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腐れ剣客、異世界奇行  作者: アゲインスト
第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
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目覚めた腐れ剣客、朝の運動

「うお、ぉおお……」

 

 朝。

 孤児院の廊下を歩きながら伸びをして体を解す鴎垓。

 どんなところでも寝られると自負していたが、流石に床の上にそのままというのは堪える。レベッカと共に与えられた一室でどちらがベッドに寝るかを賭け拳遊び――所謂じゃんけんのこと――で勝敗を決したのだが、一度目の勝負で鴎垓は負けてしまい一つしかないベッドをなくなくレベッカに渡すことになってしまったのだ。

 

 あの時のレベッカの勝ち誇ったような小憎たらしい顔。

 今思い返しても癪に障るが勝負は勝負、言い訳はしない。

 ただ寝床の悪さはいかんともし難く、そのせいで予定よりも早く起きてしまった。

 ベッドの上で眠りこけるレベッカを起こすのも忍びなく、顔でも洗うかと鴎垓は井戸のある場所を目指し廊下を歩いていた。


「うぅ……うん?」


 そうしてまず食堂へと来た鴎垓。

 昨日の内に案内されていた道順を辿ろうと思いここにきたのだが、予想外なことに先着者がいるようだった。

 こんな早くに起きるのは自分ぐらいのものだろうと思っていた鴎垓だったが、よく見るとその人物は椅子に座りながら長机の上に寝そべっている。

 


「あれま、こんなところで。

 おーいクレーリア殿、目を覚まさんか」


 その人物とはクレーリア。

 自分達を来賓の宿泊部屋に案内したあと彼女も自分の部屋に戻ったものと思っていたが、どうやらそうはせずにいたらしい。


「はえ、もうたべられないれす……」


「嘘じゃろお主、そんな寝言本当に言う奴おるとは……」


 ふにゃふにゃと緩んだ顔で口から涎を垂らし、定番中の定番な寝言を口にしているクレーリア。

 その姿に呆れる鴎垓だったが、流石にこのまま放っておくと彼女の尊厳に関わりそうだったので被害が広まる前に起こしてやろうかとクレーリアの肩に手を掛け体を揺さぶる。


「おーい起きとくれー、子らにその腑抜け面見せてもええんかー」


「いやですわおうじさま、わたしのくちびるはそうおやすくなくてよ」


「いや誰が王子様じゃ、というかどんな夢見とるんだこの尼僧は」


「おい」


「うぉおお――!?」


 晴天の霹靂か運命の悪戯か。

 ちょっとした親切心の代償は耳元へのおどろおどろしい囁き声(ウィスパーボイス)。思わず声をあげ竦み上がる鴎垓が振り返るとそこには――いつもの服装に着替えたレベッカが、すぐ近くに立っていた。

 またも感情の光を失った目をして鴎垓を見つめるレベッカに心底驚く鴎垓。


「び、びっくりした……何じゃいお主背後から忍び寄りよって。

 心臓が破裂するかと思ったぞ」


「意識のない相手に何やら不埒なことをしているようだったからな。

 とっちめてやろうかと様子を伺っていたんだよ」


「するかいそんなこと、儂を誰だと思うとる」


「前もそうだがさっきも彼女も胸に視線がよっていたではないか。

 少なくともお前がそういう女の方が好きなのは分かった」


 あらぬ誤解を受けている。

 というかどうしてそのことを知っているのだ。

 机に押し潰されるクレーリアの胸にちらりと視線がいったのは確かだが、それもほんの一瞬のこと。


「お主それは……しゃあないじゃろ男なんじゃから。

 ん? というか、あれ? なんぞ言葉がおかしくないか?」


「気のせいだろ、オウガイ。

 そうだな、そういうことなら身の潔白を証明させてやろう。

 こっちにこい」


「えぇ……何ぞ理不尽させるんか?」


「いいからこい、はやく」


 有無を言わせぬレベッカの態度に嫌々ながらも従う鴎垓。

 二人はそのまま裏庭へと足を運ぶ。

 少しそこで待っていろという彼女の言葉にじっとそこで立っていると、裏庭の奥の方に向かったレベッカが両手に何かを持って帰ってくる。


「それで、何をさせるつもりなんじゃ?」


「ほら、受け取れ」


 今だ何をするのか明かされない不満を口にする鴎垓にレベッカは手に持っていたものを投げ渡した。

 咄嗟にそれを受け取った鴎垓。

 手の中のそれに目を這わし、ついでレベッカへと視線を向ける。


()()()なんぞ渡してきおって、何のつもりじゃ」


「珍しく察しが悪いな、こうなったらやることは一つだろう」


 そういって体の前で構えを取るレベッカ。

 その姿勢が戦闘体勢であること。

 そして互いに獲物を手にしていること。

 それから考えられることは――



「――手合わせか」


「――そうだ」



 ――つまりそういうことなのだろう。


 頭を掻きながら反対の手で木の棒を振り回す鴎垓。

 それをじっと静かに見据えるレベッカ。


「朝の運動にゃちと早すぎんか?」


「寝惚けた頭には丁度いいだろう、それとも引き下がるか?

 そしたら私はお前を”巨乳好き”として周りに喧伝するだけだ」


「いや胸の内にしまっとけよ! そう思ってもいいからせめて胸の内だけにせぇ!」


「それが嫌なら戦え、やらねばお前が死ぬのみだオウガイ」


 見え透いた挑発。

 どうしてこんなことをしようとしたのか分からないが、やるというなら容赦はしない。


「この小娘が、速攻で叩きのめして説教してやる」


「ふっふっふ、お前にそれができるかな」


 あくまで余裕の態度を崩さないレベッカ。

 ならばよかろう。

 一太刀で勝負を決してくれる。


「剣の腕なら儂の方が――って何!?」


 審判もいない試合は合図もなく始まり、先手は鴎垓。

 武器を持った手を狙い放った一撃はしかし、レベッカが寸前で手を引いたことで紙一重で避けられる。

 これまでの彼女なら避けることは出来ないはずの一撃を避けられ、僅かに動揺する鴎垓。

 その隙を突こうと思えば突けたはずのレベッカは、あくまで待ちの姿勢を貫くようで。


「どうしたオウガイ――()()()()()()?」


 灰銀の瞳を輝かせ、相対する相棒。

 その戦い方の変わりように言い知れぬ不気味さを感じ攻めあぐねる鴎垓に対し、まるで誘うように腕をあげ銅を晒すレベッカ。


「これは、」


「そこか」


「――っ!」


 見え見えの隙、しかし剣士の習性に攻めの手順が頭に浮かぶ。

 そしてそれを逆手に取るようにして、動き掛けた鴎垓の足を狙い攻撃を繰り出すレベッカ。

 避ける鴎垓だったがまるでその方向が分かっているかのようにレベッカの攻撃が追尾してくる。


「なるほど」


「――!?」


 大きく距離を空けるか――そう思い足に力を込めた瞬間、レベッカの攻撃が頭へと迫る。

 咄嗟に避けようと頭を逸らせば体の軸がぶれ、そしてそれを見抜いたかのようにレベッカの攻撃が突きへと変わり、鴎垓の体をとんと突いた。

 

「っと」


 地面の転げる鴎垓。

 その眼前にピッと木の棒が置かれる。




「一本……でいいよな?」




 その先にあるレベッカの顔は自分でもその結果が信じられないとでもいうように、奇妙な笑みを浮かべていた。



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