17.最強の片鱗
「今日はここらで休むことになりそう」
日も落ちてしばらくしてきた頃、ケーテが僕たちに言ってきた。
「わかりました、お疲れ様です」
一日中馬車を引いてくれた彼女にお礼を言って、サラ様と共に馬車を降りる準備をしていく。
五分もせずに馬車は森の中で止まった。
止まるとすぐにケーテとロメウドさんがテントのようなものを組み立てて行く。
「クロもお手伝いさせていただきます」
「クロちゃんは休んでていいよ」
ケーテはそう言ってくれるが、流石にさっきまで働いていたのに更に働こうしているのを見て、傍観ということはできなかった。
「私も手伝わせてくれ」
サラ様もやって来る。
「二人とも気持ちはありがたいけど、お客様なんだし」
「いいから手伝うと言っているだろう」
「じゃあわかった、後で火を使うから木の枝と葉っぱ、できたら枯葉を集めてきてくれる?」
「かしこまりました」
僕とサラ様は森の中で木の枝と枯葉を集めることになったのだ。
「サラ様は森の中とか入ることあったのでしょうか?」
「君を見つけた国内の森だけだ」
「何か違ったりしますか?」
「あそこでは見なかった植物をチラホラ見かけるくらいだな。私はそこまで植物に詳しいわけではないからよくわからないが」
エルフの国を出たからといって、変化がないわけではないが環境が激変するというわけではなさそうだ。
「クロは森の中の前のことを何か思い出したか?」
しばらく問われなかった過去について唐突に問われた。
あの時と違って、男だった時の記憶が死ぬ間際だけであるが戻っている。
本当は話さなければならない。
それはわかっているのだが、彼女が僕が元男だと知った時、どんな反応を見せるのか。それが今でも怖かった。
「すみません、まだ思い出せなくて」
僕は嘘をついてしまった。
「……そうか」
「…………」
「…………」
「…………」
僕たちの間に沈黙が流れる。
「彼らを待たせても悪いし、さっさと集めて戻るぞ」
「はい」
彼女はそれ以上追求してくることはなかった。
僕たちが馬車のところへと戻ると、既にテントとは完成されており、後は火をつけるだけとなっている鍋が用意されていた。
「すみません、お待たせしてしまって」
「大丈夫、準備もさっき終わったところだから」
僕とケーテで火をつける準備を整えると、ロメウドさんがランプから火を取って木に火を移していく。
ケーテが火の上に鍋を設置し、馬車から降りてきた男たちも近くに腰をかける。
その後は食事をしながら、彼らの旅の話を聞いたり、僕たちが魔法学校を目指していることを話したりして、楽しい食事の時間を過ごした。
全員が食べ終わり、鍋を片付けている時だった。
「ウルフだ」
男の一人がそう言う。
「俺たちが追い払うから4人は馬車に乗ってな」
僕たちは指示に従って、一つの馬車に集まって乗る。
「大丈夫なんでしょうか?」
「この道はよく使ってるし、たまにウルフに出くわすけど、ウルフと言っても4,5体の群れだろうし彼らなら問題ないよ」
と、ロメウドさんが緊張感のない声で言う。
「それならよかったです」
これも特に問題なさそうでよかったと思い、僕まで少し気が緩んでいた。
「流石に遅いな」
五分くらい経った後、ロメウドさんが言った。
「少し見て来る」
と言って、積んであった剣を手に取って馬車を降りて行ってしまう。
「大丈夫でしょうか?」
「……わからない、こんなこと今までなかったから」
少し待つが、ロメウドさんは帰ってこない。
「ちょっと見てみる」
そう言って、ケーテさんが馬車から顔を出した時だった。
「ケーテ! 今すぐ馬車を出発させろ!」
ロメウドさんが外で大声で叫ぶ。
僕とサラ様と外の状況を確認するが、三人は少なく見積もっても三十匹はいると思われるウルフに囲まれていた。
「お父さんたちは!?」
「お前たちが出たらもう一台ですぐに向かう!」
「…………」
彼が囮になろうとしていることは明白だった。威勢よく、慣れていないことがわかる剣を振り回していた。武装している男たちも逃げ出そうとはしない。
「サラ様よろしいですか?」
「行ってこい」
僕は勢いよく馬車を飛び出す。
「一旦下がってください! 僕が魔法で何とかしますので!」
「いくら魔法を使えてもこの数は無理だろ!」
「いいから早く行けって!」
「そんなに長くは持たないんだ!」
誰も僕のことを信じてくれない。
確かに今の僕はただのコスプレしてる美少女にしか見えないかもしれない。
彼らを巻き込んでしまうかもしれないが、魔法を放つべきか……。
「いいから戻れと言ってるだろう!」
よく響く彼女の声に一瞬、全ての音が無くなる。
「私はサラ・ド・ブルゴーニュ! エルフの国の現国王の娘にして、次代の王となるものだ!」
いつの間にか馬車から出てきたサラ様に、男たちだけでなく、ウルフの視線すらも集まっている気がする。
「私が命じる! 一度引いて馬車まで戻れ!」
さっきまで戻る気配がなかった男たちがそそくさと退却してくる。
「頼んだぞ、クロ」
「はい、必ずご期待に応えてみせます」
勢いよく飛び出したはいいものの、本当に僕に出来るのだろうか。
今まで魔法を使ったのは三度だけだ。
一度目は魔法というものを試すために軽く炎を出したとか。二度目は身を守るために自分の周りに氷を発現させた時。三度目は自分の怪我を治した時。
一度として相手に害をなすつもりで魔法を放ったことはない。
でも、彼女に頼むと言われた。
それなら応えるしない。
彼女が見てくれているというだけで僕は最強になれる気がする。
片膝をついて地面に手を当てる。
イメージするのは地表を覆い尽くすほどの氷。そこにいるウルフも全て凍らせていくことを想像する。
すると、目の前から地表が凄い勢いで凍っていく。氷が狼に触れると一瞬でその全身を凍らし尽くす。
次々と狼を凍らせながら氷が広がっていく。
「すげぇ」
「なんだこりゃあ……」
「メイドの子にこんな力があるとは」
「こんな規模の魔法、見たことない……っ」
男たちとケーテが驚いているが、まだ魔法は止めない。
確実にウルフを全て排除する。
辺り一体を凍らし尽くしたところで僕は魔法を止める。
そこで僕のご主人がすぐ側までやってきていることに気づいた。
「よくやったクロ」
サラ様が僕の頭を撫でてくれる。
「僕は……お役に立てましたか?」
「あぁ、十分すぎるほどに」
「よかったです」
彼女に撫でてもらうのは気持ち良く、しばらくそのまま撫でてもらっていた。
ブクマ、評価、誤字報告ありがとうございます