騒動が絶えない男、その名は――
二章開幕です
どうぞお楽しみ下さい
人でごった返す館内。
石造りの建物は中を低めの柵で区切られ、その一方には軽く飲食が出来るところがある。そこでは昼間だというのに酒を浴びるように飲んでいる一団がテーブルを囲み、陽気に肩を組んでは笑い声をあげ周囲に騒音を撒き散らしていた。
しかし周りの人間はそれが日常だというように大して気にした様子もなく、思い思いの行動をしている。
ある者は仲間と談笑し、あるものは掲示板に貼り付けられた用紙とにらめっこ、またあるものはここで働く従業員に管を巻いていたり。
しかし、一番人が集まっているのはどこかといえば、それは柵の向かい側にある受付だろう。
入り口から見て左。
物々しい格好の者たちがこぞって集い、そのあまりの混雑に列が動くたびにそこかしこで小さなぶつかり合いが起こるほどである。
そんなことをしちれば当然、不満が溜まり苛立ちが募るもの。傷だらけでただでさえ怖い顔が怪物もかくやと言わんばかりである。
しかし、そんな男たちを華麗に捌くのは花形従業員の受付嬢たち。
美人で揃えられた彼女たちの満面の笑みは荒んだ男たちの心を容易く蕩けさせる破壊力。
さっきまでの苛立ちもどこかへやら、デレデレと破顔する彼らを巧みな話術で手玉に取っては素早く手続きを済ませ、名残惜しそうに去っていく背中に手を振り次の利用者に笑顔を向ける。
施設の受付は本日も大盛況。
しかしそんな中で一つ、常にない緊張感を醸すところがあった。
一番隅っこのあまり人がいない受付台の前に立つその男。
彼は対面する女性に向かってこう言ったのである。
「ふぅむ……耳が悪いのかよう聞こえんかったみたいじゃ。
すまんのだがもう一度、分かりやすく言ってはくれんかのう」
そこの担当だった受付嬢はその言葉に僅かに動きを止め、酷く狼狽えたような表情をしながら、
「そ、そう言われましても~」
と、何とも腰の引けた受け答えで対応した。
研修を終え早六ヶ月。
これまで大きな問題もなくそつなく仕事をこなしてきたがついにこの時が来たか……と、内心心臓バクバク。
半年に一度あるかないかと聞いていた事態に運悪く直面した不幸に膝を震わしながらも後ろの席に座る先輩の監視するような視線を感じ、必死に自分を鼓舞する受付嬢。
大丈夫、私なら出来る。
学んだ通りのことをすればいいのだから。
先輩のしごきに比べればこんなものどうってことないと気合いを入れ直した彼女は接客用の笑顔で装備を固め、しかし妙に威圧感のある微笑で答えを待つ男に気圧され何とも言えない困り顔になちながらも説明を始める。
「え~っとですね、書類の方は全然問題ないんですけど……そのですねぇ」
「済まんが言いたいことがあるならはっきり言ってくれんか?
こっちも何のことやらあまりよく分かっとらんのでな」
「ひうっ!?」
男が何かをしたわけではないのだが、始めての事態をどう穏便に解決しようかと必死に考えているところにまるで問い詰めるような言い方で口を挟まれてしまい、それに驚いた彼女はつい声をあげてしまった。
不幸だったのはそれは小さな悲鳴となって周囲に響き、後ろでその様子を伺っていた別の男にも聞こえてしまったことであろう。
「――おい、何やってやがる!」
やたらと時間を掛ける前の男。
そんな時に聞こえた悲鳴。
もしやこいつ、受付嬢に対し何やら不穏なことをしようとしているのか――!
無用な正義感からそんな風に考えてしまったその男はガッと後ろから手を掛け、名も知らぬそいつを強引に受付から引き剥がそうとして――
「うおっ!?」
「おお、こりゃすまん、ついうっかり」
――しっかり肩を掴んでいたはずの手がスルリと外れ、そのまま勢い余って後ろに転倒してしまった。
並んでいた者たちとんだとばっちりである。
転んだ男に巻き込まれた者たちから非難の声があがり、辺りは一瞬にして喧騒に包まれた。
「いってーなおい、何しやがんだよ!」
「いきなり転けるとか何考えてんだ!!」
元々腕自慢の者たちである。
気性もそこそこ荒く、只でさえ長時間待たされて苛立っていたところに更に拍車を掛けるようなことが起こればそれは導火線に火を着けることと大差ない。噴出した怒りをぶつけられ、転がった男は咄嗟にその原因となった奴に指を向けた。
「いや、俺のせいじゃないって! 元はといえばこいつがあの娘に変なことをしようとしてたのが悪いんだろ!?
怒るならあいつの方を怒れよ!!」
それに釣られて多くの視線がそっちに向く。
そこにはボサボサの黒髪で片目が隠れた、あまり見慣れない格好の男が突然の事態を前に気の抜けたような表情で突っ立っていた。
いや、見慣れないというよりもここに相応しくないと言うべきか。
何故ならその男の服装はここにいる者たちのように戦闘用に誂えたものではなく、街で暮らす者たちが好んで着るような安っぽい布で出来ていたのだから。
「ぷっ、お前どんだけ間抜けなんだよ。こんな弱っちそうな奴に転ばされるとか、俺なら恥ずかしくてここに居られないね」
「ああ全くだ、こんな奴灯士の風上にも置けねぇぜ!」
「おいさっさと立てよ邪魔者! 列が乱れてんだろうが!!」
「はぁあ!? ふざけんじゃねぇよ、誰が邪魔者だってんだ!!
それもこれもあいつが全部悪いんだろうが!!!」
仮にも灯士を名乗るような奴が一般人に見えるよな奴相手に醜態を晒したとあって、面白がって煽り立てる周囲に言葉に顔を真っ赤にして反論する男。
勢いよく立ち上がり自分を貶した連中へと抗議の声をあげている。
しかしそうすればするほどに周囲は盛り上がり、男を更に煽ってどんどんと騒ぎが大きくなっていく。
いつしか受付前は怒声をあげる男と、それを囲んで囃し立てる人たちというある種のお祭り状態へ変貌してしまった。
「……いやー、どうしてこうなってしまったのかのう」
そしてその様子を蚊帳の外で眺めている男。
騒動の原因にも関わらずその見た目のせいで格下扱いされたためか一切誰にも見向きもされてない。
周りはもうそれどころではなくなってしまった喧騒の中で、その男はポツリ、誰に気づかれることなく呟いた。
「儂――職を得にきただけだったんじゃけどなぁ」
それなのにどうしてこうなってしまったのか。
黒髪を撫で付けるように頭を擦り、目の前の喧騒の頭を悩ませる。
しかしそんな男がだ。
数日前、洞窟の中で数多のゴブリン相手に大立ち回りを繰り広げ、挙げ句の果てに最奥のボスをも倒した奴だとは誰も思うまい。
じっと嵐が吹き止むのを待つしかないか。
そう思い掛けていたところに男の横から声が掛けられる。
「おい、これは一体どういう状況なんだ――オウガイ」
聞き覚えのあるその声にはっと顔を向ける男。
そこには報告を終え他の職員を連れ立って戻ってきた、蒼と灰銀の瞳をした少女の姿があった。