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腐れ剣客、異世界奇行  作者: アゲインスト
第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
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腐れ剣客と初めてのシチュー





「――それは操気法(そうきほう)と呼ばれる技術だな」




 子供たちの声で満ちる食堂の中、鴎垓は隣に座るレベッカへした質問への返答はこのようなものであった。




 ――あの後、残りの子供たちと共に現れたレベッカ。

 食堂に先に来ていたはずの二人が項垂れた様子なのに驚き、クレーリアから事情を聞かされ納得顔をした彼女は反省し表情を落ち込ませている二人へ軽く注意をした。

 そして次からはやらないようにと軽く注意をし、周りにいた子供たちにも気をつけるようにと言い含める。


 それに少々ばつの悪そうな顔をしながらも、自分の不注意が原因だと分かっているからこそ言い訳をせず、周囲からのからかいにじっと堪える二人。

 十分に反省している姿を見せる彼らの背中を押し机の方へと促したレベッカは、他の子供たちにもいい加減にして席に座るようにと声を掛ける。

 そこにクレーリアの食事にしようという声も加わり、本来の目的を思い出した子供たちはそれ以上二人へ何かいうことを止め素直に席へと座り始める。

 レベッカも鴎垓の隣に座り、クレーリアが全員の顔が見れる席へと座ると、


「それでは皆、今日の糧に感謝をし、神への祈りを捧げましょう」


 と言って胸の前で手を組んで目を閉じる。

 鴎垓がその知らない動きに戸惑っているなか、レベッカや子供たちも彼女と同じように目を瞑り手を組み、ほぼ同時にそれを唱える。




「「「――”世界を照らす光の神よ、その慈悲に感謝しこの命をいただきます。ここに用意された物を祝福し、これを用意した者を労い、これをいただく我々に平穏を害する者に抗う御力をお与え下さい”――」」」




 それではいただきましょう――そう言ったクレーリアの言葉を皮切りにカッ!と目を見開いた子供たちは、凄まじい勢いで食事を始めるのだった。

 その子供特有の貪欲な食事の風景に気圧されながら小さくいただきますといい、シチューなる初めて目にした食べ物を恐る恐る口に入れる鴎垓。

 嗅ぎ慣れぬ匂いを漂わせるその白濁液――一体いかなるものかと警戒していた彼の舌にそれが絡んだ瞬間、何とも言えぬ刺激が襲う。


 甘ったるいようでいてしっかりと塩味も効いており、煮溶けた野菜の旨味がじわりと口の中に広がる。

 熱いは熱いがその分香りが際立ち、鼻に通り抜けるときの心地よさは感じたことのないもの。

 食についてそこまでこだわりのなかった鴎垓をして思わず目を輝かせるほどに、クレーリアの作ったであろうこのシチューは美味なものであった。

 言葉もなくがっつく鴎垓。

 しかし程なくして皿のシチューが底をつく。

 

「む?」


 まだまだ腹に入るというのにもうなくなってしまったか。

 そう思う鴎垓だったが周りでおかわりを求める子供たちの声を聞いてこれ以上は止めておくかと匙を皿の上に置いて食事の手を止めた。


「なんだ、もう食べたのか?」


「おお、これほど旨いのは初めてだ。

 商人殿に振る舞われたのもよかったが、儂はこちらのほうが好みじゃの」


 それを隣で見ていたレベッカの声に応える鴎垓。

 あの時振る舞われた料理は確かに旨かったものの、どことなく鴎垓の趣向からはズレていた。

 その点このシチューは初めて食べるというのに好みのど真ん中に刺さる何とも言えない旨さなのだ。

 ただレベッカからすればその意見は意外なものだ。


「確かに旨いが、そんなにか?

 素材はそこいらで買えるようなものだぞ?」


「舌の作りが違うんじゃろ、悪かったな貧乏舌で」


「そうは言ってないだろう、悪く取り過ぎだぞオウガイ」


 貧乏舌なら私もそうだ――そういうレベッカの横顔がどことなくからかっているような感じがして若干腹の座りが悪い鴎垓。

 折角のいい気分に水を差されたような感じだが、怒るほどのことかと言われればまあそれも違う。

 なので何か別の話題を出して方向を逸らすことを考え、そういえばとあることが頭に浮かぶ。


「……そういや、さっきのことなんじゃが」


「さっき、というと……」


「クレーリア殿が怪我を治すのに使った術のことよ。

 あれも功徳(くどく)というやつの力というやつなのかの?」


「いや、あれに関しては違うな」


 鴎垓の疑問に対しそうではないというレベッカ。

 そうして答えた内容というのが冒頭で語られたものなのだった。




操気法(そうきほう)――まあつまりは体内の灯気(フレア)を操る技術のことなんだが、彼女の場合は私たちのような灯士(トーチ)とはまた違った技術になる」


 まだ皿に残るシチューをかき混ぜながら、これを使って説明してやおうというレベッカ。

 自然と鴎垓の視線もそこへと落ちる。


「厳密に言えばそこまで違いはないんだが、陽玉教(ようぎょくきょう)が教えるそれには体の内ではなく外へと灯気(フレア)を放出することが出来る技術が存在している」


「体の外に? そんなことをしてどうなる?」


 皿を体、シチューを灯気(フレア)に見立て、これが普通の灯士(トーチ)とするいい、そこから匙を使ってシチューを掬い上げる。


 それが体外への放出を表しているということなんだろうが、それで一体何が出来るのかが一向に分からずさっさと話せとせっつく鴎垓に対し、レベッカは匙で掬ったシチューを口に入れ咀嚼し飲み込んだ後、指でも立てるように匙を上に向け改めて口を開く。


「方法は人それぞれだが、そうすることで相手に自分の灯気(フレア)を分け与えることが出来るようになるんだ。

 そいつの身体能力を高め、一時的に筋力や耐久力なんかを上昇させるし、治癒力を強化すれば軽い怪我なら数分もあれば治してしまえるんだよ」


 それが”操気法”――所謂、神の御力に頼らない人の知恵だ。


 投げ掛けられた疑問に対しそう答えたレベッカの説明を、頭の中で解きほぐす鴎垓。先程の彼女の見立てを例に例えるなら、食べられたシチューが栄養となって体を動かす活力となり、同時に新しい肉体の糧になることがおそらく身体強化に当たるのだろう。

 一時的というのも与えた力が消化、消費されてしまえばなくなってしまうからのことだろうと、おおよその概要を想像をする鴎垓。


「まあ、それしかしてこなかったものですから」


 まだまだ知らないことばかりだと内心独りごちる鴎垓だったが、密かに背後に近寄っていたクレーリアの声に思考が途切れる。

 彼女はシチューの入った鍋を手に子供たちへおかわりを配っていたところ、二人の会話が聞こえてきたため話に参加してきたのだ。

 おかわりをどうぞというクレーリアに遠慮する旨を伝える鴎垓の言葉をあえて無視、彼の目の前に皿に一滴も溢さず見事に注いでみせるクレーリア。

 その動作は本当に目が見えないとは思えないほどだ。


「ワタシ、この目でございましょう?

 教本の内容も読んでもらわなければ分かりませんでしたし、他のことをしようにも何かと不便で。

 でも、怪我をされた方を癒すのであればそこまで動く必要もありませんでしょう?

 だからそればかりをしていた結果、いつしか治癒の術だけは人並み以上に使えるようになりましたの」


 才能もあったかもしれませんね。

 そんなことをいう彼女の顔にはどこか隠しきれない悲壮感があった。しかしそれを無理矢理に笑顔で隠すクレーリアは、


「とはいえ他の術はからきしでして、ほんの少し元気を与えることが出来る程度なんですけどね」


 と、ちょっと茶目っ気を見せたあと、他におかわりを求める子供たちのところへと足早に立ち去って行ってしまう。

 その姿何とも言えないものを感じながら、鴎垓は静かに食事の続きをするのだった。

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