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32.誰が為に

 会場は準決勝から変わるらしく、食事を終えた僕たちは新しい会場へと向かう。


「おぉ……」


 今までとは違い、中央のステージを全方位から観客が見る様な形になっている。しかも一年生だけでなく、二、三年や他の教師、その他の国民まで集まっている様だった。


「観客がすごい増えてますね」


「魔法学校での試合はこの国で最も大規模な魔法の試合と言っても過言ではないだろう。魔法至上主義のこの国では国民行事に近いのかもしれない」


「なるほど」


 そう考えればこの観客の多さにも頷けるし、むしろここに入りきれないでいる者も少なくないだろう。

 サラ様が続けて言う。


「クロは忘れているかもしれないが、相手はこの国の姫とその使用人だ。私たちは完全にアウェーだぞ」


 確かにこの観客の多くはアデーレの優勝を楽しみにしているのだろう。しかも入試の結果は彼女が主席だし、期待もされているはずだ。


「アデーレの相手はサラ様ですが大丈夫ですか?」


 彼女がアウェーというプレッシャーに負けないか心配する。


「そんなことか、私がこの程度でやり辛さを感じるわけないだろ。むしろ、彼らの期待をぶち壊してやりたいと思ってるくらいだ」


「そ、そうですか」


 思った以上にノリノリのサラ様を見て、自分の心配が全くの杞憂であったことを知る。


「それに、私はアデーレと戦うのを楽しみにしていたんだ」


「そうだったんですか?」


 彼女がそんな風に思っていたことには全く気づかなかった。


「まぁ、彼女はあれでもこの国の姫だからな。いずれは王になるかもしれないし、彼女が強いのは事実だ。だからこそ私も戦っておきたい」


 サラ様はもうアデーレ様のことしか考えていないようだ。今更、下手なことを言っても彼女の集中の邪魔になってしまうかもしれない。


「頑張ってください、サラ様」


「ありがとう、クロ。君も頑張ってくれ」



「それでは準決勝第一試合、クロ、パオラ両名はステージまで降りてきてください」


 サラ様の気合は十分であったが、先に試合に呼ばれたのは僕の方であった。


「クロの方が先になってしまいましたね


「そのようだな」


「それでは行ってまいります」


 僕がステージの方へと歩みを進め始めた時だった。


「クロ、一つ言い忘れていた」


 サラ様に呼び止められる。


「どうかしましたか?」


「私はアデーレ以上に君と戦いたいと思っている。……だから絶対に負けるな」


「はい!」




 教師に呼ばれたため、僕のは中央のステージへと降りていく。すると、左前方の方から同じように降りていくパオラさんが目に入る。

 その少し上にいたアデーレと目が合うが、彼女にすぐに視線を外されてしまう。その顔は今までとは違う彼女の真剣な雰囲気を感じさせていた。

 きっと同じくらいにパオラさんも気合十分であろう。


 でも、負ける気はしない。

 ここまでの試合で今日の調子が悪くないことは分かっているし、魔力も温存しながら試合を進めることができた。

 パオラさんの固有魔法もわかったわけではないが、一応どのように戦いを進めるのかプランは立てた。どこまで通用するかわからないが、何もないよりは気持ち的にだいぶ楽である。


 それに、サラ様に戦いたいと言ってもらえた。

 僕は正直に言うと決勝のことについてはよく考えていなかった。サラ様であれば試合を棄権して、アデーレであれば前回と同じようになんとかなるだろうくらいの考えでいた。

 そもそもパオラさんに勝たなければ決勝はないのだから、思考はそちらに割かれていた。


 けれど、サラ様に言われて初めて僕が彼女と戦うことを想像した。

 奴隷として相応しくないことなんて百も承知だ。

 それでも、彼女と戦ってみたいと思ってしまった。

 入学試験での失態を取り返すために、活躍しなければと思っていたが、それ以外にも負けられない理由ができたのだ。

 必ずそこに行くために。

 自分がここで負けることは一ミリも想像できなかった。



 ステージに着くと既にパオラさんが待っていた。


「お待たせいたしました」


「お構いなく」


 僕たちの間に昼前までの友好的な雰囲気はない。お互いがこの試合を譲る気が全くないことを証明していた。

 僕に負けられない理由があるように、彼女にも勝たなければならない理由があるのだろう。

 アデーレとパオラさんの間に主従以上どのような関係があるのか僕はまだ何も知らない。けれど、あれだけ親しそうにするくらいなのだから、きっと特別な関係であることは想像できた。


 きっとパオラさんも自分の主人のために勝ちたいと思っているのだろう。

 僕も同じように主人のために勝ちたいと思っている。

 けれど、僕は自分のためにも勝ちたいと思っているのだ。主人と戦いたいというわがままを叶えるために。

 彼女に自分のために勝ちたいという意思があるのかはわからないし、あってもなくても勝敗には影響しないかもしれない。

 ただ僕は、目の前の彼女の願いを踏み躙る。



「ルールはこれまでと同じで相手を死に至らしめたり、回復不可能な怪我をさせることは禁止。どちらかが降参するか、私が止めたら勝負有りとします」


 審判の教師がここから見に来た観客のために再び説明する。


「それでは……」


 先程までうるさかったのに、急に会場が静寂に包まれる。


「始め!」


 準決勝第一試合が始まった。

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