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腐れ剣客、異世界奇行  作者: アゲインスト
第二章 腐れ剣客、異世界の街に推参
36/72

腐れ剣客の意外な弱点


 殺風景なレンガ造りの建物が多い街中で、レベッカが指差したそこは少しばかり異彩を放っていた。

 薄いピンクに壁が塗られ、茶色の屋根の下には大きな看板が掲げられている。

 鴎垓にはそれが何と書かれているかは皆目見当がつかないが、漂ってくる匂いがどことなく甘いことからおおよその当たりをつけていた。


「ほう、甘味処(かんみどころ)か?」


 かつて何度か訪れたことのある茶屋に似た甘い匂い。

 ここは甘味を扱う店なのか。

 しかし自分が知るものとは全く別の匂いが入り混じっていて何とも言えない風味を周囲へと醸し出している。

 鴎垓の台詞にまたかというような顔をするレベッカ。


「またわけの分からんことを。

 あそこは私のお気に入りの焼き菓子の店でな。特にここのクッキーが美味しくてちょくちょく通っているんだが、今日は本命に行く前の手土産を買いにいくつもりなんだ」


「ええのう、儂も甘いもんは好きじゃ」


「分かった分かった、買ってやるから大人しくしてろよ」


 自然な調子で自分もとねだる鴎垓を軽くあしらいつつ、扉の取っ手に手を掛けるレベッカ。

 そして扉を開けた瞬間、鴎垓の鼻にこれまでにないほどの香りが殺到してくる。


「こんにちは、メリーさんは居ますか?」


「いやっしゃいませーって、あら! レベッカじゃない!!」


 一足先に店の中に入ったレベッカ。

 カウンターの向こうにいる店員に挨拶をし、馴染みの店主が居るかを聞く。

 それに反応して脇から出てきたのエプロン姿の女性であった。

 レベッカの姿を確認したその女性はそばかすが浮いた頬を上気させ、満面の笑みで彼女を迎える。


「久しぶりー! 最近全然来てくれなかったじゃない、心配してたのよ!」


「す、すみません。依頼で遠出していたもので……」


 カウンターから身を乗り出してレベッカの手を取るメリー。

 その勢いに若干押され気味のレベッカ、無事を喜ぶメリーが体のあちこちに目をやる内、彼女の瞳の変化に気づく。


「あら、レベッカあなた目が……もしかして」


「ああはい、その、念願叶いまして」


「まあ! まあまあまあ!!!」


 それが意味することにピンといたメリーは、レベッカが肯定すると同時に歓声を上げた。

 握った手をブンブンと振るい喜びを露にする女店主。


「よかったぁ~! 本当におめでとうレベッカ!

 遂にあなたも神様の加護を得られたのね!

 素晴らしいわ! 今日はお祝いよ!!」


「あ、ありがとうございます……それでその、一人紹介したい奴がいるのですが……」


 そこそこの付き合いだがここまで喜んでくれるとは思ってもいなかったレベッカだが、いつまでもそれに付き合っているわけにもいかず、別の話題を出して意識を逸らそうと試みる。


「あら、珍しい。

 いつも一人だったあなたが紹介したい人がいるって……っまさか恋人!」


「こ、恋人!? いやいやちっ、違いますから!?

 決してそういうのじゃなくてですね、仲間です仲間! 紹介したいのはこれから一緒に活動する仲間のことです!!」


 しかし薮蛇。

 思ってもいなかった方向からの攻撃に狼狽えるレベッカ。

 動揺に口調が乱れる。

 湯沸かしポットのように頭を沸騰させる彼女のその様子を微笑ましいものを見るような目で見つめるメリー。


「ふふ、慌てちゃってもう冗談よー。

 それで、この街の名物娘のお眼鏡に叶ったというそのお仲間さんはどこにいらっしゃるのかしら」


「それを言ってるのメリーさんだけ何ですけどね。

 紹介します、この後ろにいるのが私の――って、え?」


 気恥ずかしい呼称につっこみを入れつつ、話題に出した仲間を紹介と振り返ったレベッカ、そういえば大人しくしているなと思った彼女の視界の中にしかし、想定していた男の姿はなく。

 さ迷う視線が見つけたのは入り口の扉、そのすぐ手前のところに膝を着いた体勢で呻く鴎垓だった。


「く、ぉお……」


「お、おいどうしたオウガイ?

 気分でも悪いのか?」


 苦しげな声をあげる鴎垓に急いで駆け寄ったレベッカ。

 顔の前を手で隠すようにしている、もしやなにがしかの病でも発症したのかと一気に頭の奥が冷たくなる。


「まあまあ大変、何か使えそうなものを持ってくるわ」


「すみません、お願いします!

 おいオウガイ! 大丈夫か!?」


 そのただならぬ様子に応急手当に使えそうなものを探しに慌てて店の奥に引っ込んでいくメリー。

 鴎垓の背中を擦りつつ頼むレベッカ。

 状態を知ろうと必死に声を掛ける彼女に反応し、鴎垓が途切れ途切れに言葉を発する。


「……なが」


「なが? なんだ、どうした!?」


「に」


「に?」






「匂いで、鼻が……どうにかなりそうじゃ」






 鼻を押さえ床に踞る鴎垓。

 焼き菓子に使うバターなど、始めて嗅ぐ匂いに鼻が過敏に反応した結果。

 ろくに喋ることもできず、動くこともままならないほどのダメージを受けてたのであった。


「ええぇ……」


 そのことに何と言っていいのか分からず固まるレベッカ。

 仲間の意外すぎる弱点。

 出来ればこんなところで知りたくはなかったと思いながらもやってきたメリーに事情を説明し、彼女から向けられる生暖かい視線に心を痛めつつ。

 ひとまず匂いから離れさせるため、醜態を晒す鴎垓を店より待避させるのだった。







 ――そうして店より撤退した鴎垓は今、少し離れたところで地面に座り項垂れていた。


「あー……えらい目にあった。まさか匂いで身動きできんくなるとは思いもよらんかったわい」


 本当にまさかである。

 こんなことは始めての経験。

 体に起こった異変に対応すらできなかった。 


「レベッカの知己に対して失礼なことをしてしまったのう、うあー……気が重いわい」


 何よりもレベッカの知人の前であんな姿を見せてしまったこと。

 それが何よりも悔やまれる。

 自分もそうだが、レベッカにも恥をかかせてしまったこと。

 いつもとは違う展開に頭を悩ませる鴎垓。


「しかしおっかしいのう、嗅ぎ慣れぬ匂いに過剰に反応したのか?」


 だがどうしてだろうか。

 匂いが激臭ということではなかったはず。

 それなのになぜ、あんなことが起きたのか。

 全くわけが分からない。


「うあ?」


 そんな風に鴎垓が自分の身に起こったことについて考えていると道の向こうから何やら言い争いをする声が聞こえてくる。

 気になってそちらのほうに行ってみれば、そこには三人の男に言い寄る一人の少女の姿があった。



「――ちょっと、話を聞いてよ!」


「――うるせぇな! とっととどっか行けよガキんちょ!」


 少し遠くからでも聞こえるくらいの声量で言い争いをしているが、その実言い寄ってくる少女をあしらおうと男の一人が声を荒げているだけのようである。

 普通なら立場が逆なんじゃと思う鴎垓。

 そこへ少女が都合よく、何に対して抗議をしているのかを叫んだ。


「ゴブリン退治の依頼は四人で山分けって話だったじゃない!

 それなのにこれじゃアタシの分だけ少なすぎるでしょ!

 約束が違うわよ!」


「六灯級の新米が何生意気言ってやがんだ?

 俺たちの仕事手伝わしてやっただけありがたいと思えよ、それとも何か? お前一人で化物の相手が出来るってのか?」


「それは……」


 男の言葉に威勢を削がれる少女。

 図星なのか次の言葉が出てこない。


「だったら文句いうなや、おい行くぞ」


「ちょっと、待ってよ!」


 その姿にもうこれ以上取り合うつもりがないのか、路地の一つへと消えていく男たち。だが少女はまだ話は終わっていないというように去っていく背中を追いかける少女。

 ふむと独りごちる鴎垓。


 やりとりからして、どうやら立場を利用した搾取が行われているところをたまたま見てしまったらしい。

 助けてやりたいがこういうのに他人が首を突っ込むと余計に事態を悪化させかねない、それに今動くとレベッカに心配を掛けてしまうと考え――




「きゃっ!」




 ――しかし。

 四人が消えていった路地の向こうから少女の悲鳴が小さく聞こたその瞬間、そんな考えはどこかへと飛んでいき。

 体は勝手に動き出すのだった。




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