11.美少女に転生するより幸せなこと
「ふわぁぁ〜」
窓からは朝日が差し込み、鳥の鳴く声が聞こえる。
「これぞ朝って感じだ」
清々しい気持ちで目覚めた僕は時計を確認するが6時少し前、すぐに準備をして厨房に向かうには少し早い。昨日の雰囲気を考えるとあまり長居はしたくないので、5分前に着くように行けばいいだろう。
窓を開けると眼下には街が広がっている。この時間から多くの人が活動しており、この国が栄えていることがわかる。
「少し回ってみたかったなぁ」
何と今日、魔法学校へ向かうことに決まってしまったのだ。昨日の午後はその準備に追われて、とても街に出かけるような時間はなかった。
一年後にはここに帰ってくるという話だし、サラ様が僕のことを考えて出発を早めてくださったことを考えるとそんなわがままを言うわけにもいかなかった。
顔を洗ってきた後で、クローゼットからメイド服を取り出す。ちょっと裾は短い気がするが、可愛いデザインであると思う。
着替えを終えて、鏡を見ながら髪の毛をセットする。
準備を終えてもう一度確認すると、そこには金髪の可愛いメイドがいた。
自分で自分の容姿を褒めることに若干の抵抗がないわけではないが、僕が男であったことを思い出した今、少し自分の容姿に対して客観的に見ることができるようになった。
サラ様には遠く及ばないが、彼女の隣にいることを許されるくらいではあると思う。
髪の色が黒から金に変わっているのは、昨日の午後にアガタさんに染めてもらったからだ。サラ様は僕の黒髪を惜しんでくれたが、アガタさんが人間であるということを隠さないと面倒なことになると言うので僕の方からお願いした。
他国でも人間に居場所がないという、サラ様が最初に言っていたことは本当であったことが確認された。今更彼女の発言を疑っていたりしたわけではないのだが。
というかやっぱり可愛いな僕。前世の容姿については記憶がないけど、多分そんなに冴えた見た目はしていないだろう。
サラ様の隣にいると引き立て役になってしまうが、彼女を引き立てられるなら僕としては御の字だ。
ただ、このチョーカーはちょっと僕をただの女の子ではないことを示しているような気がして少しゾクゾクする。
ただ、スカートだけはどうしても違和感が拭えない。
ブラはつける時に気になるくらいで済んでいるのだが、スカートは常に気になってしまう。そもそもパンツが食い込んでいること自体慣れないのに、それが外気に常に触れているのだ。とてもスースーする。
慣れなくて気になるのだが……これはこれでちょっと気持ちがいい気もしてくる。
メイクに関しては昨日一通りアガタさんに教わった。
今はそこまでの時間がないので簡単にだけしてしまう。
最初に青のカラーコンタクトを入れる。
一つだけでいいと言われたジェルのようなものを使ってスキンケアを行い、ベース・ファンデーションも済ませる。
本当はこの後は目の周りのメイクを教えてもらったのだが、昨日ビューラーで瞼を何度も挟んで苦労したため、目の周りは今は触らないでおく。
あまり濃くなりすぎないようにチークとリップをつけてとりあえず完成。
大きく顔が変わるようなメイクではないが、少しは可愛くなっていると思う。
きっと、サラ様であればメイクをしなくても僕のことを可愛いと言ってくれるだろう。それはとても嬉しいことだ。
だけど、いつまでもその優しさに甘えているわけにはいかない。彼女の前にいる時だけはいつもより可愛い僕でいたいのだ。
……なんかだいぶ思考が乙女のようになってきてしまっている気がする。
気はするが、それでも一番大事なことはサラ様に嫌われず、望んでいいのではあれば彼女の中でもっと大きな存在になりたいのだ。
だから、結局やることは変わらない。
そういえば向こうでもメイド服を着ることになるのだろうか。未だに恥ずかしさはあるが、可愛いし、似合ってもいると思うので、できたら着たいなぁとは思う。
昨日と同じように厨房で朝食をとってからサラ様の部屋へと向かう。
同じことをしているだけだが、昨日とは違って私の挨拶に多くの使用人が挨拶を返してくれていた。やっぱり、昨日は見た目が人間のままだったからだろうか、それともレア様やクレモン様の影響だろうか。
部屋へと向かっている途中で昨日もすれ違ってツインテールの可愛らしい少女を見つける。
「おはようございます、レア様」
綺麗なお辞儀を心がけて彼女に挨拶する。
「おはよう、また新しい子が入ったの?」
それもそうかと理解する。昨日髪を染めてからはアガタさんにしか見られておらず、サラ様も準備が忙しいということで昨日は披露する機会がなかった。
「クロです」
「え?」
「今日から魔法学校へ行くことになったので髪を染めました」
「あ〜そろそろ行くってお話はお姉様から聞いていたけれど、昨日忙しそうにしてたのはそういうわけなのね」
彼女は一人で納得すると僕にそれ以上を尋ねてくることはなかった。髪を染めた理由に関しても見当がついているのだろう。まだ幼いのに聡明だと思う。
「それではサラ様を起こしに行って参りますので、失礼します」
僕は頭を下げると、サラ様の部屋へと歩みを再開させた。
サラ様は見た目が大きく変わった僕のことがわかるだろうか、驚いている彼女を見れないかと少し楽しみだった。
「おはようございます、サラ様」
「おはよう、入っていいぞ」
彼女は誰かに起こされずとも起きることができるようだ。寝ているサラ様を起こしてみたいという願望もあるのだが、いつかは叶う時が来るだろうか。
「失礼します」
彼女は昨日と同じように下着姿で僕を待ち受けていた。何度みても飽きないであろう、芸術品のような肢体を晒して。
「それじゃあ今日も頼むぞ、クロ」
「…………」
普通にクロと呼ばれた。
声であったり、朝来る使用人が僕であることを知っていたり、僕がクロであると判断する情報は十分にあるとは思う。
けれど、髪の色すら変わっても何一つ迷う様子もなく、僕のことをクロだと呼んで貰えたことが嬉しかった。
「すまない、昨日私が黒髪を惜しんだことを気にしているのか? 確かに惜しんだが、それでクロのことを嫌いになったりはしないぞ。今の髪も似合っていて可愛い。今日は化粧までしているのか。今日のクロもとても可愛いぞ」
彼女に可愛いと言われ、心の内が熱くなっていく。
僕の中の男はいつまで持つのだろうか。