s7.君の前で
「サラ様!」
私のことを呼ぶ、最も愛しい声で我に帰る。
「そうか……」
いつの間にか昔のことを思い出していたようだ。
クロに出会ってからそんなに経っていないはずなのに、彼女と出会ったのはもう随分と昔のことの様な気がする。
炎の渦の間から彼女が見える。
いつの間にかステージに脇にまで来ており、こちらを心配そうに、辛そうに見つめている。
そんな顔をしないでくれ。
君にそんな顔をして欲しくてここに連れてきたわけではないんだ。
君にそんな顔をさせないためにはどうすればいいんだ。私がどうにかするしかないのか。
今の私に何ができる?
魔力は尽きたし、あったところでアデーレに防がれてしまう程度の威力しか出ない。
もう詰んでいるじゃないか。
別に殺されるわけではない。
クロと試合をすることはできなくなってしまうが、今じゃなきゃできないわけでもない。
一年後までに力をつけて国に戻ればいいのだから、ここで負けたら王になれないわけでもない。
負けてもいい理由は並べ終わったか?
昔の自分が問いかけてくる。
私は理由があれば負けを許容するような奴ではなかったはずだ。それに、本当に詰んでいるのか?
それだけ言うと昔の自分は消えてしまう。
そうだ、私は勝たなければならない。
城の連中を見返したいという自分のために、馬鹿な私を信じてくれているアガタのために、そして……私を見てくれているクロのために。
魔力量は無くなってしまったものだから嘆いても仕方ないが、放出量が少なくなってしまったのは本当にどうにもならないのか?
答えは否だ。
放出量が少なくなったのは私の心の弱さのせいだ。
大規模な魔法を失敗する恐怖と少ない魔力量で今までのような魔法が放てなくなってしまったことから、無意識に放出量を抑えてしまっていた。
今ならできる。昔と同じように……いや、昔以上にやってみせる。
魔力に関しては問題はない。少しズルい気がするので、使う気はなかったが、クロから奴隷紋を通して徴収する。
アデーレの炎の渦と同じような形を水の渦を自分の周りに発生させて、炎の渦を消し去る。発生した煙の中から、彼女の方へと歩み出る。
「まだそんな力があったんですのね」
彼女は嬉しそうに笑うが、余裕があるわけではないことは見て取れる。
「ありがとう、アデーレ」
「急になんですの? あまりらしいとは思えませんが」
「私だって礼くらいきちんと言うさ。君のおかげも一割くらいあって取り戻すことができた」
「一割しかないんですの!?」
「これでもオマケをしている」
「よくわからないオマケですわ……。取り戻したということはパワーアップしたということでよろしくて?」
「あぁ、それでいい。今の私は君より強いぞ」
「……ブラフではなさそうですわね。ですが、負けるつもりも毛頭ありませんわ」
魔力量と放出量の問題を解決したとは言っても、炎の渦に長い時間包まれていたこともあってもう体力的にかなり厳しい。
彼女の腹に一発入れていることを考えても、時間をかけるのは向こうに有利に働くであろう。
だから、私が勝つためには短時間で勝負を決めるしかない。
「それじゃあ今度こそ本当の決着をつけようか」
「望むところですわ」
最後の戦いが始まった。
最初に披露した土の龍よりはだいぶ小さい、水でできた龍を三頭アデーレへと突進させる。
大きくなくてもいいとは思ったが、イメージよりだいぶ小さい。
彼女の炎によって相殺される。
「こんなものですの?」
彼女も私が長く持たないことをわかっているのだろう、必要以上の魔力を使わないように立ち回ってくる。
「大丈夫だ、そんなわけはない」
今度は少し力任せに魔法を放つ。
大量の水を太い一本の線にして彼女へと向かわせる。
食らえば水圧で大ダメージは免れないだろう。
「はぁっ!」
アデーレの炎も火力が上がる。
全ての水が彼女の炎に防がれてしまったが、白い煙が発生した。
お互いに相手を視認できなくなる。しかし、私は煙の動きでアデーレの位置を察知すると、土の塊を投擲すると同時に、風魔法を使ってそれ以上の速度で迫る。
先程以上の速さで拳を振り抜く。
しかし、彼女に体を傾けられて避けられてしまう。
「何度も同じ手は食いませんわよ」
「同じではないな」
その直後、彼女の脇腹に先程投擲した土の塊がぶつかる。
「っ!」
アデーレが脇腹を押さえて、一瞬動きを止める。
これがラストチャンス! ここで決める!
彼女に手を伸ばすが避けられてしまう。ならばと目の前の地面に触れると氷を発生させる。
私が最も近くで見てきて、イメージしやすい、最高威力の彼女の魔法。試したことはない、けれど成功するイメージしかできない。
地面を伝って目の前のアデーレの身体も凍らせようとする。
しかし、アデーレもだまって凍らされるわけがない。
自分の身体から炎を発生させて、なかなか氷の浸食範囲が進まない。
「はぁぁぁぁあああああ!」
「くぅぅぅぅううううう!」
お互い叫びながら全力で魔法を使う。
「サラ様!」
すまない、クロ。今は返事をすることができない。
今の私に出来ることはこのままアデーレを凍らせることだけだから。
自分の体力の限界に達する直前で魔法の威力が上がるのがわかるが、それはアデーレも同じだった。
それでも、私が一歩上をいく!
最後の力を振り絞って彼女を凍らせる。
体力を使い果たし、膝をついた私が見上げると、目の前には頭以外を凍らされて、動けないでいるアデーレが目に入った。
「勝者、サラ・ド・ブルゴーニュ!」
審判が決着を告げる。
「……よかった」
そのまま、私は意識を失った。
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