え、空振り。
来たのは下。
狙いは足。
若干もたつくが避ける。
「あれ、読み間違えるはずが――あれ?」
「ほらよ」
動揺。
だがまだそこまでは。
今度こそ読み取る。
《胴》――それも横凪ぎに!
「くっ――ってまた違う!?」
「ほいさー」
胴に迫る軌道が途中で変わり腕に。
叩きつけられる衝撃。
また外れた!?
いや、思考は確かにそうだった!
ならば何故!?
心中に広がる動揺。
その隙、過たず。
「ほい、おしまい」
「うあっ!?」
衝撃にすくんだ体。
遅れる対応。
その間に頭上に迫る一撃が――
「ッ……!?――……へ?」
――当たる寸前、ピタリと止まった。
「一本、ということでいいかな?」
「くっ……」
逆転した立場。
まさか言われる側の気持ちを味わうことになろうとは。
悔しさにレベッカの表情が歪む。
しかしフッと体の力みを解いた彼女は降参とでも言うように両手を上に上げた。
「意地悪な奴だなお前は、もう少しくらい浸らせてくれてもいじゃないか」
あまりない勝利の余韻を早々を奪われてしまい不満げな顔を鴎垓に向けるレベッカ。
それをやってやったとような顔で軽々と受け止める鴎垓。
レベッカの頭上に掲げた武器を手元に戻し、地面に突き立てる。
「ま、ざっとこんなもんじゃな」
「……私の功徳はきちんと発動していたはずだ、一体どうやって」
最初あれだけ上手くいったはずなのにどうして今度は駄目だったのか。理由が分からず考え込むレベッカに、別に隠すことでもないと種明かしをする。
「儂の考えとることと実際の動きが違うて訳が分からんかったじゃろう。
当然じゃ、儂はさっきの手合わせの最中、適当に物を考えとったんじゃからな」
「え?」
「頭ではなく体で動く、ただそれだけのことよ、
このくらいやろうと思えば案外出来るもんじゃぞ」
いやそんなこと簡単にできるものか。
そう反論しそうになるレベッカに鴎垓は更に言葉を重ねた。
「それにその力、そう便利なものでもあるまい」
「っ、分かっていたのか」
その指摘に驚き声を上げる彼女は持っていた木の棒を取り落とした。前のめりになるレベッカを落ち着かせるように肩に手を置く鴎垓。
「そういや昨日、球を避けれんかったのを思い出してな、それで気付いた。もし全部の思考が分かっとるならそういうことは起きんはずだ。
おそらく対象を絞る必要があるのだろう、それもせいぜい一人か二人が限度というところではないか?」
たったそれだけ。
ほんの少し戦っただけでそこまで見抜かれている。
鴎垓の計り知れない観察眼にレベッカはもう驚くどころではない。
「はあ、その通りだよ。
周りに人が多いと全然見えなくなるんだ、たぶん功徳の段階が足りないんだと思う。
こういう一対一の状況でもなきゃ使い物にならない代物さ」
でももう少しだけ優越感に浸らせてほしかった。
そんな風に不貞腐れるレベッカはため息を吐きながら項垂れる。
「はあ、折角強くなったと思ったのになぁ……肝心の【墜神】相手には使えそうにないし、とんだ外れを引いてしまったなぁ……」
「馬鹿言え、そんなわけあるか」
「え?」
こんなことなら披露するんじゃなかった。
そんな風に思うレベッカとは違い、鴎垓はこの力に様々な可能性を見出だしていた。
顔を上げるレベッカに対し、鴎垓はここまでに考えていたことを伝えていく。
「化物相手はともかく、共に戦うならこれ以上ない力ではないか。
言葉を交わさずして次の動きを伝えられ、連携の隙がなくなる。
阿吽の呼吸で戦えるなぞよほどの修練を積まんとできんことじゃ。
その時間を一気に縮められるのじゃぞ、これほど共闘に向いた力そうそうあるものではない」
呆然とそれを聞くレベッカ。
何てことだろう。
自分は一対一で戦うことばかり考えていて、それについては思い付きもしなかった。
これまで基本的に一人で戦ってきたからか。
言われて初めて思考が狭まっていたことを思い知らされた。
「それに、まだそいつが真の力を発揮しとらんかもしれん。
投げ出すのは早すぎるというものじゃよ」
「そう、だな……その通りだ。
まだ全然これからだったな、私は」
一人じゃない。
少なくとも今は。
だったら諦めるのは早すぎる。
寄り添って立つ二人に施設の方から声が掛けられる。
見ればクレーリアが手を振り呼んでいるようだ。
腹を鳴らした鴎垓にクスリと笑い、レベッカは朝の運動をお開きにするのだった。