腐れ剣客とギルドの受付嬢ミチルダ
「先程は私どもの不手際によって無用な騒動に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。
ここからは新人に代わりこのミチルダが担当させていただきます」
荒くれ者たちが引き起こした騒動。
かと思われたそれを終息させたのは響き渡る甲高い笛の音だった。
受付前の大混乱を聞き付け施設の奥から出てきた数人の警備の人間が、周囲に警告するように笛を鳴らす続ける。
それによって騒動は解散。
囃し立てていた連中は厳重に注意を下され。
中心で怒鳴り散らしていた男はあまりの興奮ぶりに落ち着かせる必要があると判断されたのか警備に囲まれてどこかに連行されていっていた。
そして騒動の一因にも関わらず蚊帳の外にいた男――鴎垓。
鴎垓の対応をしていた受付嬢はいきなり始まった騒ぎの影響で泡を吹いて倒れてしまっており、業務の遂行が不可能となってしまっていた。その代わりとでも言うように、彼はレベッカと共にいたこのミチルダと名乗った女性に連れられ施設の中にある一室で椅子に座っていた。
対面にミチルダ、隣にはレベッカが同じく座っている。
「いや、元はと言えばこいつのせいだからあなたが謝る必要はありませんよ。ほら、ちゃんと謝罪しろオウガイ」
「すまんかった」
「ふふ、そう言っていただけるとこちらとしても肩の荷が降ります。
さて、先程もうちの者がご説明しました通り、ここギルドは灯士の皆様がその使命を果たすための活動を支援する国家公認の組織でございます」
殊勝な態度で頭を下げる男に笑みを溢し、それから改めて説明を始めるミチルダ。それに頷きながら聞きに徹している男の様子に暴れだしたりするような人物ではないとひとまず安心する。
ここに来るまでに同僚に聞いた話ではこの男、初対面の新人をどうしてだかかなり怯えさせたというではないか。
実は裏表のある危険な人物なのかも……もしもの場合に備えて裏に人員を配置していたのだが、この落ち着き様を見ればどうやらそれは杞憂だったと思わざる得ない。
それにどうやらこの男、レベッカの知人らしい。
ギルドで密かな人気を博している彼女が気に掛ける人物。
ならばことさら身構える必要もなかったか、なんてことを目の前の二人から感じる気安い感じを目ざとく見抜くミチルダ。
あの新人には後で再指導が必要だなと考えながら、手慣れた調子で口を動かす。
「魔神の手先【墜神】の侵攻から地上を守る灯士の方々。そんな彼らにも生活があり、そのためには俗な話になりますが――お金が必要となります」
鴎垓のように始めてこの施設――ギルドを利用する相手に対する定型文を繰り出しながら、机の上に冊子を開いてそこに書かれた絵を指し示すミチルダ。
そこには人や獣、異形などが簡略化された絵が幾つも乗っており、それらによって様々な場面を紙面の上に描き出している。
「倒せどもろくなものを何も残さぬ【墜神】は世界の厄介者ではありますが、皮肉なことにこれらのお陰で私どもの仕事が成立しているのですから中々因果なものと言えましょう。
商人の護衛、村の守護、領地の解放、神への奉仕。
それら様々な仕事を凱旋し、皆様の活動に応じた報酬をお渡しする。その仲介役となっているのがこのギルドという組織なのです」
ミチルダの説明を聞きながらじっと考え込む鴎垓。
その視線は『大きな石の塊を守るようにして立つ黒い影と、それに戦いを挑む四人の人間』が書かれた絵に向いている。
何というか、あの時の状況と似すぎてる絵だ。
先日の戦いを思いだし意図せず目が遠くなる。
しかし目の前の男が絵を見たそんなことになっているとは思いもよらないミチルダから確認の声が掛けられ、鴎垓の意識が元に戻る。
「ここまでで何かご不明な点などございませんでしょうか?」
「ああ、問題はない」
「それはよう御座いました、こちらの説明不足で御不便を感じさせてはいないかと心配でしたがどうやら私の杞憂のようですね。
一安心したところで説明の方続けさせていただきます」
そしてすかさず取り出した書類を机の上で滑らし男の前に出すミチルダ。自然と男の視線が下に落ちるのを見てから書類の項目を指差し、確認するようにそこへ記入したことを読み上げていく。
「こちらご登録の際に記入していただく書類になっております。
文字が書けない読めないとのことでしたので代筆をさせていただきました、読み上げていくのでご確認を。
お名前はオウガイ様、出身は僻地の村で年は二十才でしたね」
「おお」
「剣の扱いに自信がありで犯罪歴も特になし。
ここまでであれば即戦力としてご活躍していただけたことでしょう」
そこで一旦言葉を区切ったミチルダ。
先程までの友好的な目から一転、職務に忠実に従う者としての厳格な視線を鴎垓へと向けた。
そして――
「しかしながらオウガイ様。
残念なのですが――当ギルドの判断としてはあなたを灯士として認めることは出来ません」
――鴎垓の登録ができないということを、残酷に告げてきた。
「え、どういうことだ?」
予想外のことを言われ思わず驚くレベッカ。
そんなことがありえるのかと。
これからのことを考えていた彼女にとってそれはあまりにも納得出来ないことだ。
一体何故?
そんな風に動揺する彼女に対してミチルダは丁寧な口調で理由を話し始めた。
「基本どなたでもなることのできる灯士ですが――一点、ご注意していただかなくてはならないことがございます。
それはこの測定器にて、基準値以上の灯気を示して頂く、ということにございます」
そういって取り出したのが四角い台座に嵌まった水晶玉だ。
両手で収まるくらいの大きさのそれを台の上に置き、水晶玉に手を着けるミチルダ。
「何分命懸けの職業で御座います故、生半可な者を登録させては徒に死者を増やすこととなってしまいます。
そうはならぬよう触れた者の灯気に反応して光る水晶を使い、その者の力量を試すことが灯士認定のための試験とギルド創設当時からの規則となっているのです」
そう言い終わるの同時――淡く光を放つ水晶。
ミチルダの放つ灯気に反応して赤く輝いている。
そしてちらっ――と目を配れば、腕を組みながら頷く男。
「それでは改めてどうぞお手を」
「ふむ」
ミチルダが手をどけ元の状態に戻った水晶へ手を伸ばす鴎垓。
その様子をまさかというような目で見守るレベッカ。
しかしその心配は的中し――
「光らんな」
「光りませんねぇ」
――水晶は全く光ることなく、鴎垓の手の中で沈黙を保ったままなのであった。