腐れ剣客の敗北
「――とまあそういうことがあって、それで儂はあいつと行動を共にしようということになったわけよ」
用意されていた白湯がすっかりと冷めた頃、レベッカとの経緯を語り終えた鴎垓はふっと一息ついて姿勢を崩した。
思っていた以上に色々と喋って少し、喉が痛い。
カップを手に取り最早水となってしまった液体を飲み干し、さてと顔を横に向ける。
聞き手はこれで満足してくれただろうかと感想を聞こうとした鴎垓。しかしその聞き手の様子がちとおかしい。
「はわ~……すてき」
どことなく上の空。
上気した頬を両手で押さえ、喋る言葉も何か緩い。
「おい、大丈夫か?」
「なんてドラマチック……まるで白馬の勇士のようじゃない。
そんなの誰だってトキメクに決まって――っては、はい!?
大丈夫ですよ! 全く全然、大丈夫に決まっています!!」
「いや、全然全くそんな風には見えないんじゃが」
本当にそうは見えない。
体の前で腕をバタつかせ動揺を隠そうとしてこれっぽっちも出きてやしないその態度。
話の内容にそんなことになるものがあったかと頭を斜めにする鴎垓。クレーリアは自分の顔を見られないようにと手で覆い隠すも、耳まで真っ赤にしているのであまり意味がない。
「あう~……」
「ふぅむ、どうしたもんか」
予想外の反応。
あまりこういった経験のない鴎垓には対処のしようがないものだ。
どうやってここから回復させればいいかを考えていると、レベッカで遊ぶのに飽きて他のことをしていた女の子たちが四、五人ほど二人の周りに集まってくる。
「クレ姉、どうしたそんなに顔赤くして?」
「なんかこのお兄さんに言われたの?」
無邪気な心配を向けられてそのままでいるわけにもいかないのか、手をどけて顔を晒すクレーリア。
「べ、別に何でも無いわよみんな。ただこのお兄さんのお話聞いてちょっといいなって思っちゃっただけで」
そんな風に言い訳をするクレーリアの態度に覚えでもあるのか、その子たちは納得した様な表情を浮かべ鴎垓へと視線を向ける。
「あー……お兄さん、それは不味いよ」
「うん、不味いね」
「急所にダイレクトだよね」
口々にそんなことを言う女の子たち。
「は、はぁ……」
しかし意味なし。
生憎それでは何も伝わらないのが鴎垓という男だ。
普通この状況でそうはならんやろと、全くちんぷんかんぷんな様子の男に戦慄を隠せない女の子たち。
かつてない強敵を前に急ぎ固まって作戦会議を始める。
「嘘でしょ何も分かってないのこの人?」
「鈍いにも程があるんじゃない?」
「いやでも初対面だし」
「バッカねぇ、そういうのに時間なんて関係ないのよ」
「どこ情報よそれ」
「本で読んだ」
「あんたも頭ピンクかよ」
「あ? やんのか?」
「おお? やってやんぞ」
いや作戦会議どこいった。
一人の不用意な一言で不穏な空気が流れ始めた集団に訳も分からず戦々恐々している鴎垓はこれを唯一解決できるだろう人物に視線を向けるが、
「本当に、本当にね? ただちょっといいなって、本当にそれだけなの。ただちょっと自分もそんな風な出会いとかしてみたいとかほんのちょっとだけ思っちゃっただけで、それ以上のこととか思ってないのよワタシ」
駄目だ壊れてる。
役に立ちそうもない。
その間にも徐々に不穏な空気を高める女子の集団。
とてもではないがこの年頃の子供が使うとは思えないような語句がちらほら聞こえて大変心臓に悪い。
鴎垓が助けを求めるように周囲に視線を向けるも、他の子供たちはまるでこの一帯のことから目を逸らすかのようにいつの間にやら始めたボール蹴りに集中している。
二つの組に分かれボールを奪い合い、味方と連携して相手陣地へと切り込み枠の描かれた壁に向かってボールを蹴る。
それを番人のように壁の前に立つ一人が手で弾き、空中へと浮き上がったそれの視線が集まる中、攻め手側の一人が跳躍し、ひらり宙を舞う。
「馬鹿な、あれは未完成のはずの!?」
誰かの驚愕の声。
しかし彼女はそれで止まるわけもなく。
「これが私の、半回転キリモミシュートだぁあああ!!!」
空中のファンタジスタ――もといレベッカの咆哮が庭に響き、体を逆転させた状態から回転を加えられシュートは今度は遮られることなく枠内へと突き刺さるのだった。
そして鳴り響く笛の音。
試合終了のホイッスルに歓声をあげ仲間と抱き合う側と、悲嘆に暮れ地面に崩れ落ちる側。どちらの勝利かなど一目瞭然な光景を前に、鴎垓は一人孤独に言葉を溢す。
「……いや、これをどうやって収拾をつけろと?」
いつの間にやら太陽が沈み始め、空が茜色に染まっていく。
取り残された男は周りが自然と正気に戻るまでの間、どうしてこうなったのかについて考えようとし、面倒臭くなってやめた。
そんな鴎垓のことを、空の星たちだけが見守っていたとさ。