腐れ剣客、二剣翼の如く難敵に挑まん
両の手にそれぞれ剣を持つ――。
俗にいう双剣、または二刀流などというものである。
素人の目線から言えば大層格好よくて強そうに見えることだろう。
しかしこの戦法、思いの外使い手によってピンキリである。
そもそも両手用の剣を片手で扱う、この前提がまず良くない。
何故なら重く、そして長いからだ。
一本二キロの鉄塊。
そう聞けばそこまで重くないように聞こえるかもしれないが、それはバーベルなどの持ちやすい形状のものであればの話で、これが剣という棒状のものになると半端ではない重さが直に手首にくる。
素人がそんな状態で剣を振るおうとすればてんでばらばら。
お粗末な出来にしかなるまい。
一方玄人ならばどうするか。
彼らは振らない。
「二刀剣法応用――『烏天狗』」
振らず――舞うのだ。
「禅法”立禅”……及び軽身法――『一反木綿』」
先に仕掛けたは鴎垓。
身体操作にて重心を引き上げ――前傾。
前に倒れ込む勢いを利用し自分から猛襲を仕掛ける。
大鬼、これに機敏に反応。
縦の軌道に一閃。
しかし。
「遅い」
寸前――紙一重で避けられる。
その動きは先程とは雲泥の差。
倍に増えた武器の重量を感じさせない軽やかな動き。
そのの秘密は事前に使用した軽身法『一反木綿』――身体操作による重心移動にこそあった。
体の中の重心を自在に操るこの技は自身の体重ばかりか手に持つ物体の重量すら変じさせる。この妙技により鴎垓は軽快に地を蹴り、腕をしならせ剣に自身の重さも乗せ転身、敵の攻撃から半歩ずれるようにして懐に侵入する。
「ふっ――!」
そしてそれは――自由に斬撃の威力をあげることすら可能にする。
狙うは足。
機動力を封じる一撃。
しかしまたも手応え固く弾かれる。
だが刃に感じる肉の感触は先程よりも遥かにマシ。
ならば。
「一度で足りぬなら――」
反動を糧に更に転身。
回転、二撃三撃目。
振り払うように迫る剛腕、舞いて避け四撃目。
「――斬れるまで幾らでも斬りつけるだけのこと!」
そして斬り続けた五撃目。
ここで遂に切れ込み。
小さく、されど確かな成果。
その痛み小さくとも大鬼にとっては初の怪我。
大いに傷つくプライド。
沸き上がる怒りに吼え、剛剣が風を砕いて迫る。
「その剛力も、当たらなければどうということはない」
だが無意味。
加速した思考はその動きを急速に学び、最適な動きを導き出す。
速く機敏、剛力なれど動きそのものは粗野。
天然の暴性と言えば聞こえは良いが――それはつまり予備動作が大きいということ。
日頃から如何にそれを消すかに邁進してきた鴎垓にとって膨れる筋肉から次の動きを読むのは容易い。
故に大鬼の攻撃はまた半歩で届かず、ならばと口腔に溜まる水撃――駿矢走れど。
「それももう見切った――」
これに剣客――二剣を持って迎撃せん。
一の剣の渦巻く動きにまるで操られたかのように形をなくし、重なるように続く二の剣で二つに割れる。
それらは壁や地面に激突し、洞窟に轟音を響かせる。
「口を開かねば打てず、真っ直ぐにしかこぬなら顔の向きにだけ気をつけておればええだけよ」
――もう覚えた。
剛剣と水矢。
あれほどに苦戦した二つへの解。
既に手中へ修るば。
知ったことかと大剣振り回し。
近づけさせじと大鬼乱舞。
されども剣客、これもまたお見通し。
「『毛皮流し』応用――」
一の剣剛を柔にて巻き取り――
「――『比翼』」
――二の剣柔を剛へと変えん。
『――ギィヤァアアアアアアア……!!!!』
足へと出来た小さな傷。
スルリ刃を当て擦り。
ザクリとそれを斬り広げる。
ただならぬ痛みに絶叫をあげる大鬼。
その隙を逃すわけもなく。
「儂の力だけではお前を斬れぬならば、お前の力を利用するまで。
二剣にて可能となった攻防一体、特とその身で味わうがいい」
――剣舞、開演。
「――『比翼』」
腕に。
「――『比翼』」
足に。
「――『比翼』」
また足に、と見せかけて体に。
大鬼が暴れれば暴れるほど、その肉体に血の痕が増えていく。
『毛皮流し』が受け流す防御技なら――『比翼』は受け斬り返す反撃技。
相手の力が強ければ強いほどに、その身に返る斬撃の威力は増大する。
そしてそれはこの大鬼のような存在にこそ効果を発揮する。
まさに鴎垓の独壇場。
大鬼からすれば何という屈辱的な展開だろう。
小さな存在だったはずの奴に翻弄され。
傷つくのは体ばかりでなく、強者であるという自負、誇り。
正気を失いそうになるほどの憤怒。
激情に任せた一撃はまたも無力化され、代わりに足の指が切断され凄まじい痛みに脳髄が掻き回される。
「悪いがこれも兵法でな。
弱いところから切り崩す、戦いの定石じゃよ」
痛みに呻く大鬼を前に息を整える鴎垓。
反撃技の『比翼』……簡単に見えるがそれはこの男の技量と胆力によって成立している博打のような技だ。
一瞬の躊躇が失敗を呼ぶ。
そのような状況下で技を成功させ続けるのには多大な疲労が伴う。
並外れた集中力も間近に迫る命の危機に削がれに削がれ、体中から滝のような汗を流れ目や鼻を刺激する。
それでも視線は決して外すことなく、空気を一飲みし口角をあげ、前進。
「さあ、次はどの指がいい?
何なら目でも潰してやろうか、はたまた耳でも斬り飛ばそうか?」
休む暇はない。
攻め立て続けねば倒れぬ強敵。
僅かな隙も逃すわけにもいかぬ。
「さあ当ててみろ!
指か、足か、目か、耳か!?
外せばまた体のどこかが削れるぞ!」
一の剣を突きだし迫る鴎垓に屈んだ姿勢から大剣が振るわれる。
大鬼とて馬鹿ではない。
この一振りは誘いの一手、狙うは二の剣が振るわれる場所。
そこに合わせてこいつを潰す。
こいつのやったことを今度はこちらがやってやる!
さあくるぞ。
次がくる。
どこだ。
どこだ。
どこだ。
「――残念外れ、正解はこっちじゃ」
――ザクリッッッ……!!!
音がなりしは……大剣持ちしその手より。
伸ばした一の剣がひょいと姿を隠し。
目標を失った大鬼の剣の根本へと二の剣が回転の勢いを乗せられて叩きつけられる。
『比翼・羽ばたき』――散々と見せられた妙技を逆手にその裏をかく虚の剣技。
それを見抜けず気の抜けた攻撃をした大鬼は予想外の痛手を負い――思わずその手から武器を取り落とした――!
これぞ狙い。
この展開こそが鴎垓の狙い。
「落としたのう、落としたのう!
まんまとしてやられたのう!!
そうれどうした拾ってみるか、そしたらその手が飛ぶやもなぁあ!!!」
素早くその大剣を蹴り上げ遠くの方へと蹴っ飛ばす。
そしてこれでもうこれは使えぬぞと、その前に立つ。
武器の一つはこれでよし。
このまま次へと意識したところで。
「阿呆が!
見切ったと言って――っ!?」
迫る水撃。
だがそれは既に対処の術がある。
また散らしてやろうと剣を構えた次の瞬間――
「――ぬぉおお……!!?」
――爆発!
それは幾つもの小さな鏃となって鴎垓へと降り注いだ。間一髪身を翻し、それより距離をとる鴎垓。
一体何が起こったのか、困惑の視線の先には――
「……やはり一筋縄ではいかんか。
だがそうでなくては張り合いがない」
――踞りながらも怒りの目で彼を見る大鬼の口内に、渦を巻くようにして収束する水弾。
「もとから容易に倒せる相手とは思っておらなんだが、なるほどこういう趣向も中々面白い。
妖術の類いを避けるのはまだまだ修行中でな、精々練習相手になってもらおうではないか」
未知の攻撃に対し、あくまで好戦的に。
挑む構えは上方、下弦の月が如く。
前屈み、突撃の姿勢。
――戦いは次の局面に進む。