15.ジェラってる?
「ケーテは商人を始めてどのくらいになるのですか?」
「商人を始めてどのくらい……か」
「?」
「そもそも今でもとーちゃんにおんぶに抱っこだからね。商人できてるとはとても言えないかも」
「そうなんですか? ケーテもすごいしっかりとしていそうなのに」
「クロちゃんの方が小さいのにしっかりしてそうだけど」
「クロは……まだ何もできないです。早くできることを増やして、サラ様のお役に立ちたいです」
何ができたら一人前なのかはわからない。だから、今の私にはがむしゃらにでも頑張るしかない。彼女の役に立ちたいという強い気持ちを胸に。
「そっか、頑張ってねクロちゃん」
「ありがとうございます」
「話を戻すけど、私は生まれた時からとーちゃんと馬車に乗ってるんだ。自分でも馬車を操縦するようになったのは二年くらい前からかな」
「生まれた時からなんて凄いですね」
「私が何かしたわけではないけどね。昔はかーちゃんもいたんだけど……」
「お母さんが……」
商人も様々な国を回る大変な職業のようだ。何か不幸があったのかもしれない。少し気になってしまったが、流石に続きを促すことはできなかった。
が、ケーテの方から話を続けてきた。
「今は獣人の国で、私たちの帰りを待っててくれてるんだ」
生きてるのかい!
「ごめんね、今のは紛らわしかったね」
「いえ、お元気ならそれに越したことはありません」
「ありがとう」
「そういえば、精霊の国までどのくらいかかるのですか?」
「順調に行ったら休憩入れても1日くらいかな」
ケーテが答えてくれる。
……1日?
「サラ様、申し訳ございません」
「どうした急に?」
「着替えを用意してありませんでした」
アガタさんが今日中に着くと言っていたので、着替えを荷物に入れなかったのだ。
彼女も馬に乗って行くのではなく、まさか馬車で行くことになるとは考えていなかったのだろう。
「別にもう1日くらい同じ服を着ても構わないじゃないか」
彼女は何を言っているんだという感じで全く気にしてる様子を見せない。今の状況では助かるが、姫として、どころか女の子として少しどうかとは思う。
だが、それを言っても状況が変わるわけではないので今は彼女のその様子に甘えることにする。
「寛大な心で許していただきありがとうございます」
「そもそも馬車がいいと言い出したのも私なのだし、クロが謝ることはないだろう」
「クロちゃんとサラちゃんはとっても仲がいいのね」
前で馬を操縦していたケーテにも会話が聞こえていたようで、そんなことを言われる。
「仲がいいなんて、そんな畏れ多いです」
「いいじゃないかクロ」
サラ様はそう言うと私の近くまでやってきて、私の頭を抱きしめてきた。
「っ!?」
急なことに言葉が出ない。
「そうだ、私たちは仲がいいんだ。羨ましいだろう?」
頭を抱きしめられたため、顔に彼女の胸が当たる。
控えめであっても、確かに感じるその膨らみは僕の心を乱す。
なんとか彼女の腕の中を脱出する。
「サラ様、第三者がいるのですしお戯れはほどほどにしてください!」
「だって君はさっきからその子と話してばっかりだったじゃないか」
相手の気持ちにあまり敏感な自信がない僕でも、その言葉の意図はわかった。
「すみません、サラ様」
「別に謝ることはない。君の素晴らしさを多くに知ってもらえることは私も嬉しいんだ」
「それでも……」
「謝るな」
「……わかりました」
「悪いと思うなら大人しく私の抱き枕になっていろ」
そう言うと再び、僕の頭を抱き抱えてきた。
恥ずかしくて、落ち着かないが僕もサラ様に抱きつかれて嫌なわけではない。嫌なわけではないというレベルではなく、とても嬉しくて幸せだ。
ただ、僕が元男であるために罪悪感を覚えてしまう以外は。
「二人はいつからの付き合いなの?」
ケーテに尋ねられるが、今の僕は喋ることができないため、サラ様が答える。
「一昨日からだ」
「一昨日!?」
「どうかしたか?」
「別にどうかしたというわけではないんだけど、とても付き合いが三日しかない仲には見えなかったから」
「付き合いの長さが全てではないということだ。私とクロは相性がいいということだろう。ただ、長さによる絆も否定はしない。今後は私もクロとずっと一緒にいるつもりだ」
ずっと一緒……彼女がそう言ってくれたことが嬉しく、僕も全く同じ気持ちだと伝えたいが、喋らせてはもらえない。
「なんかサラちゃんはクロちゃんのこと恋人みたいに思ってるんだね」
恋人!?
「……何故そうなる」
「相性とかずっと一緒とかって友人の関係で使う言葉でないんじゃない?」
「私とクロは友人ではなく、主人と従者だからな」
「だとしてもちょっと変だと思うけど」
「……はぁ、近頃の若者はすぐに恋愛と結びつけたがるから困る。恋愛に興味があるのを止めはしないが、他者の関係性をすぐにやいやいと言って、無理に恋愛呼ばわりするのは感心しないな」
若者って。多分この中で一番年下なのはサラ様です。
「うーん、そんなに無理矢理なこと言ってるかなぁ」
「私が違うと言っているんだからこの話は終わりだ」
今日初対面の相手に対しても、自分を通して行く彼女。
「まぁいっか」
「それより君は注意して事故のないように操縦してくれたまえ」
「前にとーちゃんの馬車がいるから事故りようもないんだけどね」
馬車での旅路は何事もなく、順調に進んでいた。