番外編2.続『その日』
キッチンに立つサラ様の後ろ姿をぼーっと眺める。
今まで彼女がキッチンに立っているところを見たことがないかもしれない。
彼女であればなんでもこなせそうであるイメージはあるが、家では使用人たちがいるせいで料理なんてしたことないのではないだろうか。
僕もそこまで上手いわけではないが、なんとなくでそこそこできている。前世の知識に感謝だ。
それでも今の僕に身体を起こして料理をする元気はないので、彼女を信じて待つことしかできることはない。
しばらくすると完成したのかサラ様が器を持ってこちらにやってきた。
「起き上がれるか?」
「はい」
僕はベッドの上で上半身を起こす。彼女がスープのようなものを作ってくれたことがわかった。
「そのままでいい」
そう言うと、スプーンでスープを掬い、僕の前に差し出してくる。
「…………」
食べろということだろうか。彼女に食べさせてもらうのも久しぶりだ。
彼女が僕の体調を心配して、善意でやってくれているというのに嬉しくなってしまっていることに少し罪悪感を感じながらも、それに食いつく。
「あひっ」
火傷するほどではないが、スープはなかなか熱くはふはふと空気を求めてしまう。
「す、すまない」
そう言って彼女は急いで水を取りに行ってくれる。
僕はなんとかスープを飲み込み、彼女が持ってきてくれた水で口を冷やす。
「気が利かなかったな、すまない」
サラ様は次にスープを掬ったスプーンにふーふーと息を吹きかけている。
その様子がなんとも可愛らしくて不覚にもドキリとしてしまう。
「ほら」
再び僕の前にスプーンを差し出してくれるが、ここで僕の中の何かが暴れ出してしまった。
「…………」
あえて食べない。
「どうした?」
「…………」
「もしかして不味かったか?」
「そ、そんなことは」
僕が想定していた方向とは違う方向へと解釈されてしまった。
「それならどうしたんだ?」
「……あーん」
「え?」
「あーんってしてほしいです」
普段であれば絶対に言わないようなことを口走ってしまう。体調が悪いだけでなく、精神にもどこか異常をきたしてしまっているらしい。
「…………」
彼女がとても驚いたような反応を見せる。
「……だめですか?」
サラ様はハッとした様子で再び動き始める。
「いや、そんなことはない。クロがそこまで言うなら仕方ない」
体調が悪いのにかこつけて色々と要求するのはずるいとも思うが、いつも理不尽な理由でお仕置きとして辱めを受けているのだ。このくらい許されるだろう。
彼女がスープを掬いなおし、ふーふーと再び息を吹きかけてくれる。
「クロ、あーん」
今度は彼女が差し出してくれたスプーンに食いつく。
さっきは熱くて、味がよくわからなかったが美味しい。サラ様は料理までできるのかと僕の中での尊敬の度合いが増す。もしかしたら、僕より料理ができるのかもしれない。
それと同時に僕も料理の腕を精進しなければと思う。彼女に自分が作った方が美味しいと思われないようにしなければ。
「……どうだ?」
サラ様が僕に対して心配そうに尋ねてくる。そんな心配するようなことはないのに。
けれど、こういうのはきちんと伝えなければならない。それによって僕がとても救われたからよくわかる。
「とてもおいしいです」
彼女はふわぁっと顔が綻ぶが、すぐに表情を戻してしまう。
「それなら良かった」
そう言うと次の一口を用意してくれる。
「ほら、あーん」
僕はまた彼女から食べさせてもらう。
やっぱり美味しい。
「これは豆乳ですか?」
「あぁ、豆乳に含まれるイソフラボンがエストロゲンという女性ホルモンと似た働きをすると言われているんだ。そのため、生理痛を緩和させる効果があると言われている」
頭の働きが十分じゃないからか、全部が頭に入ってきたわけではないが、豆乳によって痛みがマシになることはわかった。
「サラ様は物知りですね」
「私が知っていることなんて多くないさ」
「あと、しょうがも入っていますか?」
「よく気づいたな。しょうがを入れたのは身体を温めるためだ。しょうがを入れたスープは特に身体を温めやすい」
「身体を温めた方がいいでんですね」
「そうだ、身体を冷やしてしまうと血行が悪くなって、生理痛が悪化するからな」
「ほんとうにサラ様はすごいです」
「そんなことはないさ……私はまだ何も成してない」
彼女はどこか遠くを見つめている。
「……サラ様?」
「いや、なんでもない。体調がよくないのに長く話しすぎてしまったな。まだ食べられるか?」
「はい」
僕はその後も彼女に食べさせてもらい、スープを完食した。
「少し横になっているといい」
「……わかりました」
まだ起きたばかりだったので眠くはなかったが、横になっていると楽だったので彼女の言葉に甘えることにする。
「初体験だろう?」
食器の片付けを終えたサラ様が僕にそう言ってくる。
わざと言ってる可能性もあるが、突っ込んでしまったら彼女の思う壺になってしまう気がして、あえて触れないことにする。
「そうですね」
「どうだ?」
「想像以上に辛いです」
別に今まで女子の様子を過剰だと思っていたわけではないが、体験してみるとよくわかった。
「そうか……個人差はかなりあるが、女の子も大変だということだ」
「よく、わかりました」
「まぁ薬が効いてくればだいぶ楽になるだろう」
僕は早く薬が効いてくれと願うばかりであった。




