腐れ剣客と少女は共に異世界を
「……」
「……」
岩山より少し離れた平地に仮説された幾つかのテントの一つ。
フランネルの従者隊に運び込まれた者たちが簡易的なベッドに寝かされ、揃って天井を見上げている。
「……」
「……」
洞窟からの脱出後、意識を失った四人。
外で待機していたフランネルの従者隊によって素早く回収された彼ら。
しかし大きな怪我等を負っていなかったとはいえ力を使い果たしたフランネルは従者たちの手厚い介護を受け別の特設テントで休息中、フィーゴは持ち前の耐久力によって早々に目覚め何やら動き回っている。
そのためここにいるのは。
無茶をし過ぎた結果またも全身包帯まみれの鴎垓。
核に取り込まれた影響かまだ体を動かせないレベッカ。
暴水鬼によって出た被害によって動ける従者隊の数がそもそも少なく、それらも仲間の治療に手一杯だったところに汚れにまみれた主人が帰還してきたため大慌てでそちらに人員を大幅に割いた結果、安静にしておけば大丈夫と判断された二人現在、ここに揃って放置されているというわけなのであった。
「……なぁ」
「うん?」
何というか、若干扱いが雑ではないだろうか。
『いや、そっちの事情も分かるけども、自分も結構大変な目にあったんだけどなぁ……』という何ともいえない思いを味わわされ目が荒む鴎垓とレベッカ。
空しさに言葉を発することが出来ないでいた二人だったが、不意に鴎垓から隣のベッドにいるレベッカへ、何とはなしに声が掛けられる。
それに鈍い反応を返すレベッカ。
相変わらず天井に顔を向けたままの状態で徐に会話を始め出す二人。
「中でのこと、どれだけ覚えとる?」
「核に取り込まれた後のことか?」
「おう」
「それだったら延々父が死ぬところを見せられていたのだけは覚えてるよ、後はなにも覚えてないな。いつの間にか悪夢を見なくなったと思ったら何だか目が覚めて、そしたらお前に抱きかかえられていたんだ」
「儂が何と戦っとったかは?」
「お前話聞いてたか?
それ以外何も覚えてないって言ってるだろ」
なるほど、手掛かりなしか。
レベッカの話から鴎垓が知りたかったこと。
それはあの空間で最後に聞こえた声についてだ。
空間から立ち去るあの瞬間確かに聞こえたのだ、幻聴などでもない。
その存在がどうにも気になって仕方がない。
ただ姿は見れなかったので鴎垓も結局あれが何だったのか分からずじまいのまま。もしかしたら彼女が何か見ていないかと思ったのだが、そうそう都合のいい話にはならないらしい。
「ふぅむ、そうか」
「あ、もしかしてお前、私がそれで傷ついてやしないかと思ったのか? ふふん、残念だがその心配は無用だ。
寧ろ私はあれのお陰で自分を見直す切っ掛けを掴むことができたんだからな」
鴎垓のちょっと落胆したのを勘違いしたのか、得意気な様子で自分の話をしだすレベッカ。
その様子を見るにどうやら本当に何も知らないらしい。
だとしたら偽物関連についても同様か。
それならば自分が異世界の人間というのはもう少しだけ黙っていようかと思う鴎垓。それは別にもっと後で驚かせてやろうとか、何かその調子の乗りようが癪に障るなとか、そういう理由でのことではない。
バレるならバレていい。
ただ、知らないなら知らないままでいいと鴎垓は思うのだ。
自分の出自とかそういうのを抜きにした生身の自分とレベッカとの今のこの距離感、これが鴎垓には何だかとても心地がいい。
多分こういうのを――友人と呼ぶのだろう。
ならそこに余計なものは必要ない。
だから鴎垓は必要な時が来るまで、この秘密を明かさないことに決めたのだ。
「だからかなオウガイ、私は今回のことで自覚したよ。
理想を掲げて進むには、自分が全然弱かったってことを」
そんなことを鴎垓が考えている間にレベッカの話は進んでいた。
その声には前までにあった使命感というか、やらなくてはならないんだという強迫観念は感じられない。
寧ろそういったものから解放された清々しさがあった。
「私を助けるために色んな人に迷惑を掛けてきてしまった。
そんな私が誰かを守ろうなんて、どれだけ烏滸がましい願いだったんだろうかと思う。
大きなことに囚われすぎていて、自分自身を見失っていたんだ」
まるで反省するようにそんな言葉を続けるレベッカ。
僅かに声が震えているのは悔しさ故か。
「父のようになりたい、困っている人を救いたい。
でもそれにはまず、それが出来るだけの人間に私がならなければいけなかったんだ。だけどそのことを理解していなかった私は、形ばかりを追い求めていた」
「だけどやっぱり、私はその願いを叶えたい。
父の無念を晴らしてやりたいんだ」
「父はあの時、友人を見捨てることもできたはずだ。
家族である私たちのために生き残ることを選べたはずなのに、それでも父は身近な誰かを守ることを選んだ」
レベッカの声に熱が入る。
それは彼女の内に宿る決意の現れのよう。
「それは多分、父なりの意地だったんじゃないかと思う。
ここで友人を見捨てて命を守っても、そんな行いをした自分が果たして家族と心から抱き合えるのかって。
どれほど窮地に陥っていても、そこだけは譲れない意地があの人にはあったんだと思う」
レベッカはそこで一旦言葉を区切った。
そして――
「だから私も――自分の意地を貫き通すよ。
両親にきちんと胸を晴れるような、そんな人間になる」
――少女はここに改めて宣言する。茨の道を行くことを。
「なあオウガイ。
私は強くなるぞ。
今よりもずっとずっと、何倍も何十倍も強くだ」
その熱が、その決意が、隣にいる鴎垓にも伝播する。
「だからオウガイ――助けてくれないか?
理想に目が眩んで道を見失うような弱い私だ。
でもお前となら、もっと先へといくことができる。
どうしてかな、そんな確信があるんだ」
そして――これだ。
ここに来てこれはズルいと言わざる得ない。
何せあの時に言ってしまっているのだ。
『助けてと言ってくれれば、それに応えてやる』と。
「……普通、今それを出すか?」
「退屈はさせないさ。
私はこれからはもっと積極的に【墜界】に潜って、そしてもっと強い力を手に入れるんだ。
そのためには色々と厄介な敵と戦わなくちゃいけない。
そういうのと戦いなら、お前も興味があるだろう?」
ああ、それは確かに魅力的だ。
あの世界で【鬼】を倒せしたのは偽物に過ぎない。
あれの強さは自分が感覚として覚えているものの何十分の一にも満たないだろう。しかしそれでも、ほんの僅かばかりではあるものの確かな手応えがあった。
何といいのだろう、これまで感じたことのないあの体感を。
言うなれば闇雲に刀を振り回すのではなく、標的に向けてきちんと構えを取ってから振り下ろしたかのような感覚に近い。
ならばもし、またあのような経験が出来たのならその手応えはもっと精度を増すだろう。
そのためにはレベッカの言う通り、より強い敵と戦わねばならないだろう。
「……なんぞ、口が上手くなったのうお主。
儂のツボをよう分かっとる、そう言われて引き下がるわけにはいかんなぁ」
故に彼女の提案は鴎垓にとっても渡りに船というわけである。
「それにまあ確かに、言ってしまったからのう。
臆面もなく助けてと言われりゃ、そうせん訳にもいかんわい」
「ああそうだ、弱い私はこのままではまた大変な目にあうだろうからそれを傍でどうにかしてくれる奴が必要なんだ。
だからオウガイ。
頼む、助けてくれ」
ここまで言ってこの男が断るはずがない。
そう確信していながらもからかうようにまたそう言うのだから鴎垓も堪ったものではない。
ここまでされて、男が今更引き下がれようか。
「まあ、なんじゃ。
この後のことなどなーんも考えておらんかったからな。
当面の目標があるっちゅうのは、それはそれで助かる。
それに、お主といた方が何かと面白いことが起きそうじゃ。
ならばまあ仕方ない、助けてやるわい」
「そうか」
鴎垓の言葉を聞いてレベッカはベッドの上でもぞもぞと。
その気配を察してか、鴎垓もまた同じように。
「レベッカ・ハウゼンだ、これからよろしく」
「鴎垓じゃ、よろしくされよう」
そして互いにベッドから手を出し合い、空中で拳をぶつけ合う二人。
顔は天井に向けたまま、それでも相手がどんな表情をしているか分かる。
多分、いや絶対。
自分と同じ、嬉しそうな笑みを浮かべているだろうから――
これまで読んで頂きありがとうございました
引き続き腐れ剣客の物語をどうぞお楽しみに