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腐れ剣客、異世界奇行  作者: アゲインスト
第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
38/72

腐れ剣客と孤児院のシスター


 買い物を済ませたレベッカに街の入り口とは連れられ歩いていく鴎垓。実のところ異世界の街という初めて訪れた場所に心が浮かれっぱなしであったのだが、相方の活動する拠点ということなのであまりそういった感情を表に出すのを控えていた。

 はしゃぎまくって迷惑を掛けるのもどうかと思ってのこと、故に内心ではあれやこれやと聞き回りたい欲求が満ちに満ちていたのである。

 しかし、そんなことを思っていたのも束の間のこと。


「こいつは、なんとも……」


 それまでとは(おもむき)の異なる光景に言葉が出ない鴎垓。

 石畳の剥がれつつある路面に足を取られないよう気をつけながら歩く彼の前ではレベッカが慣れた様子でサクサクと先を行っている


「ここはまだマシな方だ、奥はもっと酷いぞ」


 平気な顔でレベッカはそういうが、鴎垓からしてみれば少し歩いただけで周りの光景は随分と様変わりしていっているのは中々驚きの光景だ。

 ギルドなどがある中心部、街の入り口などはしっかりとした煉瓦造りの街並みであったのが、そこから外れた方向に行くほどにみすぼらしくなっていく。

 一つの街でこうも格差があるものか。

 

 そりゃあ鴎垓とて、そういったものを見たことがないわけではない。

 しかしそういうところというのはそれ相応に治安が悪いはずなのだが、意外にも見かける住人の顔は穏やかなものが多い。

 気さくに挨拶をする姿などどう見ても腹に一物抱えた輩とは思えないほどにあけすけだ。この荒れ具合と住人の気性のちぐはぐさがどうにも噛み合わず、その目的地とやらの全貌が想像できない。


 一体どこを目指しているのかさっぱりなまま、ひたすらにレベッカの背中を追いかけていると、どこからか声が聞こえてくる。


「ん? これは……」


「なんぞ言い争っとるようじゃのう」


 それに先ほどの少女のような展開をつい思い浮かべてしまう鴎垓。

 レベッカもまた眉間に皺を寄せ、警戒した面持ちで声のする方へと足を進めていく。

 ついていく鴎垓。

 建物の角を曲がろうとした彼女の背が唐突に止まる。


「どうした?」


「あいつら、また性懲りもなく……!」


 背中から乗り出して見たもの。

 それは建物の入り口の前で二人の男に囲まれる白い服装に身を包んだ女性の姿だった。 






「なあシスターさんよぉ、払うもん払ってくれなきゃダメだって分かってるよなぁ?」


「借りたもんは返すってのが常識だろう?」


 しゃっきりとした立ち姿の女性の顔を覗き込むようにして凶悪な顔を近づけそんなことをいう男たち。


「――申し訳ありません」


 その恫喝に全く怯むことなく。

 謝罪を口にしては頭を下げ、


「道理を外れた行いをしていることは重々承知しております。

 しかし当孤児院の経営は芳しくなく、日々の薪にすら苦慮するありさまでございます。

 どうかもう暫く返済を待っていただけませんでしょうか」


 と、現状を説く。

 無い袖は触れないということだ。

 だがしかし、そんな申し開きで納得する男たちではない。


「はいそうですかと引き下がるわけのもいかないってのはこれまでずっと言ってきたよな! こっちもガキのお使いじゃねぇんだよ、利子だけでも払ってもらわにゃ仕事にならねぇんだよ」


「できねぇってんなら子供売るか? ちっとは支払いの足しになるだろうよ」


「……それはできません」


 男たちの恐喝まがいの物言いに否定を返す彼女。

 短い言葉に込められた拒絶の意思は固く、そのようなことに手を染めるわけにはいかないと言外にて語る。


「だったらどうするってんだ? これ以上返済が滞るようならこのボロ小屋売りに出すしかねぇぞ!」


「あんたも強情張らずによう、負担になるもんは手放した方がいいって分かってんだろ?」


「……あなた方の言い分は重々承知しております。ですが――」


  




「――ワタシはこの孤児院の主にして、弱き者たちに手を差し伸べる『陽玉教(ようぎょくきょう)』の修道女(シスター)。教義に従い子供たちを守るはワタシの使命、それを放棄して誰が守り手と名乗れましょうか」





 雪のように白く美しいその(かんばせ)に決意を浮かばせ、男たちにそう言い放つ女性。

 その堂々とした態度に少し怯むも、立場の違い故かすぐに気勢を取り戻しじゃあどうするつもりなのかと詰め寄る男たち。


「……その御託はもう聞き飽きた、ここで金を払うかそれとも施設を明け渡すか。どっちかを選べっていってんだよ」


「金を払えばいいんだな?」


「あん?」


 しかし、そこに乱入者――レベッカが横から口を挟む。

 じゃらりと音を鳴らし地面に投げられる掌大の袋。

 開いた口からは銀に光る硬貨が幾つも見え、そこそこの金額が入っているのが分かる。

 先んじて行動したレベッカを追い、鴎垓も男たちの前に姿を現す。

 唐突に割り込んできた二人に動揺を隠せず、言葉が震える男。


「だ、誰だテメェらは?」


「善意の協力者だ、ほらその金を持ってとっとと帰れ。

 これ以上彼女に無体を働こうというのなら灯士(トーチ)として治安の維持に動かねばならないぞ」


 その言葉に顔を歪ませる男たち。

 自分たちの行動が違法スレスレなのを理解しているのだろう、流石にそれは勘弁願うのかれまで見せていた執着を顔から消し、。


「ちっ、厄介な奴が来やがったか。

 わぁーったよ、十分な金は手に入れたんだ、今日はこのくらいで勘弁してやる」


「だが忘れんなよ、これはそのシスター様がこさえた借金のほんの一部にしかならねぇんだ。利子が膨らめばまたくる、それまでにどうするかきちんと考えておくんだな」


 そうして脅し文句を残し去っていく二人組。

 睨み付けるとうに二人の背中に忌々しげな視線を向けるレベッカ。

 それは彼らが建物の角を曲がり、見えなくなるまで続けられた。




「……申し訳ありません、レベッカ様」


 二人の姿が完全に見えなくなった頃、隣にいた女性からレベッカに声が掛けられる。

 女性は本当に申し訳なさそうに、体を深く折り曲げ謝罪した。


「ワタシどもの問題に巻き込んでしまって、それにお金まで。

 久しぶりの再開をこのような形にしてしまい……何と言えばよいか」


「気にしないでくれシスター、元から寄付のつもりで持ってきていたものだ」


 それに気さくな態度で応じるレベッカ。

 手土産を持っている方とは逆の手で懐を探り、先ほどと同じぐらいの大きさの袋を取り出す。


「それに、もう半分ある。

 これを少しでも施設の経営に役立ててくれ。

 今日は菓子も買ってきたんだ、子供たちにあげてやってくれ」


「まあそんな、何から何まで。

 あなたの慈悲に感謝致します」


「大袈裟だ、出来ることをやっているだけだよ。

 ああそうだ、今日来てるのは私だけじゃなくてな、紹介するよ」


 ――この男がオウガイだ。


 そういって手で鴎垓の方を示すレベッカ。

 彼女の声に従って体を向ける白装束のシスター。

 若干視線の定まらぬ白い瞳に見据えられ、あっと思い至っている間に、




「ああ、初めましてオウガイ様。

 ワタシはこの孤児院で子供たちのお世話をしておりますクレーリアと申します。

 どうかあなたにも()の光の加護があらんことを」




 と、修道女――クレーリアに挨拶をされ。

 そして彼女に促されるまま、鴎垓たちは孤児院の中へと案内されていくのだった。



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