14.ほんとはメイドじゃないんです
「お待たせいたしました、サラ様」
酒場の外で待たせてしまっていた彼女を見つけ、駆け寄っていく。
「気にしなくていい、それより当ては見つかったのか?」
「はい、あちらの方々です」
入り口の前でこちらを見ている先程の獣人親子の方に視線を向ける。
「犬の獣人か。獣人には会ったことはあるが、長く話したことはないな。だが、君が選んできたということは良さそうな相手だったということだろう?」
「はい、長く話したわけではありませんが」
「それなら大丈夫だろう、よくやったな」
「……ありがとうございます!」
サラ様に褒めてもらえた。それだけで僕は全てが報われた気がした。
「先程は自己紹介がまだでした。名乗るのが遅くなり申し訳ありません、クロと申します」
「サラだ、しばらくの間よろしく頼む」
そのまま名乗ってしまっていいのだろうか。相手が国の姫であるんてわかってしまったら、トラブルを嫌って断られるかもしれない。
そんな心配は僕の杞憂に終わった。
「クロちゃんもすごい可愛いと思ったけど、サラちゃんもすっごく可愛いね」
「俺も何度もこの国にはきてるが、こんなに別嬪さんなのは見たことがねぇ」
ご主人様の容姿が誉め讃えられていることに僕も嬉しくなる。
「私はケーテ、二人ともよろしくね。ケーテでいいからね」
「俺はロメウド。わかっていると思うが、商人だ。二人は姉妹か何かか?」
姉妹……いい響きだ。サラ様と姉妹だなんて畏れ多いが、嬉しくはある。
「なに言ってんのよ、とーちゃん。格好的にお嬢様とその従者でしょ」
「何十年と商人やってきたけど、今まで本物のメイドとか見たことないぞ」
二人の視線が返答を求めるように私に集中する。
「クロはサラ様の……」
奴隷と言っていいのだろうか。この国に人間以外の奴隷がいるのか知らないし、もしかしたら奴隷にいい印象を持ってないかもしれない。
「従者を務めさせていただいております」
従者という表現に逃げることにした。嘘はついていないだろう。
サラ様の方を見ると少しだけムッとしているようにも見えたが、特に訂正されることはなかったので許されたらしい。
「やっぱり本物のメイドさんじゃん!」
ケーテは何故か嬉しそうに僕のことをジロジロと見ている。女の子にジロジロと見られるのは少し照れくさいが、悪い気はしない。
「はー、本当にメイドなんているんだな」
ロメウドさんに見られるのは……申し訳ないがなんか嫌だ。遠目に見られるのはいいが、男に近くでジロジロと見られるのはいい気分はしない。
そんな僕に気づいたのかケーテが助け舟を出してくれた。
「とーちゃん、女の子をジロジロと見てるの変態みたいだからやめてよ」
「悪い悪い」
彼女のおかげでロメウドさんも一歩引いてくれた。
「そういえば先程、酒場の中で話しかけてきてくれた方のことをご存知ですか?」
気がかりになっていたことをロメウドさんに尋ねる。
「あーあいつのことは知ってるよ」
「彼は本当に善意でクロたちのことを乗せてってくれようとしてたのでしょうか?」
「さぁな、奴はやり手で顔が広いのは確かだ。だが、良くない噂も少なくない。それに気づいて断ってたお前さんは大したものだぜ」
やっぱり僕の予感は正しかったんだ。自分の判断が間違ってなかったことに安堵する。
「なんで女の子がそんな奴に絡まれてるのにとーちゃんは助けてやらんのよ」
ケーテがちょっと怒っている。
「奴に恨まれたら俺もこの商売で食ってくのが難しくなっちまうかもしれない」
「だとしても、危険な女の子を助けず放置とは、我が父親ながら情けない」
「すぐに自分でなんとかしたので大丈夫ですよ!」
「あークロちゃんは賢いし、優しいねぇ」
「ありがとうございます」
誉められている僕をサラ様は少しだけ面白くなさそうな見ていた。
「それじゃあ、お二人さんはもう出発できるかい?」
「私もクロもいつでも出発できる」
「おし、それじゃあ早速出るとするか」
城下町を出るとたくさんの馬車が置かれており、ロメウドさんとケーテが一台ずつ馬の手綱を持つ。
そこに二人の武装した男が近づいてくる。
「待たせたか?」
「いや、大丈夫だ。俺たちも今来たところだからな」
ロメウドさんは彼らと普通に会話している。知り合いなのだろうか。
「彼女らは?」
男の一人が僕たちの方を向いてロメウドさんに訪ねている。
「精霊の国まで一緒に乗せて行くことになった」
「なるほど」
「問題ないだろう?」
「まぁいつも通りの道を行けばそんなに危険なこともないだろうし、大丈夫だろう」
僕は遠くからお辞儀をする。
ロメウドさんの馬車の方を見ると、先程の二人組が乗り込んでいくのが見えた。
「それじゃあ二人は私の方に乗って」
ケーテが僕たちに馬車に乗るように促す。
荷物が多く積まれているため、座れるところは多くはない。
ただ、人を乗せることを想定しているのかクッションのようなものも用意されており、座り心地はそこまで悪くない。
「サラ様大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、心配ない」
「何かあったらおっしゃってくださいね?」
「……ふふ、クロは本当に心配性だな」
僕が気にかけるのはサラ様のことだけです。
「それじゃあ出発するよ」
ケーテがそう言った直後、馬車が目的地へと向けて走り出した。