12.あえて魔法に頼らないという選択肢
今日の朝食は何もなく終わった。
王は僕が死んだと思っているのか、昨日の話をすることはなかったし別人のようになった僕に対して話しかけてくることはなかった。
サラ様が魔法学校へと行くために一年間家を出ることを改めて報告していたくらいだ。
食事を終えると、すぐに出発することになった。部屋で最後の荷物をまとめている。そうは言っても荷物の大半はアガタさんが学校に送ってくれているらしいし、僕の私物はこのチョーカーしかないので特にこれといった荷物はない。
やはりアガタさんは仕事ができる。何でもできて、テキパキとこなす。
あれが本当のメイドというものなのだろう。
はっきり言って今の僕は人形のようなものだ。アガタさんに言われたことをこなして、サラ様の命令に従うだけである。
最初から何でもできるなんてことはない。今、このような状況であることは仕方ない。
けれど、今日、城を出たらサラ様のそばにいるのは僕だけなのだ。僕が彼女の世話をして、彼女を命に変えても守らなければならない。
果たして僕にそんな大役が務まるのだろうか……。
「……ロ」
「……ロッ」
「クロッ!」
近くで急に名前を呼ばれて飛び上がる。後ろにいたのは僕の大切なご主人様だった。
「なかなか来ないと思ったら、部屋で呆けていたとは」
「すみません、サラ様。準備は終わっているのですぐにいけます」
「自分一人でアガタの仕事が務まるか考えていたのか?」
「いえ、流石にアガタさんの代わりが務まると思うほど自惚れてはいません」
「だろうな、クロはそういう性格だ」
「……はい」
「私はこの国の王女であるが、君も知っての通り籠の中の鳥というわけではない。私の方が君よりこの世界のことは知っている」
僕は自惚れていたのだ。アガタさんの代わりどころの話ではない。彼女の役に立つ前に、彼女の荷物にならないことが僕の目指すべき場所だったのだ。
「私は君が近くにいるだけで勇気がもらえる。だから、焦らなくていい」
彼女がそう言ってくれるのは嬉しかったが、僕は自分の無力さをそう簡単に許すことはできなかった。
「サラ様に失礼のないように」
僕がアガタさんに言われたのはそれだけだった。
「……頑張ります」
アガタさんを心配させないために、もっと胸を張って返事をしなければならなかったのに、僕の口から出たのは自分でも頼りなさを感じるそんな言葉だ。
「クロちゃんがいなくなっちゃうの少し残念かも」
僕との別れを惜しんでくれたのはレア様だ。
「そう言ってくださるのは嬉しいですが、僕はサラ様と一緒に参らなければならないので」
「別に引き留めてるつもりはなかったの、ごめんなさい」
「いえ……」
「それじゃあ帰ってくるのを楽しみにしてるわね」
彼女はそう言い残すとサラ様の方へと行ってしまった。
レア様……いい人であるとは思うのだが、未だに彼女のことはよくわからなかった。
僕たちを送り出してくれたのはもう一人いた。
「帰ってきたら君とは敵同士になってしまうね」
「え?」
唐突にそんなことを言い出すのはクレモン様であった。
「どういうことですか?」
「だってサラと共に王を目指すんだろう?」
「はい、僕の望みの一つはサラ様にこの国の王になってもらうことです」
彼女は王になる。たとえ現状がどれだけ彼女に逆風だったとしても。
「やはりな、俺も王になるつもりでいる」
「……そうですか」
「あまり興味がなさそうだな」
「興味がないなんてことはありません。けれど、王となるのはサラ様です」
たとえ、僕が役に立たなかったとしても彼女は王になるだろう。上に立つ才と器がある。もし、僕のわがままが構うのならばその時に彼女のそばに控えているのは僕でいたい。
「面白いじゃないか」
そう言うとクレモン様は楽しそうな笑顔を浮かべて城へと戻っていく。
「サラ様とはお話しされないのですか?」
「君たちがいない間に俺は俺のできることをして、一年後に備えるとしよう。そのためには一秒も無駄にはできないからな」
後ろ姿で答えた彼の姿はすぐに見えなくなってしまった。
「さて、何で向かうとするか」
「そもそも魔法学校がある国はどんな種族が暮らしているのでしょうか?」
「精霊だ」
「精霊……」
「精霊と言っても、私たちと同じような見た目をして、同じようなサイズをしている」
「なるほど……?」
精霊と言われると手のひらの上に乗るようなものが想像されるので、僕たちと同じくらいと言われると逆に想像が難しい。
「彼ら精霊はエルフよりも魔法技術の進歩に長けている。この話の続きは旅の途中でしようか」
彼女は歩みを再開させる。
「それで、結局何で移動するんですか?」
「方法は色々とあるぞ。馬に乗ってもいいし、時間には余裕があるから歩いてもいい、君の魔力であれば空を飛んでいくこともできるだろう」
「できるかわかりませんが、空で行くのが一番安全なのでしょうか」
「そうかもしれないが、一度やってみたかったことがあるんだ」
「何をするんですか?」
「それはついてからのお楽しみだ」
彼女がなぜ秘密にしているのかはわからないが、彼女の後を追って歩いていく。
「ここだ」
足が止まったのは中から騒がしいくらいに人の声がする店の前だった。
「ここは酒場ですか……?」
「あぁ、商人の馬車に乗っていく」
……まぁサラ様らしいのかもしれない。