8.餌付けされるのも悪くない
「おはようございます」
「あぁおはよう」
「おはようサラ」
「グッモーニン」
「おはよー」
「おはようございます、お姉様」
彼女の挨拶に対してそれぞれが挨拶を返してくる。
何故、兄の挨拶だけ英語なのかわからないが、流石にこの状況で何か口を挟めるような度胸はない。
挨拶を終えたサラ様が自分の席に着く。
よく見るとそれぞれの側に一人ずつ使用人が控えていた。
「クロもこちらに来い」
彼女に呼ばれて、他の使用人のようにサラ様の斜め後ろに控えることにする。
「朝食の前に……だ」
おそらくサラ様の父親と思われる男が口を開く。サラ様の父親ということは王ということか。
「何故人間がここにいる?」
ギロリと鋭い視線が僕に向けられる。僕は思わず目を伏せて、その視線から逃げてしまう。
「私の従者だからです」
「だからと言って城に人間を連れ込んでいいと思っているのか」
「人間を入れてはいけないという話は聞いたことがなかったので」
「聞いたことがなくても常識的にわかるだろう」
「私にそんな常識はございません」
威圧感がすごい王に対して引くこともなく、言い返していく。
「人間がこの国いるための法を知っているか?」
「そちらは常識ではなく法なので心得ております。彼女はすでに私と奴隷契約を結んでおります」
「…………」
王が怒りで震えているが、彼女は飄々としている。
「まぁいいじゃないですかお父様」
そこに声をかけたのはレア様だった。
「レア?」
サラ様もこれには驚いた様子を見せる。
「お父様が人間嫌いなのは知ってるけど、今の若いエルフたちは戦争だって経験してないんだよ? それにクロちゃんは悪い子じゃなさそうだし、決まり事もきちんと守っているうちは許してあげてよ」
何故助けてくれるのかはわからなかったが、助かった。
「それにお姉様がわざわざ連れてくるってことはそれなりの理由があるんでしょう?」
「もちろん。お父様、クロには魔法の才があります」
「人間が魔法……?」
「私も最初は信じられませんでしたが、私の魔法で見ましたし、実際彼女に魔法を披露してもらったこともあります」
「……食事を終えたら披露してもらおう。その話、誠であればその人間が城にいることを許そう。しかし、偽りであれば即刻出ていってもらう。問題ないな?」
「問題ありません」
「ふん……」
少し空気がピリついている中、王家の食事は始まった。
サラ様は一言も発することなく、淡々と食事を進めていく。しかし、残りが半分くらいになったところで私に声をかけてきた。
「クロも食べるか?」
彼女はフォークでウィンナーを差し出しながら私に向けてくる。
「ありがとうございます、サラ様。けれど、大丈夫です」
僕は彼女の提案を断るが、彼女はフォークを下げない。
「うるさい、食べろ」
視線が僕に集まっているがわかる。大勢の前で餌付けされることに恥ずかしさを感じるし、こんな甘やかされてたら殺されるのではないかと思うが、僕に彼女の命令に逆らうという選択肢は存在しない。
「いただきます」
ウィンナーに食いつく。いいものを使っているからだろうか、確かに美味しいと思うのだが、緊張してよく味はわからない。
「美味しいか?」
「はい、ありがとうございます」
「それは良かった。餌付けされてる君も可愛いから、もっと食べろ」
サラ様もこれを餌付けだと思っていたのか……。
その後も彼女に餌付けされていき、少しずつ僕も慣れていったが、周りからの視線だけは最後まで気になっていた。
「それでは早速中庭に行こうか」
王は一番に立ち上がり、側に控えさせていた執事を侍らせ歩いていく。
「私たちも行こうか」
そう言って立ち上がるサラ様に許可を取る。
「少しだけ待ってくださいますか?」
「別に構わないがどうした?」
「ちょっとレア様にお礼を」
僕はサラ様の元を離れ、レア様の近くへと向かう。
「先程は庇って頂きありがとうございました」
「別に庇ったってほどじゃないよ」
「それでもレア様のおかげで話を聞いてくれるようになったと思います」
「そうかな? じゃあ今度ひとつお願い聞いてよ」
彼女は少し目を輝かせながら僕に言ってくる。
けれど、輝いているはずの瞳は奥に何か深い色を映し出しているような気がした。
「お願いですか? 僕にできることであればなんなりとお申し付けください」
「やった、それじゃあテストみたいなの頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
僕は最後にお礼を言って、サラ様の元へと戻る。
「お待たせいたしました」
「…………」
無言で歩き始めた彼女に僕も続いていく。
廊下に出たところで彼女が話し始めた。
「何故レアと仲がいいんだ」
「仲がいいということはありませんが……サラ様の部屋へと伺う前に廊下ですれ違い、ご挨拶させて頂きました」
「……ふーん」
彼女の機嫌が良くないことは昨日からの付き合いでしかない僕にもよくわかった。
「何か不味かったでしょうか?」
「君は私の何だ?」
「クロはサラ様の奴隷です」
「だったらお願いを聞くなどという約束を勝手にするな。クロの全ては私のものだ」
「申し訳ございません」
「後で私のお願いも聞いてもらう」
お願いなんてされなくても、命令されたら何でも聞くのに。
「かしこまりました、サラ様」
彼女が妹に対して嫉妬してくれていることは僕でもわかり、それは嬉しかった。
「魔法を使うことに不安はないか?」
「正直に申し上げますと、サラ様の前で使ってから一度も使っていないので不安はあります」
「君は正直だな」
彼女が柔らかい笑みを見せてくれる。
そして、表情を引き締めて、僕の目を見つめて言ってくれる。
「クロなら大丈夫だ。私が見ている。私が信じている。君の失敗はありえない」
そんなこと言われて、不安なんて残るわけがないじゃないか。
「ありがとうございます。必ずご期待に応えます」
僕たちは中庭へと足を踏み入れた。