a4.あなたの前で
「あっ」
地面が急に柔らかくなっており、足を取られてしまいます。サラが仕掛けた罠でしょうが、転ぶほどではありません。
しかし、視線を再びサラの方へと戻した時、彼女は既にわたくしの目の前にいました。
一体何故……。
「ぐふっ!」
直後、腹部に鈍い痛みが走ります。
苦しい、かなりいいのをもらってしまったが、動けなくなるほどではないですわ。
「痛いですわ……、これしばらくお腹痛くなってしまうんじゃないですの」
「……そうか」
「まさか、あなたが直接殴りにくるなんて夢にも思っていませんでしたわ」
しかもまさかパオラの真似事をしてくるなんて。
「私が試合しているのを見てから寝てないんだから当然だろう」
「あら、意外とまだ元気ですのね」
ただ、今の彼女が饒舌なのは強がっているからだということはわたくしにも分かります。
「さて、今度こそ降参してくださらない?」
「……私も諦めが悪いんだ」
本当に強情ですわね。わたくしとしてはその方が面白くはあるのですけれど。
「わたくしは自分の炎の魔法を気に入っているのですが、ひとつだけ大きな欠点があると思っております」
「…………」
「それは相手に大怪我させずに攻撃するのが難しいところですわ。……というかさっきのパンチのおかげでかなり気持ち悪いんですが」
気を抜いたら戻してしまいそうなくらいには気持ち悪いですわ。
流石にこの国の姫として、いえ、女としてそんな姿を晒すわけには参りません。
「……それは悪かったな」
「だから、少し性格の悪いことをしますが許してくださいませ」
無抵抗の彼女に直接、炎を当てるわけにもいかないので彼女のことを炎の渦で閉じ込める。
その熱さでどんどん体力を奪われていくだろう。
「苦しくなる前に降参してください。教師の方も彼女は強情な様ですから止めてくださいね」
わたくしの方もだいぶ疲弊はしましたが、勝ちを確信していたわたくしはそう告げました。
いきなり炎の渦がサラの水の魔法によって消されてしまいます。
「まだそんな力があったんですのね」
彼女とまだ戦えることが嬉しくて思わず笑みが溢れてしまいます。
「ありがとう、アデーレ」
「急になんですの? あまりらしいとは思えませんが」
唐突な感謝の言葉に困惑してしまいます。
「私だって礼くらいきちんと言うさ。君のおかげも一割くらいあって取り戻すことができた」
「一割しかないんですの!?」
「これでもオマケをしている」
気づいたら、彼女のペースに乗せられてしまっていました。
「よくわからないオマケですわ……。取り戻したということはパワーアップしたということでよろしくて?」
「あぁ、それでいい。今の私は君より強いぞ」
「……ブラフではなさそうですわね。ですが、負けるつもりも毛頭ありませんわ」
彼女の言う通り、先程までとは別人のような貫禄を感じます。もしかしたら、本当にわたくしより強くなっているのかもしれません。
それでも、負けるわけにはいかないのですが。
「それじゃあ今度こそ本当の決着をつけようか」
「望むところですわ」
最後の戦いが始たりました。
最初に見せられた土の龍よりはだいぶ小さい、水でできた龍が三頭こちらに迫ってきます。
ですが、この程度であれば簡単に処理することができます。
「こんなものですの?」
彼女は体力的にかなり消耗しているのでしょう。仮に魔力量が戻っていても、身体がついていける時間はそう長くはないはずです。
耐え切ればわたくしが勝ちます。
「大丈夫だ、そんなわけはない」
続けて水魔法が一直線に飛んできますが、それもわたくしの炎で相殺します。
「はぁっ!」
しかし、先程までとは威力が違い、相殺するのにも魔力をかなり使わされてしまいます。
水と炎がぶつかり合ったことで煙が発生し、その中から彼女が飛び込んできます。
「何度も同じ手は食いませんわよ」
先程かなり痛い一撃を腹部にもらったので、その警戒は怠っておりません。彼女の拳を避けることに成功しました。
「同じではないな」
その直後、脇腹に土の塊がぶつかります。
「っ!」
一体どこから……。
というかお腹を狙いすぎではなくて!?
近くまで来ていた彼女がわたくしに触れようと来てきますが、それはなんとか回避します。
しかし、すぐに彼女は氷魔法を展開してわたくしを凍らせようとしてきます。
まるでクロのように。
わたくしも炎で迎え撃ちます。
「はぁぁぁぁあああああ!」
「くぅぅぅぅううううう!」
彼女はここで力を使い果たすつもりでしょう。今までとは段違いの威力にわたくしも全力で応戦します。
ここさえ凌げれば本当にわたくしの勝ちです。
「アデーレちゃん!」
パオラの声が聞こえます。
大丈夫ですわ。
わたくしがサラに勝つところをよく見ていてくださいませ。
あなたの前でかっこ悪い姿は晒しませんから!
なかなかしぶといですわ。この威力の魔法を放ち続けられるとは本当にすごいです。
わたくしもギリギリになってきました。
それでも、この国の姫として、パオラの主人として負けたくない、勝ちたいのです。
しかし、わたくしの願いは届かず、魔力が尽き、身体が凍らされていきます。
「勝者、サラ・ド・ブルゴーニュ!」
わたくしは全てを出して敗北いたしました。
しかし、彼女との試合はとても楽しかったですわ。
また、リベンジするとしましょう。
今度はクロとも戦ってみたいですわね。
気分の良かったわたくしはクロに夕飯のお誘いをすると会場を後にしました。
「もう周りに誰もいませんか?」
わたくしは自分の部屋へと帰るとパオラに尋ねます。
「はい、私しかおりません」
わたくしは彼女のお腹へと抱きつきます。
「……勝ちたかったですわ」
「……はい」
「途中まではわたくしの勝ちだったじゃないですか」
「……はい」
「わたくしだって頑張ったのですよ」
「……わかっております」
「なんで、どうして、わたくしは負けてしまいますの」
「…………」
「クロとも戦いたかったですわ」
「……はい」
「優勝したかったですわ」
「……はい」
「優勝するところをパオラに見て欲しかったんですわ」
「アデーレ様……」
「ごめんなさい……、あなたに輝くところを見せてあげられなくて」
「……そんなことありません。今日のアデーレ様は今までで一番輝いておりました」
「…………」
「…………」
「……ぁ」
「…………」
「……ぅぁ」
「…………」
「ぅぁぁぁぁああああああ」
「…………」
「うわぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあ」
「…………」
「うゎぁぁぁぁぁぁああああああああぁあ」
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