腐れ剣客たちよ、最終決戦に挑め
――その三人の姿を見たとき、私の心はこれ以上ないほどに痛みを発していた。
それはあの日、父を失った時と匹敵するほどの痛みだ。
今の弱りきった私にはそれに耐えられず、思い浮かんだ言葉が勝手に口から出てきてしまう。
「……どうして来てしまったんだ」
私は逃げてしまった。
敵の恐ろしさに怖じ気づき言われるままお前一人を残し、我に返ったのは仲間と合流して、お前のことを聞かれてからだ。
そうしたら私は、さっきまであんなに恐ろしいと思っていたはずなのに、体は自然とお前のところへ向かっていた。
助けなきゃと思ったんだ。
例え力不足だろうと。
そうしなきゃいけないと思った。
だが結果がこれだ。
助けるどころ囚われ、力を奪われ敵に利用され。
悔しくて。
苦しみにもがいて――それでも。
それでもお前が無事ならと、諦めることができていた。
「見捨ててくれればよかったんだ……」
間抜けな私が悪かったんだから、それでよかった。
だってお前は、私なんよりよっぽど強いじゃないか。
だからその力は私なんかに使うんじゃなくて、もっと多くの人を救うのに使ってくれればいい。
そうすればきっと、私は満足して逝ける。
「私のせいで、誰かが傷つくのなんて、見たくなかったのに……」
なのに。
「なのにどうして……」
「――どうして来たんだ、オウガイ!!!」
――私を助けるために、これ以上傷つく必要はないよ。
「――甘ったれるな小娘ぇええええええ!!!!!」
レベッカの叫びは、思いは、確かに鴎垓たちへと届いた。
だが知るかそんなこと。
そんなことを聞きたくてこんなところまで来たわけではない。
そんな言い訳を聞くために、助けにきたのではない。
わからず屋め、馬鹿にしやがって。
爆発する感情を声に込め、怒声を飛ばす。
「この後に及んでまだそんなことを言うか阿呆め!
お前に言われんでも、とっくに三人仲良く傷まみれじゃボケぇ!!!」
入り口手前の前哨戦は苦戦の一言であった。
圧倒的な数による攻勢はさしもの三人とて簡単には凌げず、何度も危ないところがあった。
しかしその度に手を合わせて戦いを乗り越え、ようやく再開できたというのに、その当人は自己犠牲に酔っているのか既に諦め調子。
悪態だって着きたくなる。
「な、何で……私は皆のことを心配して」
「五月蝿いわっ!
儂らがここまで来るのにどれほど苦労したと思っとる!
それを言うことにかいて『来てほしくなかった』だぁ……?
何様のつもりだ貴様ぁ!!」
目の前の敵などお構い無しに、好き勝手に言いたいことを言う鴎垓。レベッカも自分が囚われていることなど忘れ、その剣幕に戦いている。
フィーゴやフランネルもまたレベッカの態度に怒っていたが、マグマのように怒りを露にしている鴎垓を見てこの場を任せていた。
もっと言ってくれと。
それを良いことに思いの丈をこれでもかとレベッカにぶつける。
「いいか!
ここにいる三人は、どれだけ傷つこうがどれだけ困難だろうが、それでもお前を助けるためにここまで来たんじゃ!
その理由がお前に分かるか!」
さっきの言葉の通り、鴎垓たちの姿は無事とは言いがたい。
皆体のどこかしらから出血し、衣服は所々破れ土埃だけでない染みがついている。
特に鴎垓などは体に巻いた包帯がほぐれ、傷が開いたりと結構大変なことになっている。
それでも。
「お前を助けるためになら、傷の一つや二つ大したことではない!
それは皆がお前のことを大切に思っておるからよ!
それをお前はどうしてというのか!
それなのにお前は見捨てろというのか!
誰かのためにと思うお前と、お前のためにと思う儂ら!
そこに違いはありゃせんだろうがぁああああ!!!!」
それでも決して、退くことはない。
そこにお前がいるならば、助けに行くのは当然なんだと。
その言葉に、その瞳に。
その思いに。
レベッカは遂に涙腺が崩壊する
「そんな、でも、私は……」
「勝手に諦めおって、勝手に見限りおって!
その程度の関係だったか儂らは!?
出会って間もないなんぞどうでもいい、互いの背を預けあい、共に戦った仲間じゃろうが!
その仲間のためになら、危険なんぞ承知の上よ!」
涙が止まらないのは、嬉しいからだ。
本当はずっとそうだった。
ずっと我慢してきた。
誰かに助けてほしかった。
でもそのためにはまず、自分がそうしなければならないと思っていた。
父のように。
だから弱音は言えなかった。
でも、でも。
「だからお前はそこで、安心して待っておれ。
今すぐこのデカブツをぶっ倒すして、そっから引っ張り出してやろう。
そしたらお前と一緒に地上に戻ろう。
だから言ってくれ、レベッカ。
――助けてくれと」
今だけは。
「……うん、お願い。
助けて……オウガイ」
「おお、任せろ」
――今だけは、お前を頼っていいだろうか。
レベッカが意識を失って会話が途切れ、三人の視線が目の前の標的へと向けられる。
大鬼もこれまでの経験から迂闊な行動は不味いと様子を伺っていたのだが、自分に傷を与えた奴の意識がこっちへ向いたのを感じ、改めて戦闘体勢を整え始める。
膨張する肉体。
その敵の大きさにそれまで黙っていたフランネルが鴎垓の横に移動し、耳打ちをする。
「あの。啖呵を切ってもらって悪いのですけど、あれ……どうやって倒すおつもりで?」
フランネルは聞いていた話とは全く違う敵の姿に若干引いていた。
あんな筋肉全開なの聞いてない。
当然策はあるんだろうなと聞けどもそこは剣客。
まともなものであるはずもなく。
「鬼を倒すには首を斬って落とすのが相場と決まっておる。
とはいえあの図体じゃ、それにはまず首が斬れるところにまで頭を下げねばなるまい」
「ではまずは足を狙うということでいいかね」
「おう、頼むぞ二人とも。
それだけやってもらえりゃあ後は儂が何とかする。
お誂え向きの得物も手に入れたんじゃ、存分に活躍してもらおうぞ」
「心得た!」
「それってほぼ無策ってことじゃありませんことー!?」
飲み込みの早いフィーゴと行き当たりばったりで何とかしようとしているのに驚きを隠せないフランネル。
しかしそんなことをしている間に大鬼の準備が整ったようで放出されていた殺気が更に圧を増し迫り来る。
それに呼応し、鴎垓は敵より奪った大剣を前に構える。
「さあやるか、大鬼改め――暴水鬼よ。
図体がデカくなろうが所詮お前はお前でしかないことを教えてやる」
勝手につけた名前を告げて。
飛び出したのはほぼ同時。
さあ。
仲間を奪還するための最終決戦。
その火蓋が今、切られた――。