9.味方を増やしていく
「待ったぞ」
「お待たせいたしました、お父様が早いだけですけど」
サラ様は父親である王に対して強く当たっている。
「まぁいい、それではそこに立て人間」
王が僕に命令してくる。
サラ様の方に確認するように顔を向けると頷いていた。
それを確認してから王に指示された場所に立つ。
「王の命令なのだからすぐに行動に移さんか」
さっきまでの僕だったら気圧されて何も言えなかったが今は違う。彼女に勇気をもらった。彼女に信じてもらった。
「クロの主人はサラ様ただ一人です。僕が従うのはサラ様だけです」
「ちっ……」
王は面白くなさそうにしている。別に彼に恨みがあるわけではないのだが、僕の言動は彼の意にそぐわないようだ。
周りを見ると王とその従者だけでなく、レア様とその従者、サラ様の兄とその従者も見にしていたことに気づく。
「それではこれから貴様が魔法を使えるか試す」
「クロは何をすればいいのでしょうか?」
「貴様は自由な魔法を放てば良い。出し惜しみはしなくていい」
「わかりました」
一呼吸置いてどんな魔法を使おうか考えている時だった。
急に足元が熱を帯びていく。
魔法に関する知識がない僕でも自分が危険な状況であることは理解できた。
熱による攻撃を防がなければと考えた僕は急いで自分の周りを大量の氷で守るようなイメージをする。
氷ができ始めるのとほぼ同時に足元から火柱が上がった。
「クロっ!」
僕の大切な主人が僕を呼んでいる。
僕は夜の道を一人で歩いている。
頭は回らないし、身体もフラついている。
小便を催したが、どこにトイレがあるかもわからないので近くの電柱に向けて放つ。
これじゃあまるで犬じゃないか。
雄であることに変わりないし、大差はないのかもしれない。
そのまま家へと向かって歩みを進める。
僕は何をしていたんだっけ。
一人で飲んでいたことは覚えてる……その前は?
まぁ、なんでもいいか。
そこの大通りを越えればもうすぐ家だ。
大通りを渡り始めてすぐに、うるさいクラクションが鳴った。
僕がそのクラクションを鳴らした車を見ることなかった。
「クロっ! クロっ!」
「サ、ラ、さま……」
「喋るな!」
全身が痛い。本当は彼女に大丈夫だと伝えたいのに、地面に倒れた身体は起こすことができず、腕が上がらないどころか舌すら上手く回らない。
「何故こんなことをしたのですお父様!」
「試すと言っただろう?」
「不意打ちで最上級の炎の魔法など何を考えているのですか!」
「これで死ぬようであればその程度ということよ。生きているようであればその人間が城にいることを許そう」
そう言うと王は何処かへと去っていく。
「くそ……」
サラ様が悔しそうな顔で僕を見ている。
そんな顔をしないでください。僕はあなたの笑った顔が好きなのですから。
何とかできないと考え、一つ思いつく。魔法で自分の身体を治せないものかと。
「んっ……」
すると自分の身体が光に包まれていく。
「クロ……」
サラ様は信じられないものを見ているかのような表情をして驚いている。
数十秒した後、光が収まったのを見て私は腕を上げようとしてみる。
「動いた」
それと同時に彼女が僕に抱きついてくる。
「よかった! 本当によかった!」
強く抱きしめられすぎて少し苦しいが、彼女に抱きしめられるのは僕も嬉しいので振り解くことはしない。
「すみません、ご心配おかけしました、サラ様」
「あぁ、心配した。心配したけど君が謝ることはない」
「クロが死ななくてよかった……」
抱きしめくる彼女の横顔を見るとその瞳が濡れていることに気づく。
「いい雰囲気のところ悪いけれど少し話を聞かせてらっていいかい?」
僕とサラ様の空間にズケズケと踏み込んできたのは彼女の兄だった。
僕は身体を起こす。
サラ様も僕を離して立ち上がると彼の方に顔を向けた。
「大丈夫です、何でしょうかお兄様」
「タイミングが悪いのは承知していたが、これでも待ってはいたんだ。そんなに睨まないでくれ」
彼はそう言うと僕の方へと顔を向けた。
「はじめまして、クロちゃんでいいのかな? 俺の名前はクレモン・ド・ブルゴーニュ。サラの兄にあたる。これからよろしく」
そう言って僕に手を差し伸べてくる。
握手のつもりだったのかもしれないが、その手を取って立ち上がらせてもらう。
「はじめまして。サラ様の奴隷であるクロと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」
僕は深々と頭を下げて挨拶する。
「こんな奴に頭を下げる必要はないぞ、クロ」
「こんな奴なんて酷いな。それよりクロちゃん、サラの奴隷をやめて俺のメイドにならないかい?」
「え……」
いきなりのお誘いに固まってしまう。
「そういうことをするからこんな奴なんだ。いいかクロ、こいつはすぐに女に手を出すクズ野郎だ。あまりこいつと喋ってはいけないぞ」
「そこまで言うことないじゃないか」
「クレモン様、申し訳ありません。僕の主人はサラ様一人だけど心に決めていますので、せっかくのお誘いですがお受けすることはできません」
「それは残念、なかなか僕が誘いを断られることはないんだけどね」
するとそこにレア様がやってきた。
「お兄様、早く本題に入ったらどうですか?」
「そうだったね、冗談はこれくらいにして彼女の魔法について聞かせてもらいたい。父上最大級の炎の魔法を防ぐなんて、今の王国にできる奴なんていない」
冗談だったって言ってるけど、おそらく冗談じゃなかったことはなんとなくわかる。
さっきの魔法はそこまですごいものだったのか。
「先程は申した通り、クロには魔法の才能があります。先程の魔法も不意打ちでなければ完璧に防いでいたでしょう。お父様を越えているのはもちろんのこと、私の全盛期に近いほどに」
「……それはすごい」
「昔のお姉様並なんてことがあるのですね、しかも人間で」
そこまで言ってから彼女は慌てた様子をする。
「失礼いたしました、今の発言は取り消させてください」
「別に僕は気にしていないので、大丈夫ですよ」
僕に人間としての誇りのようなものはないので、何も気にはしていないのだが、彼女は僕のことを貶めてしまったと思ったのだろう。
「ありがとうクロちゃん」
「しかし、回復魔法だけは使用を控えた方がいいね」
「私もそう思います」
クレモン様の発言にサラ様が同意する。
「回復魔法が使えるなんて凄いじゃないですか、何故控えるんですか?」
レア様が僕の疑問を代弁してくれる。
「君はサラの従者でいたいんだろう?」
クレモン様が僕に問いかける。
「それはもちろんです」
「だったら控えるべきだ。確かに回復魔法は使えるエルフなんて聞いたことがないくらいすごい魔法だ。けれど、今それが父上にバレたら確実に自由がなくなる」
「なるほど……」
「普通の魔法であれば才能に溢れていたとしてもサラの奴隷という立場であれば許されるだろう」
「かしこまりました、ご忠告ありがとうございます」
「これからは俺もレアも君の味方になろう。サラだけで解決できないことがあれば頼ってくれていい」
「ありがとうございます」
人間を忌み嫌う王の城の中で、二人の味方を増やすことに成功したのだった。